国内において,チョウセンキバナアツモリソウ(Cypripedium guttatum)の自生地は1カ所であり,保護措置による個体数の増加傾向が見られないことなどから,生息域内保全を補完するための生息域外保全が急務になっている。本研究は,環境省東北地方環境事務所から要請を受け,環境省新宿御苑管理事務所に保存されてきた自生地由来となるチョウセンキバナアツモリソウの種子の発芽に取り組むことにより,生息域外保全の推進のために必要とされる保存種子の活用の有効性について検証した。研究は,保存種子の発芽に取り組む前に,予備試験として栽培地で維持されてきた栽培株より結実した種子900粒を材料にして,アツモリソウ属植物用に開発した小山田培地を使用し発芽試験を実施した。発芽した312個体を育苗培地に継代し,成長が認められた99個体をフラスコから取り出し,用土を充填したトロ箱に植え付けて2年間の育苗を行った。育苗によって生存した苗から30個体を栽培試験地に定植した結果,定植の翌年に初開花を確認した。この結果を参考にし,本試験として新宿御苑管理事務所に保管されていた2014年に採種された種子290粒を培地に播種したところ6個の発芽個体が得られた。これを育成用培地に継代して培養し,最終的に2個体の苗が得られた。また,2015年に採種された保存種子7265粒を材料に発芽試験に取り組んだ。その結果,培養開始50日から800日までの期間に断続的に108個体の発芽が確認された。発芽率は1.5%となり,予備試験として実施した栽培地由来の種子の発芽率34.7%と比較して有意に低くなることが分かった。発芽した108個体から器官分化が見られた101個体を育成培地に継代して育苗し,成長した57個体を培養フラスコから取り出して,栽培用土を充填したトロ箱に移植して2年間の育苗を行い,生存した22個体を環境省に提出した。本研究は,環境省が進めている絶滅危惧植物の保護増殖事業の中で取り組んだものであり,特にチョウセンキバナアツモリソウ野生株から採種された保存種子の発芽は国内外において初報告になり,生息域外保全に用いる保存種子の苗生産に成功した。
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