1982年に提案された量子ドットは,自己形成量子ドットを中心とする半導体ナノ技術により,レーザーや単電子素子など現実に動作するナノ素子の基本構造として発展してきている.本総合報告では,量子ドットを中心とした低次元半導体構造について,フォトニック素子への展開を念頭に置きながら,結晶成長・プロセス技術,光・電子物性,素子応用について論じる.まず,半導体ナノ構造の歴史的発展を振り返った後,自己形成量子ドットの展開について議論する.さらに,自己形成手法以外のナノ結晶成長・プロセス技術について概観した後,量子ドットの光・電子物性物理の進展状況を論じる.そして,さらに,量子ドットレーザーを中心にして,ナノフォトニック素子についてその展開を紹介するとともに,量子暗号通信に不可欠な単一光子発生素子について量子ドット応用の立場から述べる.
ストランスキー・クラスタノフ成長モードを利用したInAs系量子ドットの自己形成において,ファセット面の形成によるドットサイズの自己制限効果が見いだされ,均一性の高い量子ドット構造の作製が可能であることを明らかにした.高均一で良質の量子ドットの埋め込み成長条件について述べ,20meV以下の狭い発光半値幅が得られることを示した.さらに,量子ドットの高均一・高密度化の新しい手法として,GaSb/GaAs層の導入について概説した.
量子ドットには,電子状態を電子1個の単位で識別,操作できるという特徴があり,この特徴は量子情報技術の基本概念によく適合する.本稿では,単一,および結合量子ドットにおけるスピンに関係する電子状態の性質,特に,スピンの安定性,トンネル結合と交換結合の制御について解説する.
量子デバイスの集積化法は確立していない.本稿では,分子線エピタキシー(MBE)選択成長法を用いた量子細線ネットワークの形成と,これを応用した新しい方式の「ヘキサゴナル2分決定グラフ(BDD)量子集積回路」について述べる.加工基板を用いたMBE選択成長法により,高密度のヘキサゴナル量子細線ネットワークを形成する方法の開発および成長機構の解明に取り組み,細線断面構造の精密制御を可能とするとともに,節点デバイス密度109cm-2を達成した.新回路方式では,細線ネットワークの量子輸送を,ナノメートル寸法のショットキーゲートで制御し,BDDアーキテクチャーの論理回路を実現する.その原理といくつかの回路試作結果や,電力・遅延時間積性能の測定例を紹介する.
パターン基板上の1回の有機金属気相成長法(MOCVD)あるいは分子線エピタキシャル法(MBE)による化合物半導体の選択成長により,複数の結晶成長面を組み合わせた三次元量子ナノ構造が自己組織的に形成される.この技術を応用して,回折格子を形成した基板上の1回の選択成長による利得結合分布帰還型(DFB)レーザーや,V溝量子細線上に光キャリア発生部と電荷検出部が一体化した高感度量子細線光電界効果トランジスタ(FET)を簡単な工程で製作した.
従来のCu(In1-xGax)Se2 (CIGSと略す) 薄膜太陽電池は,硫化カドミウム (CdS) バッファ層を使用していたが,将来的には環境負荷を低減したカドミウム (Cd) フリー化が望まれる.また最近の研究によれば,CIGS太陽電池のさらなる高効率化を狙うには,CdSより広い禁制帯幅をもつバッファ層が有利であることもわかってきた.本稿では最初に,CdフリーCIGS太陽電池研究の現状を展望する.次に,Zn化合物系バッファ層を用い,CdSに匹敵する変換効率18%を達成した研究成果について述べ,新しいバッファ層探索の糸口を紹介する.
本稿では,GaAs量子ドットにおける近接場イメージング分光の最近の進展について報告する.近接場光学顕微鏡の空間分解能を30nmにまで高めることによって,発光イメージングからGaAs量子ドット内に閉じ込められた励起子重心運動の波動関数の実空間マッピングに成功した.また,励起子発光の空間分布は,励起子分子のそれとは異なっていることが明らかとなった.これは,励起子と励起子分子の再結合発光における分極場の違いから説明できる.ここで示した手法は,量子デバイスをデザインしたり作製したりするための波動関数エンジニアリングの基盤技術として重要であると考えられる.
量子ドットの自己形成手法として,筆者らが提案し「液滴エピタキシー」と名づけた手法と,この手法により作製された量子ドットの光学的性質の解明に関する最近の研究成果を,格子整合系であるGaAs/AlGaAsの場合を例にとって紹介する.この方法によれば,ひずみ系にしか適用できないS-K型薄膜成長機構を利用する通常の方法とは異なり,ひずみ系,格子整合系を問わず,多くの材料において量子ドットを作製することができ,またぬれ層のない量子ドットを作製することもできる.さらに,量子ドットの形状もピラミッド状あるいはリング状などに制御することができる.
微細加工技術の目覚ましい進歩により,量子ドットのような半導体ナノ構造に対する期待が高まっている.筆者らは,ゼロ次元電子状態の振る舞いをナノスケールで理解するため,積層欠陥四面体およびその結合構造など,結晶欠陥として析出するInAsナノ結晶を利用して,低温走査トンネル分光法(LT-STS)による評価を行っている.本稿では,微細な結晶内部に閉じ込められた電子状態が,原子あるいは分子の電子状態と同様に振る舞うことを観察した,筆者らの最近の研究について紹介する.
液相からの合成法として,クエン酸ゲル法を用いて,希土類添加Y2O3,Y2O2S蛍光体の合成を行っている.液相からの合成の長所として,焼成時の低温化,均一分散,微粒子化などがあげられる.得られた粉末は,添加物の均一性に優れており,1000°Cの焼成温度で十分な結晶性と発光特性を有することが確認された.また粒径についても,数μm以下ないし1μm以下の微粒子が得られており,液相からの蛍光体合成は今後大きく期待される.
分子生物学,構造生物学の進展に伴い,光合成の初発反応である光合成電子伝達系の調節機構にも大きな解明がもたらされつつある.植物は,過剰の光エネルギーの変換によって生じる電子を消去するシステムをもつとともに,光エネルギー変換反応を抑制する仕組みももつことが明らかにされてきている.また,これまで未解明であった酸素発生系についても,新たな知見が得られつつある.こうした光合成機能の解明は,その工学的応用への展開の基盤として,有用な知見を与えてくれると考えられる.
有機/バイオ素子の作製は,半導体で広く用いられている微細加工技術を基礎にしているが,材料や素子構造が異なるため,実際の加工法も異なる.本講座では,微細加工技術について詳しく,かつ有機/バイオ素子作製への展開を図ろうと考えている研究者を対象に,微細加工装置,材料,バイオセンサーの検出原理,バイオ材料の固定化法,微細流路の形成法,基板接着技術を紹介し,具体例として,カテコールアミンセンサーと揮発性有機化合物センサーについても紹介する.
高耐圧・低損失パワーデバイス用に研究開発が進められているワイドギャップ半導体SiCのデバイス作製技術について紹介する.SiC半導体デバイスを作製するためには,従来の半導体材料で適用されてきたプロセス技術の延長だけでなく,SiC固有の問題を克服するために新たな技術が必要となる.本稿では,選択的な不純物ドーピングに不可欠なイオン注入,ドライエッチング,酸化膜形成および電極形成に関する基礎技術と課題について述べる.