急性感音難聴を含む内耳疾患では従来,画像検査では異常がないことが常識であった.高解像度MRIの登場により,内耳の微細な構造を画像化することが可能となり見えなかった所見が見えるものとなり,我々の内耳病態への理解が進んだ.まず,突発性難聴では蝸牛の高信号が聴力予後と関連することを明らかにし,MR画像がさらに高解像度化したことを受けて,蝸牛の回転別の評価を行い各周波数領域の聴力予後と関連があることを報告した.また,メニエール病ではガドリニウム鼓室内投与や静注による内リンパ水腫の描出の報告以来,様々な症状や電気生理学的検査との関連を報告してきた.最近では,新しいトレーサーとして17O標識水を用いたMRIで内耳造影についても検討を行った.将来,MRI機器や撮像法,造影剤の種類や投与法の改善により新たな内耳画像診断の進歩が考えられる.今後も,画像による内耳病態の解明に向けてさらに研究に取り組みたい.
慢性中耳炎における内視鏡下手術は広く認知されてきている.内視鏡の利点として拡大視操作が行える点が挙げられるが,狭い外耳道のスペースで近接することは大きいグラフトが視野の妨げとなり,明瞭な視野を得ることが困難な場合がある.そこで当科ではグラフトを1枚にこだわらず複数枚用いる工夫をしている.今回当科で過去6年間に内視鏡下耳科手術による鼓室形成術を施行した慢性穿孔性中耳炎207耳について術後成績の検討を行った.穿孔閉鎖率は95.2%であった.鼓膜穿孔の大きさ別でのグラフト使用枚数と鼓膜穿孔閉鎖率について検討を行ったがいずれも統計学的に有意差を認めなかった.このことから鼓膜穿孔の大きさに関係なく,明瞭な視野が得られなければグラフトの複数枚使用が有効であることが示唆された.グラフトを複数枚用いることで内視鏡が威力を発揮する明瞭な視野での確実な手術操作が可能となり,穿孔閉鎖率の向上に繋がると考えた.
外耳道後壁削除・乳突非開放型鼓室形成術(付帯手技:軟素材を用いた外耳道後壁再建)を施行した後天性中耳真珠腫282例305耳の再形成再発と術後乳突腔障害の発生率について,術後乳突腔換気能を考慮した乳突腔充填術併用の有用性を中心に検討した.術後乳突腔換気能が不良と予測された症例に対し乳突腔充填術を併用することで,併用開始前と比較し再形成再発の発生率が15%から5.1%,乳突腔障害が17%から8.6%と低下した.再形成再発と乳突腔障害いずれも発生しなかった症例の割合も,併用開始後に有意に上昇した.よって術後乳突腔換気能が不良と予測される症例に対し乳突腔充填術を併用することは,再形成再発や乳突腔障害の発生率を低下させるために有用と考えられた.ただし,術後乳突腔換気能が良好と予測されたにも関わらず,再形成再発や乳突腔障害を起こした症例も存在しており,術後乳突腔換気能の予測方法については更なる検討が必要と考えられた.
耳管の開閉は鼓室内の圧環境維持に重要な役割を果たす.ヒトは耳管を嚥下や欠伸にて能動的に,バルサルバ手技によって受動的に開けることができる.また,鼻をすすることで開いた耳管を閉じることが可能な例もある.今回,それらでない方法で,耳管の開閉を自身の意図で,自由なタイミングで行い,その速度も自在に調節できる症例を報告する.耳管を開閉する際には軟口蓋の律動的な運動がみられ,同時に他覚的耳鳴が聴取された.耳管の開大筋である口蓋帆張筋を随意的に動かすことで,耳管を自在に開閉できるようになったと考えられた.本例は中耳疾患の既往はないが,小児期に何らかの耳管機能不全の時期があり,そのために生じる耳の症状を回避するために耳管の自在な開閉を会得したものと思われた.他覚的筋性耳鳴の中には耳管由来の耳鳴が存在し,その中には耳管開放症や耳管機能不全を持つものがみられ,本例の耳管もそれらと類似していると考えられた.
鼓室形成術施行後,鼓膜浅在化をきたした両側混合性難聴症例に対してClipカプラーを使用した人工中耳Vibrant Soundbridge®(VSB)をアブミ骨に設置し,さらに自家耳介軟骨をコルメラとして用いた伝音再建を同時に施行している.術後1年経過3症例において人工中耳VSBは良好な成績を維持しており,Clipカプラーを使用したアブミ骨に設置の安定性が確認できた.また人工中耳VSB非駆動時の気骨導差拡大が抑えられ,自家耳介軟骨をコルメラとして用いた耳小骨再建も安定していることも確認できた.今後更なる追跡を行う予定である.
ランゲルハンス細胞組織球症(Langerhans Cell Histiocytosis: LCH)は異常なランゲルハンス細胞が増殖する非常に稀な疾患である.病変も孤立性のものから多臓器にわたり,致命的になるものもあり臨床像は様々である.今回我々は耳症状を契機に診断されたLCHの症例を経験したので報告する.
症例は9歳女児,主訴は左聴力低下,耳漏で,中内耳CT,MRIで左側頭骨錐体部から蝶形骨,斜台にかけて占拠性病変を認め,PET-CTでは左側頭骨の溶骨性変化を認める部位と肝臓にFDGの強い集積を認めた.診断目的に左鼻腔より蝶形骨洞自然孔付近の腫瘍性病変を全身麻酔下で生検し,LCHとの確定診断を得た.肝臓の集積もLCHによる病変と判断し,多臓器型リスク臓器浸潤ありとして,LCH-12プロトコールに沿った化学療法を開始した.化学療法終了後2年経過しているが,尿崩症の出現はなく,寛解状態を維持している.
小脳橋角部や内耳道内に認められる腫瘍性病変はほとんどが良性腫瘍で,悪性腫瘍の内耳道内転移はまれである.悪性腫瘍の内耳道内への転移経路として,髄膜癌腫症が挙げられる.髄膜癌腫症は悪性腫瘍が脳軟膜やクモ膜下腔などの脳脊髄腔を介した転移である.また,急性感音難聴や顔面神経麻痺症状に対してはステロイド全身投与が標準治療とされているが,内耳道内転移の場合には治療効果が乏しいとされる.今回我々は,急性感音難聴,浮動性めまいで発症し,その後短期間で症状の増悪及び多発脳神経症状が出現した肺小細胞癌の髄膜癌腫症による内耳道内転移が疑われた症例を経験した.ステロイド加療に抵抗し進行性・両側性となる第VII・VIII脳神経症状を認める症例に対しては,悪性腫瘍による髄膜癌腫症の可能性も考える事が必要と思われた.