物質の表面は,結晶成長,半導体デバイス,メッキ,触媒などさまざまな研究において重要な要素となるにもかかわらず,理論的にも実験的にも大変取り扱いが難しい研究対象です.「結晶は神が創ったものだがその表面は悪魔が創った」とパウリ(パウリの排他律の発見で1945年にノーベル物理学賞)が嘆いた話は有名です.近年,実験技術や計算科学の進歩により,表面研究も大いに進展しました.原子スケールでの固体表面の実空間観察や計算機シミュレーションが実現していますし,触媒のメカニズムもかなり明らかにされるなど,表面現象の理解は進んでいます.扱われる吸着質も有機分子やバイオ分子が加わって多種多様になっており,ライフサイエンスへの応用も期待されるようになっています.
しかし研究が急速に深まった現象の多くは,真空もしくは気体に接する固体表面の系です.液体に接する表面には依然未解明な現象が多いのが現状です.その原因の一つとして,真空中ではさまざまな分析機器が駆使できるようになった一方で,液体中では電気化学的装置や光学的分光装置,走査プローブ顕微鏡などに分析手法が限られることがあげられます.また,液中での吸着質として取り上げられるたんぱく質などのバイオ分子は,構造や動的振る舞いが大変複雑な点も原因の一つです.固体表面をとらえる難しさに加え,固体表面に導入する分子自身の振る舞いにも未知な要素が多大にあります.
未知の対象にアプローチする方法論として物理学を基礎とするのが応用物理です.今月号の小特集は,バイオ分子の吸着現象に注目し,応用物理の視点が現象解明のカギになると期待される記事を集めました.これらの研究は現象の興味深さに加え,応用にも大きな期待が寄せられています.例えば,真空中の研究ではあまり検討されることはなかった医療や製薬分野や,バイオ分子を活用して実現する電子デバイス分野への応用です.従来,互いに異分野と考えていた研究領域間に融合が起こり始めた兆しとして注目できます.さらに融合が進めば新たな分析手法の開発や新素材・新規デバイスの創出などが期待されます.新産業の創造にもつながっていくことでしょう.
読者の皆様には液中固体表面における実験技術・材料技術の進歩を実感していただき,融合研究がよりいっそう進展するよう新たな研究領域に踏み出していただく機会となれば幸いです.
バイオ分子は水中環境下で,生理的機能発現,自己集合,構造変換などさまざまな動的現象を示す.液中ナノメートル世界を唯一直視できる原子間力顕微鏡(AFM)は,それらの現象を観察できる可能性をもつ装置である.しかし走査速度が遅く,速い動的な分子過程を追跡できないという大きな問題を長く抱えていた.われわれは最高33フレーム/秒で撮れる高速AFMを開発し,バイオ分子が示すいくつかの動的現象をとらえることに成功した.この総合報告では,装置開発の内容を概説するとともに,これまでに観察した現象のうち,脂質平面膜形成過程,たんぱく質の二次元結晶中における点欠陥の振る舞い,たんぱく質の非構造ドメインの動態について紹介する.
近年,生物に倣って「ボトムアップ」的に分子やナノ粒子を組み立てようとする,バイオナノプロセス技術の開発に注目が集まっている.「ボトムアップ」的な組み立ては,バイオテクノロジーとナノテクノロジーの融合研究分野に課せられた大きなテーマの一つである.このような中,無機材料と生体分子のインターフェイス的な役割を期待される「無機材料結合ペプチド」の研究が急速に進展した.本解説では,コンビナトリアル・ライブラリからのセレクションによる無機材料結合ペプチドの取得方法から,代表的なペプチドの無機材料表面への結合力,材料認識力などについて解説し,応用研究例についても紹介する.
たんぱく質超分子を用いたデバイス作製プロセス,「バイオナノプロセス」では,ナノ粒子を内包した球殻状たんぱく質フェリチンをシリコンなどの基板上の所定の位置に吸着配置している.これまでに水溶液中の静電相互作用や静電遮へい長を正確に制御することで,フェリチンの高密度吸着と一分子吸着が実現されている.また外表面に無機材料認識ペプチドを付加したフェリチンでは,基板上に直接二次元規則配列を作成でき,基板上の六角形パターンにも二次元規則配置が作製可能となっている.さらにはチタン認識フェリチンでは,そのバイオミネラリゼーション能を利用して,フェリチンの三次元構造を1層ずつ作製することもできるようになってきた.
固体基板表面と生体分子の界面制御は,高機能・高信頼性を備えたバイオセンサーや生体分子と固体の複合デバイスを実現するうえで,重要な役割をもつ.固体表面へのたんぱく質分子の吸着と固定について概説し,サファイア表面を例として,固体表面構造制御が生体との相互作用に及ぼす効果を紹介した.たんぱく質分子の固定位置は,サファイア表面のステップ配列により制御され,また,ステップ再配列によって引き起こされる表面のドメイン構造により,たんぱく質分子の選択的吸着が行われる.人工生体膜である脂質二重膜のパターン形成も,原子レベルのステップやドメイン構造によって制御される.
フレキシブル薄膜太陽電池の現状について,著者らの研究成果も交えて報告する.フレキシブル薄膜太陽電池では,基材にポリマーフィルムや金属シートが用いられているが,その最大の特長は従来の太陽電池よりも1/10程度に軽量化できることであり,太陽光発電の普及拡大に大きく貢献する可能性を有している.また,ロールツーロールプロセスを適用することができるため,量産性に優れることも魅力である.薄膜シリコン,化合物薄膜,有機薄膜,色素増感などの各種太陽電池でフレキシブル化が試みられており,一部では量産も進んでいる.本稿では,特にフレキシブル薄膜シリコン太陽電池について詳しく取り上げる.日欧の二つのプロジェクトで得られた研究成果を例に,光閉じ込めのためにポリマー基材上にテクスチャー構造を形成する技術の重要性について紹介する.
密度汎関数法などの,多電子系を扱う理論の枠組み,具体的な近似の改良におけるめざましい進展により,複雑な系の電子状態の第一原理計算が可能となった.このことにより,複雑な系の分子動力学法による動的振る舞いのシミュレーションが可能となり,化学反応を伴う溶液のミクロな反応過程の解明に多大の貢献がなされつつある.こうした研究における方法論的な現状と問題点を簡単に概観し,われわれの研究を例として研究の現状を紹介する.
c面(極性面)III族窒化物半導体は強い自発分極・圧電分極を有するため,発光デバイスとして応用する場合,発光効率の低下やブルーシフトという問題が生じることが知られている.これを回避し,可視中域,特に緑色領域でのレーザー発振を実現する材料として,c面とは異なる面方位を使用する非極性窒化物半導体に大きな期待が寄せられている.本稿では,2007年のm面青紫色半導体レーザーの室温連続発振から最新の青緑色(481nm)半導体レーザーの発振まで,非極性面であるm面を用いた窒化物半導体レーザー開発の現状について報告する.m面InGaN量子井戸の偏光特性や実デバイスにもたらす影響についても紹介する.
さまざまな原子・分子の終端構造が可能なダイヤモンド表面を利用したトランジスタ型DNAセンサーの解析を行った.生体分子固定で重要なアミノ終端をダイヤモンド表面に直接形成し,これにDNAを表面近傍1〜2nmに固定することを実現した.この結果,表面近傍のヘルムホルツ容量や蓄積層容量によりハイブリダイゼーションやディネーチャーでのDNAの電荷変化が,効率的にチャネルの電荷変化に反映されることがわかった.さらに,酸素終端表面の負電荷により表面近傍のDNAは反発力を受け,一塩基ミスマッチと相補型DNAの識別に有利な状況を作り出せた.この結果,一塩基違いの電荷検出が電界効果トランジスタにより再現性よく可能となり,トランジスタによる生化学反応の観察の可能性を見いだした.
近年,金属酸化物ナノチューブへの関心が高まっている.金属酸化物は,それ自体,半導体から磁性・超伝導にわたる広範囲な物性を有しており,そのナノチューブ化は金属酸化物の応用分野をさらに拡大するものと期待されるからである.著者らは四角い断面をもつ金属酸化物ナノチューブとして二酸化モリブデンナノチューブを発見した.本稿では,この方形断面ナノチューブの成長法,組成・結晶構造,および成長メカニズムについて紹介する.
微傾斜SiC(0001)表面上に酸窒化シリコン(SiON)超薄膜を作製し,低速電子回折によって構造を決定した.得られたSiON超薄膜は,界面の窒化シリコン単原子層と,酸素のブリッジを介した最表面の酸化シリコン単原子層から成り,SiC(0001)結晶の上に(√3×√3)R30° の周期構造を形成する.単位格子内にはダングリングボンドが存在せず,大気中に取り出しても安定である.微傾斜基板では周期的テラス-ステップ構造を保ってA面のテラス上に単一のドメインを形成する.最上層の酸化シリコン層は約9eVのバンドギャップをもち,デバイスなどへの応用が期待できる.
地表に関してどのような環境情報が必要とされているか,それらの情報はいかに使われるか,2005年に策定された「全球地球観測システム(GEOSS)10年実施計画」と地表環境計測との関係,リモートセンシングの本質について解説する.なお,本稿は2回連続で完結する基礎講座の前半である.