著者らは,たんぱく質や核酸などのマクロな分子が持つ之いる形状認識能力に注目し, 「統計的集団ではなく個々の分子が重要な機能的役割を果たすような情報処理システム」(分子コンピューター)の研究に取り組んできた.したがって,ここで述べているコンピューティング(計算)は,集積回路などを用いたフォンノイマン型計算ではなく,個々の分子の機能や相互作用を利用した非フォンノイマン型計算を指している.現在の段階では,計算は,さし当たり一般的な計算能力を実証するものではなく,個々の具体的な問題を有効に解くことができることを例証する段階にあるだろう.
さて,分子のレベルのミクロな現象を計算に利用するためには,これをマクロな世界と結びつけることが必要となるが,著者らはこれを変換と増幅(Transduction and Amplification)の並列的な連鎖を用いて行うことを提案している.また,非常に速い分子の形状認識過程には,分子の異なる状態が並行して存在する量子力学的な過程が有効に作用しているとも述べている.
分子コンピューティングの可能性を示唆する具体例として,以下の四つの代表的なプロトタイプシステムを用いて,異なったモードでの計算が可能なことを示している.
1.脂質膜を用いたバイオセンサー.このセンサーの動作には,変換と増幅の原理が使われている.光敏感な媒質との組み合わせを提案している.
2.バクテリオロードプシンを用いた光計算.光メモリー,ホログラフィックプロセシングなど.
3.口NA鎖を用いた計算.口NA鎖の連結反応などのバイオテクノロジーを用いて八ミルトンパス問題などを解くことが可能なことを示したAdlemanの研究を紹介している.本手法に基づく一般 的な計算の可能性を指摘している.
4. 神経を変換と増幅の構成単位とした仮想的な脳のシミコ.レーション.
最後に,要素技術・素子の開発とコンピューティングの質の向上が相乗的に進むという分子コンピューティングのシナージェティックな研究の進展を展望している.(論文紹介 岩崎 裕)
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