本稿ではまず日本語におけるドイツ語外来語の前舌円唇母音/ü/と/ö/が非対称的な借用パターンを取ることを示す.高母音/ü/は日本語に/ju/の音形で借用されるのに対して,中母音/ö/は日本語に/e/の音形で借用される.つまり/ü/の場合,分節音の連続として現れ,前舌・円唇の両素性が保持されるのに対して,/ö/の場合は単一分節音になり,円唇の素性が喪失されるということを述べる./ü/と/ö/は同じように前舌円唇母音であるにも関わらず,日本語への借用パターンが異なるという非対称性があることを示す.本稿では非対称性が入力の母音の高さの異なりから生じることを論じる./ü/→/ju/のパターンが無標なパターンであるが,/ü/は中母音であるため/ü/と同じパターンに従えない.つまり,/ü/の場合,/ü/も/j/と/ü/もすべて高母音であるため,出力の各分節音が入力と同じ高さの素性を持つことになり,出力として許される.しかし/ö/の場合,もし/ö/が/jo/に置換されると,/ö/という中母音の入力に対して出力としての半母音/j/が[+high]であるため,高さの素性が異なることになる.つまり,/jo/という出力の場合,入力にない[+high]の音声素性を付加しなければならないことになるため,/jo/は出力として許されないと主張する.
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