認知神経科学
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17 巻, 3+4 号
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特別講演
  • ──人工内耳からみた聴覚の可塑性──
    加我 君孝
    原稿種別: 特別講演
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 113-117
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】Sensory deprivationの一つとして聴覚障害を捉えると、人工内耳手術後の経過をみると脳の可塑性により、聴覚を獲得する場合と不十分にしか獲得できない場合がある。
    現在の先天性難聴児の手術年齢は1歳にまで若年化している。これは言語中枢が未完成時期の発達期の脳の可塑性を考慮し、低年齢の手術の方が聴覚・音声言語をより健聴児に近く獲得可能となるからである。Lennebergの「生物学的言語の基礎」によると、言語習得の可塑性は12歳頃まで可能としているが、人工内耳手術を物差しとしてみると、生後5~6歳頃までと考えられる。手話を重視する教育を受けると手話人工内耳手術後の聴覚・言語獲得のブレーキになりやすい。
    中途失聴による重度難聴の高齢者の手術は1996年頃はせいぜい75歳以下の患者に対して行われた。もともと正常聴力で左半球の言語中枢が完成した後、成人期あるいは高齢期に内耳性難聴が出現し進行した場合である。すでに言語聴覚中枢は完成している。人工内耳手術前は筆談でかろうじてコミュニケーションが可能であったのが、人工内耳手術後に聴覚を再獲得することが可能となる。“意味のある単語あるいは文章”の方がsensory deprivationが長い時期があったとしても、高い正解率を示す。80~90歳でも聴覚の可塑性があることが人工内耳手術によって初めてわかった。
    先天盲に加えて聴覚障害が後天性に生じる、いわゆる盲ろう二重障害の状態は、2つのsensory deprivationのため生活がより深刻である。コミュニケーションには指点字か触手話を用いる。しかし人工内耳手術後、“聴こえ”の再獲得により生活に大きな変化をもたらす。
教育講演
  • ──臨床の立場から──
    板東 充秋
    原稿種別: 教育講演
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 118-126
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】1. ヒトの活動が中枢神経系の活動に基づくというのは、神経学のいわばセントラルドグマである。
    症状と病巣の対応が顕著で互いの予測可能性が高く、その役割を推測できるものを巣症状と呼ぶことがある。
    2. 局在性の高い発語失行でも、1)症状の定義や所見、病巣に議論がある。2)病巣を中心にgraceful degradationがある。3)発症機序を病巣や賦活研究だけで解明できるか疑わしい。
    3. 症状の定義─病巣の対応が比較的わかっており、機能、病巣ともに限局的だが、広汎に分布し、しかも内部構造がよくわからない例として、言語機能では、1)一つの部位が複数のプロセスに、複数の部位が一つのプロセスに関わる。2)graceful degradationを示す。3) 転位可能なプロセス群がある。
    4. 分散した部位が結合したネットワークと考えられる例として失行は、左半球優位だが、白質に大きな病変が必要であり「中枢」が不明確で、ネットワーク自体に「局在」する可能性がある。
    5. 局在がよくわかってない例として、知能は、部位、機能ともに広汎なネットワークで、かつ、加算可能である可能性がある。
    6. 以上、様々な局在性が示唆される。局在性の強い病巣でも、損傷が部分的なら機能低下も部分的というgraceful degradationを示す。神経心理学的機能の内部構造の解明は、病巣研究や賦活研究で機能や病巣の局在を追求するだけでは不十分で、他の分野の寄与も期待される。
  • 渡辺 宏久, 祖父江 元
    原稿種別: 教育講演
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 127-133
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】加齢に伴う脳内ネットワーク変化の可視化は、神経変性性認知症に対する信頼のおける早期診断バイオマーカーや画期的治療法の開発に重要である。我々は、安静時機能的MRI (fMRI)、拡散テンソルMRI、3D MPRAGE、脳磁図を用いて、健常者の脳内ネットワークの変化を調べてきている。200例の予備的な検討では、加齢に伴う変化として、脳萎縮は辺縁系を中心に認め、TBSS解析による解剖学的ネットワークの破綻は側脳室周囲に認めた。しかし、安静時fMRIでは、デフォルトモードネットワークをはじめとする基本的な安静時ネットワーク内における結合性の低下を認める一方で、安静時ネットワークを構成する90の領域間(基本的ネットワーク間)における結合性は増加していた。これらの結果は、年齢に伴う脳萎縮や解剖学的ネットワークに対する機能的神経回路の代償現象を観察している可能性がある。加齢脳においては、以前より考えられているよりもダイナミックな解剖学的および機能的ネットワークのリモデリングがより広く生じている可能性がある。
  • 猪原 匡史
    原稿種別: 教育講演
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 134-140
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】心血管病に基づく血行力学的変化は認知機能に影響を及ぼすが、最終的に血管性認知障害(VCI)に至る病態機序については不明な点が多い。我々は、ラットの総頸動脈閉塞モデルや緩徐閉塞モデル、マウスの総頸動脈狭窄モデル、さらにはヒヒの3動脈結紮モデルなどを用いてVCIの病態を明らかにするための研究を行ってきた。唯一無二のモデルは存在せず、どのモデル動物にも一長一短があるが、マウスの総頸動脈狭窄モデルは低灌流、白質病変、血液脳関門の破綻、認知機能障害といったVCIに見られる特徴をすべて有し、最良モデルと評価されている。また、ラットの総頸動脈緩徐閉塞モデルは緩徐な血流低下を再現するこれまでの動物モデルにはない利点を有している。さらにヒトへの外挿に最も近い霊長類のモデル動物は将来の医薬品開発に利することが期待されている。VCIの病態解明や治療法開発は、アルツハイマー病をも含めた認知症制圧への近道となろう。
シンポジウムI 運動による認知機能改善
  • 熊谷 秋三, 陳 三妹
    原稿種別: シンポジウムI 運動による認知機能改善
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 141-143
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】本稿では、運動や身体活動による認知症・認知機能低下の予防に関して要約する。まず、認知症・認知機能低下の身体活動疫学研究、具体的には地域在住高齢者を対象とした認知機能低下、認知症および軽度認知障害への前向きコホート研究の成果を要約した。次に、身体的フレイルと認知機能低下・認知症との関連性を要約し、最後に認知症や軽度認知障害を有する方への運動介入研究からの情報を文献検索し、その結果を考察した。
  • 丹 信介
    原稿種別: シンポジウムI 運動による認知機能改善
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 144-149
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】近年、身体活動・運動は、認知症発症リスクの軽減や認知機能低下の抑制に有効であることが報告されつつある。このような効果をもたらす機序として、身体活動・運動により、脳内あるいは末梢で神経や血管に対する栄養・成長因子が増加し、脳の形態的あるいは機能的な変化が起こることや脳内のアミロイドβタンパクの蓄積が抑制されることが想定される。認知機能の改善には、有酸素性運動が効果的とされているが、レジスタンス運動も高齢者の認知機能を高める。乳酸閾値を超えない低・中強度の身体活動・運動においても、認知機能の改善効果が期待できると考えられるが、最も効果的な運動強度条件についてはさらなる検討が必要である。
  • ──高齢者の認知機能低下に関わる諸因子観察と予防介入による抑制効果の検討──
    田中 喜代次
    原稿種別: シンポジウムI 運動による認知機能改善
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 150-154
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】認知症状の改善に運動が有効との確かなエヴィデンスは得られていないが、認知症の発症を抑制したり、測定によって得られる認知機能の有意な数値改善が認められている。どのような運動が推奨されるべきかについては、未だ見解の一致を見ないが、脳の機能とともに、筋肉、骨、心臓、肺、血管などへの有効性を考えると、一生涯を通して人が多種多様の運動を実践する意義は明らかである。しかしながら、運動の効果を肯定しない研究発表も散見でき、今後のさらなる検討が期待される。
  • 望月 美佐緒
    原稿種別: シンポジウムI 運動による認知機能改善
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 155-158
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】認知機能の低下予防として、介護事業や地域支援事業、医療機関(デイケア)等で活用されている「シナプソロジー」の概要を説明している。「シナプソロジー」は脳活性化メソッドとして、全国でスポーツクラブを展開する(株)ルネサンスが開発し、子どもから大人まで様々な分野で活用されているが、特に高齢者向けに導入が進んでいる。その背景としては、高齢者人口の増加に伴い、認知症に対する取組みに注目が集まっていることがあげられる。本論では「シナプソロジー」の説明、エクササイズの事例、研究状況や今後の展開について説明している。
ドキュメント講演
  • 福井 俊哉
    原稿種別: ドキュメント講演
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 159-163
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】認知症と認知症疾患の包括的理解を目的として、主に本邦における認知症概念と認知症を取り巻く医学的・社会的背景の変遷について述べた。現在では認知症が脳疾患の症状であるという認識が浸透しつつあるが、歴史的には一貫して、避けることのできない老化現象の一部として捉えられていた節がある。神話の時代における認知症と精神疾患は畏敬と脅威の対象であったが、8世紀になると、認知症を患ったものは「狂(たぶ)れており、醜(しこ)つ」ものであり、神識(心の働き)迷乱して狂言を発すると捉えられた。平安時代では年を取ると「ほけほけし…ほけりたりける人」となり、鎌倉時代には、「老狂」に至った者は社会的に何を仕出かすかわからないと考えられていた。江戸時代になると老いによる身体認知機能の低下は「老耄」と称せられ、老耄は老いの不可避的現象なので逆らわずに受け入れるようにとの教訓が残されている。このように、一般的には認知症の原因は加齢に基づくものと考えられていたが、古代唐代の医書では「風」(ふう:外因の邪気)が皮膚から侵入することが、また、中世元代の医書では老年期の精血減少(虚)が健忘、恍惚、狂言妄語を生じる原因であると記載されている。さらに、江戸時代には脳障害や老衰病損、明治時代には老耄、進行麻痺、動脈硬化、卒中発作、昭和時代には老耄性痴呆・動脈硬化性精神病・アルツハイメル氏病が認知障害の原因であるとされ、次第に現代の考え方に近づいている様子がうかがわれる。
  • 堀川 悦夫
    原稿種別: ドキュメント講演
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 164-171
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】高齢者人口の増加が進む我が国において高齢者の交通事故防止は社会問題化している。加齢や疾患の影響による運転機能低下と高齢者の移動の保証の両面から運転可否判断が求められるが、そのエビデンスは限られている。
    運転に関する基礎的研究から運転行動の理論的モデル、運転行動の脳機能に関する研究、実車運転時の認知機能負荷の研究、危険運転行動に対応する神経心理学的検査についての概括を行った。
    総括として、高齢者の交通事故防止については、学際的で且つ基礎・臨床の両面からの研究が必要であること、運転行動測定を多面的に測定する困難さや有効なアウトカムが得られにくいこと、多施設研究の必要性などを指摘した。
専門講演
  • 松崎 朝樹
    原稿種別: 専門講演
    2015 年 17 巻 3+4 号 p. 172-175
    発行日: 2015年
    公開日: 2016/06/17
    ジャーナル フリー
    【要旨】マジック=手品とは、マジシャンが巧妙な方法を用いて見る者の目をあざむき数々の不思議なことをしてみせる芸である。実際に奇跡が起きる訳ではないが、そこには人が持つ、認知を主とした様々な精神の機能が関与している。マジックを成立させる上で、秘密を特定するに至る光学的情報の抑制、情報のピックアップを妨げること、あり得ない出来事を思わせる情報を作りだすことの3つが重要となる。マジシャンが隠すべき秘密に警戒心を持てば観客にもその警戒心が、そして秘密の存在が伝わるものであり、マジシャンは隠すべきところの緊張感を消すように努めている。人は物事を個々ではなく集合、すなわちゲシュタルトとして認識する力を持っており、その際には真の正確さよりも、自然さが優先されている。それにより人は、情報が完全にそろわずとも推測で補い物事を迅速に処理することを可能にし、細部を過剰に認知せずに処理することで費やす認知リソースを節約できる。その推測で保管された認識と現実の狭間に秘密を隠しこむのがマジシャンの技術である。人は物事に疑問を抱くと考え、何らかの答えを得たところで、その疑問に対する思考を終える。これは認知リソースを節約するための機能だが、マジシャンは偽りの答えを観客に提供することで、秘密を探る観客の思考を止め、惑わすことに成功している。しばしばマジックでは起きる現象を予告しなかったり、わざと疑うべき点を多数残したりすることで、「いつ」「どこ」を疑うべきかを不明確にし、マジックの秘密に気付くことを防いでいる。さらに、観客にトランプを覚えたり道具を調べたりするなどのタスクを課し、さらには、動く物体や視線などに向けられる自動的な注意を引き出すことで、マジックの秘密を探る観客の注意を操作して情報のピックアップをコントロールしている。これらの現象は、観客が正常の認知機能を有するからこそ成り立つことであり、マジックを不思議だと思えてこそ正常と言えよう。人がマジックに非現実を見る機能を通すことで、日常的な人の認知機能につき理解は深まる。
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