(1) 34°Cにおける水,エタノール,エタノール水溶液および蒸留酒のNMRスペクトルの化学シフトについて測定を行った.純エタノールは4.075ppm,純水は3.528ppmであり,エタノール水溶液および熟成蒸留酒のOH基プロトンのNMRスペクトルは,いずれも水の化学シフト位置の近傍に出現する.これは,エタノール水溶液や蒸留酒は,その水素結合の状態がきわめて水に類似した液体構造を持つものと考え,られる.
(2)エタノール水溶液や蒸留酒中に微量の酸が存在すると, OH基プロトンのNMRスペクトルは,酸を含まないものに比べて約0.01~0.05ppm低磁場にシフトする. 0.01~0.18%の濃度範囲では酢酸の濃度が変っても,シフトの位置は変らず固定されている.
(3)熟成蒸留酒には必ず微量の酸が存在するので,貯蔵年数の異なる試料のNMRスペクトルは,酸の存在によって決まる一定のシフト位置に出現し,熟成に伴う差異をみることができなかった.
(4)蒸留酒のOH基プロトンスペクトルの半値幅は貯蔵年数とともに増大し, 10年当り約0.5 Hz増大する.半値幅の増大はプロトン交換速度の減少および単量体の減少を示すもので,熟成に伴う誘電率や気相エタノール濃度減少の事実とよい一致を示している.これは,長い年月貯蔵熟成された蒸留酒中ではエタノール分子が強く束縛されていることを示すもので,その香味円熟と深く関連している.
(5)蒸留酒中に存在する酸,エステル,アルデヒド,フーゼル油,樽材浸出物等の微量成分がOH基プロトンのNMRスペクトルの半値幅に与える影響について検討を行った.エステル,アルデヒド,フーゼル油の場合,存在する濃度範囲においては,ほとんど影響がなく無視することができる.酸が存在すると水素交換のためNMRスペクトルはシャープとなり半値幅を著しく減少させる.樽材浸出物は若干半値幅を増大させるが,熟成に伴う半値幅の増大に比べればわずかである.
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