症例:66 歳,男性
主訴:両耳介の疼痛と皮膚潰瘍
現病歴:日常生活動作(ADL)自立していた。初診 2 カ月前より右耳介に疼痛とそう痒を自覚した。前医にて亜鉛華軟膏を塗布するも潰瘍が出現し,左耳介にも同様の皮疹が出現した。
既往歴:心筋梗塞,糖尿病,高脂質血症
現症:右耳の対耳輪に 3×10 mm および耳輪に 8×6 mm の白色潰瘍を伴う紅褐色結節(図 1 a),左耳の耳輪に直径 4 mm の褐色結節を認めた(図 1 b)。皮疹部に圧痛があった。鼻軟骨部など他部位に皮疹はなく全身の関節痛もなかった。
臨床検査所見:HbA1c(NGSP)6.8%(4.9~6.0%)
病理組織学的所見:錯角化と不全角化を伴う表皮肥厚と,真皮内上中層部に変性した膠原線維を認め,リンパ球や形質細胞の浸潤を認め(図 2 a,b),軟骨周囲の結合組織にリンパ球や形質細胞が浸潤していた(図 2 c)。
診断:Chondrodermatitis nodularis helicis
患者:8 歳,男児
主訴:頭頂部の隆起性病変
現病歴:初診の 2 カ月前に頭頂部左側の隆起性病変を自覚し,以後増大傾向であった。初診の 1 カ月前に前医を受診し,精査加療目的に当科を受診された。
既往歴:停留精巣
家族歴:特記事項なし
初診時現症:頭頂部左側に白色から淡紅色の 10×6×高さ 6 mm の腫瘤を認めた(図 1 )。
経過:初診から 2 カ月後に受診した際には,結節は 10×8×高さ 8 mm とやや増大しており,付属器腫瘍の疑いにて初診から 3 カ月後に皮膚腫瘍摘出術を施行した。
病理組織学的所見(H-E 染色):全体的には被膜に覆われた境界明瞭な病変(図 2 a)であり,真皮において角化を伴う重層扁平上皮が囊胞構造を形成し,そこから上皮細胞が脂腺を伴い索状に増殖していた(図 2 b)。周囲は粘液腫状であり,多数の紡錐形の線維芽細胞と繊細な膠原線維が認められた(図 2 c)。
診断:以上の所見より線維毛包腫(fibrofolliculoma)と診断した。
患者:53 歳,女性
主訴:体幹の多発する,痛痒い膿疱を伴う紅色結節
職業・生活歴:12 年前より管理栄養士。入浴時,ナイロンタオルの使用なし
既往歴:アレルギー性結膜炎
家族歴:同居家族に同症状なし
現病歴:初診の 3 日前から体幹に径 1 cm までの痛痒い紅色結節が多発し,四肢に拡大してきた。昨年も同時期に同様の皮疹が出現し,近医皮膚科で帯状疱疹や無菌性膿疱などといわれ,1 カ月で自然治癒したが,精査目的にて当科を受診した。
現症(図 1 ):腹部と背部の正中を避けて,下着に一致する部位に,ちくちくした痛みのある,膿疱を伴う毛包 一致性の1 cm までの紅色結節が多発していた。四肢にも 2~3 mm の紅色丘疹が散在していた。
臨床検査所見(異常値は下線で示す):WBC 7420/μl(Neu 74.4%,Lym 19.0%,Eo 1.1%),Hb 13.5 g/dl,Plt 24.5 万/μl,CRP 0.86 mg/dl,血沈35 mm/h
一般細菌検査所見:腹部の膿疱より Pseudomonas aeruginosa を検出した。
病理組織学的所見(図 2 ):背部の紅色結節より生検した。毛包全体が破壊され,好中球の浸潤に置換されていた。角層は正常で,表皮内膿疱を形成し,真皮全層~皮下組織にかけて,血管,付属器,特に汗腺や導管周囲に好中球が浸潤していた。
治療と経過:初診時,臨床所見から南京虫や毛虫などによる虫刺症を考え,プレドニゾロン 20 mg とミノサイクリン 100 mg を投与し,1 週間後の抜糸時にはほとんど皮疹は軽快していた。
患者:56 歳,女性
主訴:右手背の色素斑
現病歴:就寝中に何か右手がざわざわする感覚で目が覚めた。見るとカメムシが手の上にいたので,あわてて左手でカメムシを振り払った。カメムシは捕獲して家のベランダに放った。翌日になって淡い橙色の色素斑が手にみられたので受診した。
現症:右手背に,カメムシの形に類似した淡い橙色の色素斑がくっきり残っていた(図 1 )。かゆみや痛みはなかった。周囲に炎症所見はなかった。
カメムシ:患者に捕獲したカメムシの形状を,記憶をもとに絵を書いてもらった。本邦では普通種のクサギカメムシに似ていた(図 2 a)。
診断と経過:患者の証言やカメムシの絵,色素斑の形状からカメムシ皮膚炎と診断した。色素斑は手洗いなどでは消えなかったが,2 週間ほどで自然に消退していた。この間,かゆみや痛みはなく,色素斑のみであった。
円形脱毛症の発症機序に注目した新規治療として,ヤヌスキナーゼ(Janus kinase:JAK)阻害薬の臨床開発が進められている。JAK1/2 阻害薬であるバリシチニブは,国際共同第 3 相試験の成績をもとに, 2022 年 6 月,「円形脱毛症(ただし,脱毛部位が広範囲に及ぶ難治の場合に限る)」への適応が日本で承認された。JAK 阻害薬は,感染症などの有害事象への配慮に加え,リスク・ベネフィットバランスと個々の患者の状態を考慮する必要があるが,円形脱毛症治療において有用な治療選択肢になることが期待される。
16 歳,男性。夕食時にヤリイカを含む寿司を摂取した約 1 時間後,歩行帰宅途中に眼瞼浮腫,全身に蕁麻疹が出現した。前医を受診し,収縮期血圧低下を認めアナフィラキシーショックと診断され加療された。食物アレルギー精査目的に当科に紹介受診となり,食物依存性運動誘発アナフィラキシー(fooddependent exercise-induced anaphylaxis:FDEIA)を疑い精査を行った。イカを含む数種の魚介類の特異的 IgE 抗体が陽性であった。Prick-prick test ではヤリイカのみ陽性となった。ヤリイカを原因食物として疑い,入院下で運動負荷誘発試験を施行した。運動とヤリイカの摂取のみでは症状誘発はされなかったが,アスピリン 1.5 g を内服しヤリイカ 50 g の摂取と 30 分間の運動との組み合わせで眼瞼浮腫を生じた。以上よりヤリイカによる FDEIA と診断した。本症は診断のために詳細な問診と特異的 IgE 抗体の測定,プリックテスト,食物負荷試験が重要であるが必ずしも再現性は高くない。食物負荷試験と運動の組み合わせでは偽陰性となることがあり,自験例の結果より増強因子であるアスピリンを投与することも重要であることが示唆された。
患者:69 歳,女性。腎癌の既往があり,肺,肝臓,骨転移を合併している。自宅でストーブにあたっていて左下腿に熱傷を受傷した。浅在性 2 度熱傷と判断し,外来で保存的加療を行っていた。しかし,熱傷の上皮化が遷延し第 14 病日を過ぎて熱傷創やその周囲に膿疱や膿海がみられるようになってきた。強い疼痛を伴っていた。膿疱の生検病理組織像では角層内の好中球浸潤の他,表皮内,真皮内に多数の好酸球が認められた。第 19 病日に,投与中であったアキシチニブを被疑薬とした膿疱型薬疹と診断した。入院の上,同薬の休薬とプレドニゾロン(30 mg/day)の内服を行ったところ,膿海は速やかに上皮化した。 膿疱が消退したのでプレドニゾロンを漸減して退院した。文献を渉猟したところ,アキシチニブを含めたチロシンキナーゼ阻害薬は好中球の遊走能に影響を及ぼし,膿疱を形成しやすいことが示された。これらの薬剤の皮膚障害に対して皮膚科医は積極的に取り組むべきと結論した。
83 歳,女性。初診の 1 年前に左外顆の疼痛を伴う潰瘍を自覚し,当院形成外科を受診した。下肢造影 CT で血管の狭窄,閉塞像を指摘され,末梢動脈疾患(Peripheral Arterial Disease)の診断で血管内治療を施行されたが,潰瘍の縮小は得られず外用治療を継続された。初診の 1 カ月前に右下腿にも潰瘍が出現し,両下腿の浮腫,潰瘍が増大傾向のため当科を紹介された。初診時,両下腿に著明な浮腫と硬化を認め,壊死を伴う潰瘍形成を認めた。病理組織学的には,真皮浅層の血管閉塞像と血管壁にフィブリノイド変性を認めた。抗血栓薬や血管拡張薬,ジアフェニルスルホン,ステロイドの内服を行ったが効果はなく,臨床像,病理組織学的所見よりリベド血管症と診断した。アピキサバンの内服を開始し疼痛は速やかに改善した。また高圧酸素療法を行うことで潰瘍の縮小を得ることができた。近年では direct oral anticoagulant により改善を認めた症例が散見されてきているが未だ診断基準,治療法に確立されたものはなく,今後の症例の蓄積と検討が期待される。
88 歳,男性。2 型糖尿病,高血圧症,脂質異常症,高尿酸血症などがある。当科初診の半月前に,頭皮全体に強い痛みを伴う皮疹を自覚し,近医皮膚科を受診した。皮疹部から皮膚生検を行うも,診断には至らなかった。痛みと共に病変の壊死が著明となり進行するため当科を紹介され受診した。当科初診時,前頭部から頭頂部を中心に,頭皮全体にわたり強い疼痛を伴う暗紅色斑から紫斑,壊死へと進行する皮疹を認めた。頭皮以外には皮疹はみられなかった。発熱および明らかな全身症状はなかった。血液検査では proteinase 3(PR3)-ANCA が 14.2 U/ml と軽度高値であった。病変部からの皮膚生検病理検査で肉芽腫性血管炎の所見を認めた。多発血管炎性肉芽腫症 granulomatosis with polyangiitis(GPA)を疑い,画像検査,他科コンサルトを行ったが,頭皮以外に特記すべき異常所見は認めなかった。プレドニゾロン 20 mg/日内服を主とした治療を開始したところ,皮疹および疼痛は比較的速やかに改善した。自験例は頭皮に生じた皮膚限局性 GPA ではないかと考えた。皮膚限局性 GPA は比較的稀な病態と思われるため,報告する。
85 歳,女性。大動脈弁狭窄症に対して,経カテーテル的大動脈弁置換術(右大腿動脈アプローチ)を施行し,1 週間後より両側下肢の右側優位に米粒大の浸潤を触れない淡い紫斑が出現した。病理組織学的には真皮浅層の一部血管に好塩基性に染色される異物の塞栓像を認め,真皮中層から皮下組織には同物質を貪食する多核組織球が散見された。特徴的な病理組織所見より親水性ポリマー塞栓症(hydrophilic polymer embolism)と診断し,腎機能低下および好酸球上昇はなく,紫斑の拡大もみられなかったため無治療で経過観察としたところ,3 週間で皮疹は自然消退した。経カテーテル的大動脈弁置換術時に使用したイントロデューサーシースにコーティングされていた親水性ポリマーを H-E 染色および Elastica van Gieson 染色したところ血管内の塞栓物質と類似した染色性を示したことから,イントロデューサーシースから剥離した親水性ポリマーが本疾患の原因となった可能性が示唆された。
16 歳,男性。中学生時は陸上部に所属しており,高校入学後も筋力トレーニングを続けていた。X 年 7 月トレーニング後に左大腿中央部の疼痛を自覚し,同時期に左下肢の褐色斑を指摘された。近医の MRI で左大腿骨転子部に骨腫瘍の可能性を指摘され,当院整形外科を紹介され受診した。当院の MRI で左股関節周囲の筋肉と皮下の浮腫性変化,左腸骨の骨髄浮腫,脂肪抑制T2 強調画像で左大腿骨大転子部と近位骨幹端から骨幹にかけての高信号がみられたが,腫瘍性変化はなく経過観察となっていた。X + 1 年 1 月左下肢の皮膚変化を主訴に当科を紹介され受診した。初診時には左臀部から大腿にかけての皮膚硬化と,左大腿から下腿にブラシュコ線に沿った茶褐色斑がみられた。CK 944 U/l,IgG 2229 mg/dl,抗 ssDNA 抗体 122 AU/ml と異常値を認めた。病理組織学的には真皮に肥厚した膠原線維が増生しており,皮下脂肪織内の線維化がみられた。真皮血管周囲から皮下脂肪織内にリンパ球,形質細胞が浸潤していた。線状強皮症と診断し,MRI にて進行性の深部病変があり,機能障害や成長障害を起こしうる皮膚病変と考え,プレドニゾロン 30 mg/日から開始した。皮膚硬化は徐々に改善し,抗 ss-DNA 抗体価は低下傾向となった。骨髄浮腫は関節リウマチでしばしばみられるが,線状強皮症では稀である。骨髄浮腫の診断,病勢の判断には MRI が有用であった。
79 歳,男性。2016 年,左下部尿管癌に対して外科的治療を行い,再発のため 2018 年からペムブロリズマブ(キイトルーダ®)を投与した。9 クール目で,免疫チェックポイント阻害薬(ICI:Immune Checkpoint Inhibitor)による 1 型糖尿病の発症のため中止となったが,抗腫瘍効果があった。しかし半年後に腫瘍は再度再発し,糖尿病治療を実施しながらペムブロリズマブを再投与することとなった。再投与後, 4 クール目で全身のそう痒が強くなり中止となった。頚部・四肢に斑状丘疹が散在していたため,抗アレルギー薬の内服とステロイド外用を行った。ペムブロリズマブの投与中止後は,そう痒や斑状丘疹は改善を認めたものの消失はせず残存していた。その後投与中止から 1 年 3 カ月経過したところで両大腿に浮腫性紅斑と小水疱が出現した。抗 BP180 抗体の軽度上昇と,蛍光抗体直接法にて,表皮基底膜部に IgG と C3 の線状沈着を認め,水疱性類天疱瘡と診断した。プレドニゾロン 20 mg/日にて皮疹は改善した。本例における水疱性類天疱瘡の発症機序として ICI による免疫関連有害事象(immune related adverse events;irAEs)の可能性を指摘したいが,特発性の水疱性類天疱瘡は否定できない。そしてその解明には今後の症例の蓄積が必要であると考える。
26 歳,男性。数年前から鼠径部に紅斑,びらんを認め,近医皮膚科でステロイド外用や抗真菌薬の外用で治療されるも難治であった。皮疹は夏季に増悪を認めていた。家族歴はなかった。皮膚生検では表皮の過角化は軽度で円柱体や顆粒体はみられなかったが,表皮内に棘融解細胞を認め,裂隙を形成していた。蛍光抗体直接法では免疫グロブリンや補体の沈着は認めなかった。臨床所見および病理検査結果から Hailey-Hailey 病を疑い,患者の末梢血 DNA を用いて遺伝子検査を行った結果,患者の ATP2C1 遺伝子のエクソン 24 に 4 塩基の欠失変異がヘテロ接合型で検出された。同変異は我々が調べえた限りでは過去に報告されておらず,新規の遺伝子変異と考えられた。患者の皮膚生検組織から抽出した total RNA を用いた RT-PCR 法で,変異型アレル由来の ATP2C1-mRNA の発現量が著しく低下していたことから,nonsense-mediated decay の機序によって mRNA レベルで大部分が分解されていることが強く示唆された。Hailey-Hailey 病の根本的治療は未だ確立されたものはなく,対症療法が主体となる。遺伝子検査を行うことは更なる病態の解明や遺伝子治療の発展に寄与する可能性があり,重要と考える。
71 歳,男性。2 回目の COVID-19 ワクチン接種 2 週間後より,四肢・体幹に瘙痒を伴う皮疹が出現した。初診時,四肢・体幹に扁平隆起した紫紅色丘疹が散在し,瘙痒を伴っていた。一部は過去の外傷部に一致して皮疹を認め,肥厚性瘢痕や扁平苔癬などを鑑別に皮膚生検を施行した。病理組織学的に顆粒層の肥厚,表皮直下の帯状のリンパ球浸潤,変性した角化細胞を認め,扁平苔癬と診断した。経過中に口腔内の血疱や下肢の紫斑が出現し,血液検査で血小板の著明な低下がみられ,特発性血小板減少性紫斑病の診断で当院血液内科入院となった。PSL 60 mg/日より投与開始され,皮疹の著明な改善を認めた。
68 歳,男性。20XX-10 年に尋常性乾癬を,20XX-1 年から乾癬性関節炎(psoriatic arthritis;以下 PsA)を発症し,ステロイド外用薬,アプレミラスト,メトトレキサート内服で乾癬,関節症状ともにコントロール良好であった。20XX 年 9 月に,左 C6,C7 領域に帯状疱疹を発症,アシクロビルで皮疹は改善するも神経痛は持続していた。やがて左上腕の水疱部位および神経症状領域に一致して,それぞれ鱗屑を伴う小型の紅斑と左手関節,第 1,2,3 指 DIP/PIP/MP 関節に激痛をともなう腫脹,指炎が出現したため,20XX 年 10 月に当科を受診した。関節エコーで左手指関節,手関節部に関節炎所見を認めた。帯状疱疹随伴神経症状を契機とした PsA の急性増悪と診断し,アダリムマブを開始し皮疹,関節症状,指炎は改善した。帯状疱疹随伴神経症状が,deep Köbner reaction として PsA の増悪をきたした可能性を考えた。
73 歳,女性。10 年前から右側胸部の腫瘤を自覚し,徐々に増大したため精査加療目的に当科を受診した。右側胸部に約 20 cm の表面平滑で常色の軟らかい波動を触れる懸垂性の腫瘤が認められ,造影CT で同部位に血液成分を含む囊胞性領域があり,MRI T2 強調画像では高低信号域が不均一に混在していた。Chronic expanding hematoma(CEH)を疑い,全切除を行った。病理組織像では,腫瘤の大部分は線維性被膜内に血液成分,壊死組織を認め,CEH の所見であった。しかし,腫瘤の一部では小型の濃染核とわずかな細胞質からなる基底細胞様細胞と比較的豊富な好酸性細胞質からなる扁平上皮様細胞により構成される腫瘍成分が認められ,出血と血管の増生を伴っており,らせん腺腫の亜型である giant vascular eccrine spiradenoma(GVES)の所見であった。GVES の部分は CEH の部分と連続性を持っていたことから,自験例は GVES の血管が破綻し,出血を繰り返したことにより増大したものと考え,CEH 様の所見を伴った GVES の診断とした。GVES は報告が少なく,巨大化した稀な例を経験したので報告する。
我々は,異なる臨床像を呈した 3 例の Eccrine Angiomatous Hamartoma(EAH)を経験した。症例 1: 78 歳,男性。幼少期から右肘窩部に暗赤色腫瘤を自覚し,緩徐に増大傾向であった。症例 2:41 歳,男性。10 年前から左頰部に淡青灰色局面を自覚していた。局面の大きさは 10 年でほぼ変わりなかった。症例 3:41 歳,女性。8 年前から上腹部に皮下腫瘤を自覚し,2 カ月前から疼痛を伴うようになった。症例 1 と 3 は全切除生検,症例 2 は部分生検を行った。3 症例とも病理組織学的に腫瘍の境界は不明瞭で,真皮にエクリン汗腺や小血管の増生を認め,EAH と診断した。 EAH は比較的まれな腫瘍であり,多彩な臨床像をとる。自験例は初診時に鑑別疾患として EAH は挙がらず,病理組織学的検査で診断がついた。疾患に特徴的な画像所見もこれまで報告されておらず,診断には発症時期や局所多汗などの特徴的な所見を問診することと,皮膚生検が有用と考える。
43 歳,女性。20 年前に背部悪性黒色腫に対する切除術を受けていた。左上肢痙攣を発症し,精査にて転移性脳腫瘍と肺腫瘍を指摘された。開頭脳腫瘍摘出術の結果,悪性黒色腫脳転移と診断された。肺転移巣は手術不適であった。BRAF 遺伝子変異陽性であり,ダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法を開始した。術後 14 カ月で新たに脳転移の出現があり,イピリムマブ・ニボルマブ併用療法を開始したが,脳転移巣は増大したため,放射線治療(全脳照射計 39 Gy/13 Fr)に加えてダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法を再開した。脳腫瘍は制御できていたが,再開後 11 カ月に癌性髄膜炎を発症し,脳転移と肺転移の出現後 2 年 7 カ月で死亡した。初発から 15 年以上経過して再発を生じた悪性黒色腫は ultra-late recurrence と呼称され,症例数は少ない。遅発性に再発を生じる症例の存在・特徴を考慮し,術後のフォローアップ方法を検討し,標準化していく必要がある。
原発巣切除後 30 年以上経過して転移した悪性黒色腫の症例を 2 例経験した。症例 1 は 72 歳の女性。40 歳で左下腿後面の黒色斑を切除され,悪性黒色腫と診断された。術後にダカルバジンを投与され再発無く経過していたが,32 年後に左鼠径部の腫脹が出現し,生検により悪性黒色腫のリンパ節転移と診断された。症例 2 は 69 歳の男性。38 歳で頸部左側の悪性黒色腫を拡大切除され,術後問題なく経過していた。 31 年後に胃前庭部と両肺野に小結節が出現し,いずれも切除され悪性黒色腫の遠隔転移の診断となった。 悪性黒色腫は稀ではあるが術後長期間経過しての再発もあり,皮膚とリンパ節のセルフチェックに関する教育や長期のフォローが重要である。
Dr. Kyu Han Kim (M.D., Ph.D.) is the former Chair and Professor of Department of Dermatology, Seoul National Universtiy College of Medicine. He was the ex-president of the Korean Atopic Dermatitis Association (KADA) and the Korean Academy of Asthma, Allergy and Clinical Immunology (KAACI). He was also the former Director of the MRCC (Medical Research Collaborating Center), Seoul National Universtiy College of Medicine.