音韻理論の歴史の中で,規則に基づく直列モデル,つまり派生理論が,制約に基づく並列モデル,つまり最適性理論に取って代えられたのが,90年代初期の出来事であった。その理由として,言語類型,言語獲得,通時変化,共時変異などの様々な言語の諸相を考慮に入れると,後者の方が説明モデルとして妥当であると証明された点にある。ただし,これは不透明性(opacity)の問題を除いての話であり,実際には入力から出力への対応に中間段階を設けないという並列性を旨とした古典的最適性理論(Classic OT)にとって,不透明性は深刻な問題を提起していた。つまり,もともと並列性と不透明性は相容れない性質を持っており,並列性が最適性理論のアキレス腱として,大きな駆動力となった一方で致命的な弱点ともなったのは,皮肉な不幸であった。かくして,最適性理論の歴史は,不透明性克服の歴史ともなったのである。本稿の目標は,1)最適性理論に直列派生ステップを設けた調和的直列モデル(Harmonic Serialism)により,日本語動詞形態論に潜む不透明性の問題を解決できることを示しつつ,このモデルの概要を導入すること,2)よく知られていないが,英語にも不透明性の現象,特にヨーク公愚策(The Duke of York Gambit)と呼ばれるA→B→Aの派生現象が存在することを明らかにし,調和的直列モデルにより原理的な説明ができる点を立証することにある。理論的な意味合いとしては,3)不透明性の問題を解決するには,様々な方法の中でも調和的直列モデルが有望であること,4)存在しないと言われる真のヨーク公愚策の現象が,まぎれもなく英語の共時音韻論に存在すること,などが挙げられる。
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