脂質はタンパク質,糖質と並んで生体を構成する重要な成分であり,生体内において生体膜構成成分,エネルギー源,生理活性分子など極めて重要かつ多彩な機能を担っている。古くから脂質成分の解析には,薄層クロマトグラフィー(TLC)や液体クロマトグラフィー(LC),ガスクロマトグラフィー(GC)などの種々のクロマトグラフィー法が汎用されてきた。しかし,これらの分析法はある分子群にターゲットを絞った場合には有効であるが,微細な構造(sn-1, 2脂肪酸側鎖など)の違いを解析するのは難しく,何より分析にnmolオーダーの試料を必要とした。しかし,近年の高感度かつ定量性に優れた質量分析法の開発により,リン脂質の極性基や脂肪酸側鎖の組合せを含めた分子種レベルでの網羅的解析,ならびに微量検体での分析が可能となってきた。この脂溶性代謝物を網羅的に解析する研究は,リピドミクスという総称で呼ばれる比較的新しい研究分野である。我々は,質量分析法を駆使し,これまで追うことのできなかった生体内の脂溶性代謝物を網羅的かつ特異的に捉えることで,生命現象の一端を解明することを目指している。リピドミクスは,細胞や生体内における多数の脂溶性代謝物の変化を,バイアスをかけない手法により網羅的に探索し,生命現象を包括的に理解しようとする研究である。仮説検証のみならず,網羅的解析により新たな仮説が提唱され,予想もしていなかった大発見をもたらす可能性を秘めている。本総論では,リピドミクス分析技術とその将来展望について紹介したい。
脂質は幅広い化学的性質、類似構造を有する多様な生体分子であり,それぞれが様々な生理機能を担っている。このような脂質分子を包括的かつ定量的に観測する学問であるリピドミクスは,近年,医学・創薬・食品・バイオテクノロジーなどの幅広い研究分野で精力的に使用されている。超臨界流体(SCF) は,臨界温度,臨界圧力を超えた状態の物質であり,低粘性,高拡散性というクロマトグラフィーの移動相や生体試料からの抽出媒体として好ましい性質を有している。超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)は,高流速分析においても高い分離能を保ち,極性溶媒(モディファイアー)の添加や温度,背圧を変化させることでGCやLCにない代謝物の幅広い分離モードを選択できる。また,超臨界抽出(SFE)は,溶解度の差を利用して抽出操作を行う手法であり,一般的な有機溶媒抽出法と比べて,高い抽出効率,暗黒,無酸素下でのマイルドな条件での抽出が可能であり低環境負荷などの利点がある。本稿では,超臨界流体抽出分離技術を用いたリピドーム解析手法に焦点を当て,その開発状況と今後の課題や可能性について概説する。
オイル産生藻類は,次世代バイオ燃料の原料として期待されている。トリアシルグリセロール(TAG)を主成分とするオイルの蓄積は,栄養欠乏や化学刺激,物理的ストレスなどによりさまざまな種や株で見られる。しかしながら,藻類オイルを産業利用するためには,生産性の向上が必要であるが,TAG合成経路やその制御機構は明らかとなっていない。代謝工学によりオイル産生藻類のTAG生産能を強化するためには,代謝ネットワークの理解が必要となる。近年,質量分析計を用いたメタボローム解析が代謝プロファイルを決定する重要なツールとなった。メタボローム解析はゲノムやその他のオミクス解析情報を必要としないため,モデル生物だけでなく,新規生物にも有用である。多数の代謝物質を一斉に定性,定量解析する事は,生命現象のダイナミクスを解明するのに役立つ。本稿では,オイル産生藻類のメタボローム解析について紹介する。