鼓膜癒着症はその成因に不明な点も多くまた治療に苦慮することが多い疾患である。鼓膜癒着症における鼓膜陥凹の原因としては以前より耳管機能不全が指摘されている。また近年, 中耳腔におけるガス換気の存在が指摘されており, 我々は鼓膜癒着症においては中耳腔の粘膜障害によると考えられる中耳腔のガス換気不全があることを確認している。しかし鼓膜の癒着の原因は依然として不明である。
本研究では鼓室の粘膜の機能に着目し, 粘膜上皮除去後の鼓膜, 鼓室の変化につき動物実験を行い検討を行った。まず, (1) 粘膜除去単独群として鼓膜を損傷しないように, 家兎の鼓室粘膜上皮を無菌的に剥離除去し, その後長期間にわたり鼓膜, 鼓室の状態につき観察を行った。次に (2) 粘膜除去+耳管閉塞群として同様に鼓室粘膜除去後に耳管鼓室口を小筋肉片で閉鎖し, 長期間にわたり鼓膜, 鼓室の状態につき観察を行った。粘膜除去単独群では5ヵ月以降, 粘膜除去+耳管閉塞群では2ヵ月以降鼓膜の癒着性変化が認められた。同時に骨の増殖性変化に伴う骨肥厚を認め, 肉芽を介して鼓膜と骨の癒着する様子が観察された。また大多数例に骨の肥厚に伴う含気腔の縮小化が認められた。
これらの動物実験の結果より鼓室粘膜は中耳含気腔を保持する機能を有しており, 鼓膜癒着症では粘膜障害に伴ってこの機能が破綻することにより含気腔の縮小化と鼓膜の癒着性変化が生じることが推測された。またこれらの変化は粘膜除去+耳管閉塞群ではより早期に出現することから, 耳管閉塞により粘膜障害に伴う炎症性変化が遷延するものと推測された。
また臨床例の検討として鼓膜癒着症例のCT画像の検討を行い, 下鼓室の断面積の測定を行ったところ, 鼓膜癒着症の下鼓室の発育は正常例, 慢性中耳炎例, 弛緩部型真珠腫例のいずれに比べても有意に抑制されていることがわかった。このことから鼓膜癒着症では鼓室を中心に過去に著明な炎症刺激をうけたことが示唆された。この所見は動物実験における鼓室粘膜除去後の含気腔の縮小と同様の所見と考えられる。
以上より鼓膜癒着症の成因として耳管機能不全, 中耳腔ガス換気障害に伴う鼓室内の陰圧形成と, 鼓室内の重篤な炎症に伴う粘膜機能の破綻から含気腔の縮小化をきたし, 鼓膜の岬角への接近に伴って鼓膜癒着を招くことが示唆された。
抄録全体を表示