この30年間のウイルス肝炎に対する診療の進歩には目覚ましいものがある.C型肝炎に関しては,1989年のウイルスの発見を淵源として,抗ウイルス治療による疾患の克服が進み,その到達点として非代償性肝硬変に対してDAA治療が可能になった.AMEDの支援を受けた研究により,リアルワールドにおける安全性と効果が確認されたが,肝疾患の可塑性という視点からは限界があることも浮き彫りになった.ウイルス排除後の肝疾患の病態を解明すべく,さらなる研究が加速している.一方,B型肝炎に関して,核酸アナログ治療により肝不全への移行は激減したが,肝癌の発生が低下していない.感染からの離脱を目指した創薬研究が急加速している.
直接作用型抗ウイルス薬(DAA)の登場により,C型肝炎症例のほとんどでウイルス排除が可能となった.これにともない,治療対象の概念も大きく変化し,ウイルス排除により予後が改善できない状態を除き,すべてのC型肝炎ウイルス感染者に対して治療を行うことが推奨されている.通常の慢性肝炎や代償性肝硬変における治療薬の選択はシンプルになったが,特殊な病態においては治療ガイドラインに従い最適な治療法を選択する必要がある.ウイルス排除により,慢性進行性の病態はある程度まで可逆的であるが,ウイルス排除後も病態が改善しない,あるいは進行する場合もあるため,個々の症例においてウイルス排除後の病態を適切に把握することが必要である.
B型肝炎ウイルス(HBV)持続感染者に対する抗ウイルス治療の短期目標は,ALT持続正常化(30U/L以下),HBe抗原陰性かつHBe抗体陽性,HBV DNA増殖抑制の3項目であり,長期目標はHBs抗原消失,すなわちfunctional cureである.HBs抗原の陰性化は,肝硬変への進展および肝発癌を抑制することが示されている.新規薬剤の開発は,ウイルス自体を標的としたdirect-acting antiviral agents(DAAs)と免疫を含む宿主因子を標的としたhost-targeting antiviral agents(HTAs)の2つのストラテジーがあり,肝細胞内cccDNAの排除を目指している.
B型肝炎ウイルスが肝細胞に感染すると,核内には2本鎖閉鎖環状DNAが生涯にわたって残存する.このためHBs抗原陽性のキャリアのみならず,HBs抗原陰性,HBc抗体ないしHBs抗体が陽性の既往感染例であっても,免疫抑制・化学療法を実施すると,血清HBV-DNA量が高値になり,肝炎を発症する場合がある.肝炎の発症は,日本肝臓学会のガイドラインに準拠したスクリーニングとモニタリングによって予防可能である.しかし,厚生労働省研究班の全国調査では,免疫抑制・化学療法が誘因のB型急性肝不全が根絶できていない.ガイドライン遵守の啓発活動と,医療経済も考慮した新たな対策の構築が必要である.
B型慢性肝疾患およびC型慢性肝疾患といったウイルス肝炎は,効果的な経口薬の登場により適切に標準的な治療を行うことによって肝硬変や肝がんへの進行を抑えることが可能となった.その達成にはすべての国民が一度は肝炎ウイルス検査を「受検」し,感染が疑われれば,精密検査を「受診」し,必要であれば抗ウイルス治療を「受療」することが必要である.またわが国では,肝炎対策基本法を柱として国を挙げてのウイルス肝炎対策が行われている.いまだ感染しつつも感染が判明してない,また判明しつつも適切なマネジメントを受けていない感染者を減らすために,専門医をはじめとする医療者や関係者の理解と協力が必要である.
炎症性腸疾患(IBD)は,潰瘍性大腸炎とクローン病の指定難病に大別される.2020年より指定難病が疑われる患者を対象に遠隔連携診療料が定められたが,IBDでは確定診断済みの患者が重症化や難治化した際の加療に難渋することが多い.われわれは北海道難病医療提供体制整備事業として,確定診断済みを含むすべてのIBD患者を対象に無償で遠隔連携診療を開始した.2021年4月から12月までに,地域病院より36回のIBD遠隔連携診療の要請があった.このうち86%がIBD確定診断後の難治または重症患者であり,遠隔連携診療料の患者基準の範囲外であった.地域ごとの難病医療格差を是正するためには,遠隔連携診療料の基準見直しが急務である.
81歳の女性,1年前のS状結腸早期癌に対する内視鏡的粘膜切除術(EMR)の経過観察目的で大腸内視鏡検査を施行した.検査3日後に意識消失で救急外来に搬送された.左季肋部痛があり,腹部造影CTで脾下極の損傷による腹腔内出血と診断し緊急で脾摘出術を施行した.脾損傷の原因となる外傷がなく,腹腔内の癒着によって大腸内視鏡検査中に脾下極の損傷をきたし,抗血小板薬によって止血が得られなかった可能性が考えられた.
経口腸管洗浄剤服用による症候性低Na血症は極めてまれだが,重篤な神経症状を呈し入院加療が必要になることもある.今回,前処置後に症候性低Na血症を呈した2例を経験した.低Na血症の原因として,経口腸管洗浄剤服用に加えて大量の水分摂取が原因として考えられた.再発予防には経口腸管洗浄剤に加えて水分の摂取量や摂取ペースの調整,補液の追加などを検討する必要がある.
82歳男性.食後の胃もたれを主訴に上部消化管内視鏡検査を実施.胃体部小彎に白苔付着をともなうびらんと周囲に発赤を認め,生検で中分化管状腺癌が疑われたため当院紹介となった.初回より3週間後の内視鏡検査では,体部小彎の異なる位置に白苔付着をともなうびらんを認め,生検では非腫瘍であった.酢酸亜鉛起因性胃粘膜傷害を疑い,同薬剤の内服を中止したところ,胃粘膜傷害は改善した.
症例は57歳男性.主膵管内進展をともなう膵頭部腫瘤に対して,内視鏡的逆行性膵管造影(ERP)で主膵管内腫瘍から生検を行い膵退形成癌と診断し,亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.膵頭部実質内腫瘍では腺癌が,主膵管内腫瘍では退形成癌が大半を占めていた.退形成癌部分でE-cadherin染色が陰性となることから細胞接着性を欠いた増殖形態が推察され,これを機序として主膵管内に膨張性に進展したと考えられた.