著者の一人である田中が「生体高分子の質量分析法のためのソフトレーザー脱離イオン化法の開発」成果により,2002年ノーベル化学賞を受賞した.本論文では,受賞対象になった研究成果を得た経緯を,試作した飛行時間型質量分析計の概要も含めて紹介する.
超高速微弱光現象計測法は,光子と物質との超高速相互作用の解析・研究において優れた威力を発揮するため,各種先端科学技術分野で広く利用されている.光子と物質との超高速相互作用,そのメカニズムやダイナミクスなどの基本情報は,ピコ秒〜フェムト秒領域の超高速時間分解計測によって取得することができる.かかる超高速光現象計測法には種々のものがあるが,これらでは優れた時間分解能だけでなく,高精度,短時間計測を実現させるため,スペクトル領域や空間領域での多次元データ収集機能などが要請される.本稿では,直接法でかつ画像化計測が可能な超高速ストリークカメラとその応用を中心に,超高速微弱光現象計測の現状と将来について述べる.
ナノメートル領域における物質の光学的性質を計測・制御する次世代の光技術として,近接場光を力として検出するまったく新しい原理に基づく近接場光学顕微鏡を開発した.この顕微鏡では,近接場光の中に半導体探針を挿入し,半導体表面近傍に電子・正孔対を生成させ,その結果生じる半導体探針の表面電位(光起電力)の変化を力として検出する.この方式は,従来の方式で大きな問題となっていた光の伝搬損失や集光損失がほとんどないため,近接場光測定の高感度化・高分解能化に優れた検出方式である.6Åという世界最高の水平空間分解能を実現し,将来的には,物質表面の原子・分子レベルの構造と光学的性質を完全分離して同時測定することができるようになると期待される.
X線を用いた実時間1分子計測を考案した.この回折X線追跡法(Diffracted X-ray Tracking : DXT)は1分子ユニットの特定の部位にナノ結晶を標識して,ナノ結晶からのラウエ斑点の動きを追跡する.運動は並進運動ではなく,回転運動をモニターする.また,定量解析や,化学情報に依存しないというX線計測の特長について触れる.最近DNA分子や,筋肉の主成分であるミオシン分子の1分子運動をピコメーター精度で計測に成功したので,それらの例も紹介する.
機能的磁気共鳴イメージング法は局所脳血流量の変化を測定して神経活動の変化の空間分布をイメージングする方法である.BOLD法では局所血流量変化に伴う血中ヘモグロビン酸化度の変化を測定するが,局所血流量の変化それ自体を測る方法も開発されている.高い静磁場の装置を使って1ミリ以下の空間分解能を実現する試みが行われている.BOLD法は高次脳機能の局在研究に適用されて多くの成果を上げている.
超伝導量子干渉素子(SQUID)磁気センサーの原理が発見されてから40年が経過しようとしている.近年,高温超伝導SQUIDが開発され,より身近なものになりつつあり,新しい応用分野が広がりつつある.今回,これを用いた生体内でのリンパ節生検システムと食品検査システムについて述べる.リンパ節生検システムでは動物実験が行われており,また,食品検査システムでは実用機に近いものができてきている.
宇宙放射線に対する線量計測が真剣に考えられ始めてからまだわずか十数年で,線量当量を正確に求める方法はまだ確立されたとはいえない.ここでは,まず,現に使用されている線量に対する実時間計測の方法を中心に,現在いかにして線量当量の計測がなされているかについて述べ,その最大の問題点は,宇宙放射線に対するLET分布をいかに正しく測定するかにあること,さらに,その不正確さが実測結果に現にどのようなあいまいさを生んでいるかを指摘する.最後に,それらの問題はどのようにして最先端技術によって解決されるかを示唆する.
人間の五感で感じ取れる外界の情報には,種類,精度,取得速度に限界がある.現代社会は,われわれ自身が作り出した多くの人工の眼からの情報なしでは成り立たない.人工の眼は,観測対象と材料の相互作用を電気信号に変換するデバイスである.超伝導体を使うことにより,従来技術では達成不可能な光子検出性能を実現することができる.超伝導エネルギー分散分光法(Super-EDX)は,光子エネルギーの測定精度,カバーできるエネルギー範囲において半導体技術の壁を越えており,科学ツール,産業計測ツールとしての応用が期待される.