両親媒性脂質分子は水中での自己集合により球状,板状,ファイバー状など様々な微細構造を形成することが知られており,その調製法の容易さからボトムアップ型ナノ構造体製造のためのビルディングブロックとして有望である。この自己集合体が組み上がっていくプロセスでは,水素結合やスタッキング相互作用などの非共有結合が駆動力となっているため,欲しいナノ構造を得るためには両親媒性分子の的確な分子設計が非常に重要である。一方,核酸塩基はDNA中で相補的核酸塩基対やスタッキング相互作用といった非共有結合部位をもち,DNAの二重らせん構造を形成,安定化する役割を担う重要な分子である。 したがって,核酸塩基部位を両親媒性脂質と組み合わせた分子は,自ずとDNAと類似の非共有結合能を持ち,精密な集合体を形成することが期待できる。本稿では,これら核酸塩基部位をもつ両親媒性脂質分子が自己集合により形成する多様なナノ構造体について紹介する。
脂質分子の生体系における最も重要な役割は生体膜を形成することであり,その生体膜は物質変換やエネルギー変換,情報伝達などの生体分子システムを駆動させるための舞台を提供する。近年の生命科学の進歩によって,人工生命を創成しようとする挑戦的な研究分野が注目されている。本稿では,人工細胞膜を如何にしてデザインするか,また人工細胞膜にどのように機能を賦与できるかについて述べている。人工細胞膜を形成する脂質の分子設計指針や,人工細胞膜の静的ならびに動的な構造制御の手法について解説し,これらの脂質分子に様々な機能性分子ユニットをハイブリッド化することでナノマテリアルへ誘導できる例を示している。また,人工細胞膜のナノマテリアルとしての特性として,バイオメディカルデバイスや分子通信デバイスへの展開に焦点をあてて議論している。
エキソソームはタンパク質や核酸といった生体高分子を含む直径約30~100 nmの膜小胞である。エキソソームは様々な細胞から分泌されるが,その特徴は産生細胞により異なり,血液や尿をはじめとした全身のあらゆる体液中に存在する。近年,エキソソームは内包するタンパク質や核酸をエキソソームの取り込み細胞へと送達することで,細胞間コミュニケーションにおいて重要な役割を果たしていることが明らかとなり,癌の転移や免疫応答など種々の生体内イベントにおけるエキソソームの関与が注目されている。 また,それとともに,その産生細胞に由来する特徴を有するエキソソームが,疾患診断のためのバイオマーカーとなりえるのではないかと期待されている。さらに,エキソソームをドラッグデリバリーシステム(DDS)として利用する試みも検討されている。本稿では,現在までに明らかとされているエキソソームの特徴や性質と,生体内イベントにおける役割について整理した後,エキソソームを利用した疾患の診断法と治療法の可能性について述べるとともに,エキソソームを基盤としたDDSの開発を目的とした,我々の取り組みを紹介する。