十二指腸癌は希少癌ではあるが,日常診療においては遭遇する機会が増えつつある.しかし,希少癌ゆえに,実臨床では治療計画に苦慮することも少なくない.また,十二指腸の解剖学的特性から診断,治療においてはいくつかの難しい側面がある.特に治療においては,外科手術,内視鏡治療,薬物療法,放射線治療,あるいはそれらの組み合わせを含めてさまざまな選択肢があり,個々の治療法の必要性,妥当性の判断や検証は難しいことも多い.2021年8月,外科,内科,放射線科,病理の横断的チームから成る十二指腸癌診療ガイドライン作成委員会の長期間の尽力により,国内初のガイドラインを発刊できた.本稿ではその内容について概説する.
非乳頭部十二指腸上皮性腫瘍は,主に家族性大腸ポリポーシス由来と特発性に大別される.Wnt pathwayが腺腫発生から発癌初期の中心的役割を担い,特発性でもAPC変異自体の頻度が低いもののWnt pathway異常活性化が80%に認められる.またWnt pathway異常活性亢進に加え,さらに別の発癌関連遺伝子の異常も発癌に必要とするmulti-hit theoryが有力視され,大腸癌adenoma carcinoma sequenceと類似する点が多い.一方で胃型粘液形質に特異的なGNAS変異も確認されている.また十二指腸癌独自の発生機序が存在する可能性もあり,さらなる研究が必要である.
非乳頭部十二指腸腫瘍は,空腸・回腸と同様に腸型の腺腫や腺癌が発生するのに加え,十二指腸近位側にはブルンネル腺や化生性・異所性の胃型上皮を母地として胃型の腺腫や腺癌が好発することが特徴である.こうした細胞形質の違いは,分子異常や腫瘍の悪性度とも関連し,一般に胃型腫瘍は腸型腫瘍よりも悪性度が高い傾向がある.癌の組織型は胃型・腸型ともに大部分は分化型腺癌であり,その他の組織型はまれである.十二指腸癌の分子異常は,マイクロサテライト不安定性癌の頻度が比較的高いことが特徴で,その場合は免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待される.さまざまな遺伝性疾患・症候群で十二指腸腺腫や腺癌の発生リスクが高まる.
上部消化管内視鏡検査の普及にともない,十二指腸腫瘍はまれな疾患ではなくなっている.診断や治療に関して不明な点が多い中,2021年7月に十二指腸癌診療ガイドラインが作成され,一定の指針が示された.表在性非乳頭部十二指腸腫瘍に対し,cold snare polypectomyやunderwater EMR,ESDやlaparoscopic endoscopic cooperative surgeryの治療成績はここ数年で格段に向上している.それにともない,生検に頼らない,より正確な内視鏡診断法が模索されている.今後,根治性と安全性を保ちつつより低侵襲な治療戦略が確立されることが期待される.
非乳頭部十二指腸腫瘍の外科診療には,十二指腸の解剖学的・発生学的特徴から,腫瘍の疾患の違いや占居部位に応じて,局所切除から膵頭十二指腸切除術まで,切除範囲や縫合閉鎖・再建方法も多様である.よって病態に応じた必要十分な切除が必要であるが,局所切除などの縮小手術こそ注意を払うべき合併症もあるため,それらの予防と対策を熟知しておくべきである.また,内科と外科の情報共有や治療の連携が,治療結果に大きく影響を及ぼす疾患群といえる.さらに,エビデンスの少ない希少疾患群であり,外科技術や内視鏡治療の発達の中で,科学的見地に基づいた診療と,エビデンスの蓄積が望まれている.
50歳代女性,腸閉塞の診断で入院.10年前に進行胃癌の手術歴があり入院後,保存的治療で軽快せず手術を施行した.回腸腸間膜内に腫瘍を認め,小腸が巻き込まれ一塊となっていた.術後病理検査で組織像は前回の胃癌と同様であり,胃癌の播種性転移の診断となった.術後10年以降の晩期再発は非常にまれであり,過去報告例から通常胃癌にくらべ,若年女性で組織型が印環細胞癌あるいは低分化腺癌の症例に多く認められた.
症例は82歳,女性.倦怠感と発熱を主訴に受診し,急性肝炎の診断で入院した.自然に軽快し退院したが,食欲低下で再入院し,胃に巨大な潰瘍性病変を認めた.4日後に出血性ショックで死亡し,剖検で節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型,肝浸潤と診断した.肝障害が発症の契機となった胃原発節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型は非常にまれで,肝浸潤した悪性リンパ腫の診断は時に難渋する.貴重な症例と考えて報告する.
61歳の進行胃癌患者に対しセカンドラインとしてRamucirumabおよびnab-Paclitaxelで治療した結果,インプラント周囲の右下顎骨の露出を認めた.インプラントを除去して観察をしたが腐骨形成を認めなかったため,口腔粘膜壊死と診断した.インプラントは血管新生阻害剤にて粘膜壊死をきたす可能性が示唆された.
73歳女性.CEA値高値を指摘され精査,食道胃接合部に3型腫瘍(中分化管状腺癌),傍大動脈リンパ節転移を認め,IVA期と診断.当院でイトラコナゾールを併用したS-1,オキサリプラチン,ナブパクリタキセルの3剤併用化学療法を施行し,CEA値は正常化,conversion surgery,R0切除が得られた.現在リンパ節転移再発で術後化学療法中だが,切除可能となった切除不能胃癌の1例を経験した.
症例は76歳男性.悪寒,発熱にて受診.画像検査で肝左葉に10cm大の腫瘤性病変と肝両葉に多発する小型円形低吸収域を認め,肝膿瘍の診断で抗菌薬を投与した.PIVKA-II高値にて肝生検を施行し,高分化型肝細胞癌を認め,肝膿瘍合併肝細胞癌と診断した.手術標本にて肝腫瘤内部にわずかに残存する腫瘍細胞と,著明なCD8+T細胞の浸潤を認めた.肝膿瘍の併発により腫瘍免疫が賦活化された可能性が考えられた.
68歳男性.呂律困難で受診,低Na血症を認めた.SIADHの診断基準に合致し,CTで膵尾部癌を認め,膵癌関連のSIADHを疑った.3%NaCl持続静注により低Na血症は改善したが,腹水や浮腫が出現し,心機能低下のためトルバプタンに変更し速やかに改善した.膵癌に対し手術や化学療法はできなかったが,7カ月間SIADHの再燃なく治療できた.トルバプタンは癌関連のSIADH治療に有用であると示唆された.