本稿の目的は、ひとつには、「イヴェント・ヒストリー分析」(event history analysis)ならびに「コーホート分析」(cohort analysis)の視点から「ライフコース論」(life course perspective)について考案を加えることであり、そしてふたつめには、コーホート分析の視点から行った実際の分析例(今時の戦争がひとびとのその後の生活に及ぼした影響のコーホート間比較)を示すことである。本稿のその2つの目的に対応して、本稿は2つの部分(「I.ライフコース論の方法論的検討」ならびに「II.戦争がライフコースに及ぼす影響についての一考察」)から構成されている。
ライフコース論を支える分析方法論のひとつはコーホート分析である。コーホート分析は、コーホート間で比較分析を行うことによって、社会の変動構造にアプローチする視点を提供する。比較分析をより信頼度の高いものにするためには、時間変数を導入した時系列データを分析対象とすることが方法のひとつとして指摘できる。すなわち、ライフコースはライフコース間の比較分析に適用されることによって大きな力を発揮できるといえる。特に、ライフコースをひとびとの生活状態の持続と変化と見なしうるならば、そしていくつかのパラメータによってそのプロセスの構造を描くことができるならば、そのパラメータを指標とする比較分析へとライフコース論の道が開かれることになる。
太平洋戦争はそれを経験した日本人の人生にどのような影響を及ぼしたか―これが本稿のテーマである。分析に用いたデータは朝日新聞に「私の転機」というタイトルで連載された241名の個人的記録(personal document)である。すなわち、本稿の方法論的なねらいは、多数の質的(主観的)データを用いて、戦争体験が個人の内面的経歴に及ぼした影響を明らかにしようとした点にある。分析には統計的方法と事例的方法とを併用した。まず、241名を12の出生コーホート(1つのコーホートの幅は5年)に分け、その内の比較的規模の大きい7つのコーホートについて、戦争体験が人生の転機の契機となった者の割合を算出するとともに、その割合がコーホート間で異なる理由について考察した。続いて、別々のコーホートに所属する4人の事例を取り上げ、転機=ライフコースの方向転換(あるいは方向の決定)という視点から、戦争体験が人生の転機を引き起こすメカニズムについて考察した。その結果、戦争体験を契機とした転機とは、敗戦前後の日本の社会構造の非連続性が個人のライフコースに反映したものであること、また、その反映の程度と内容にはコーホート間で違いがあることが明らかになった。
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