私たちの生活の中では,今日レーザーや発光ダイオードが日常的に使われていますが,量子やエレクトロニクスという言葉をその中で意識することはありません.物質の電子系を量子力学的に扱い,光との相互作用を制御し,そしてそれらをみごとに素子に実現した量子エレクトロニクスは,技術を変革し,新たな文化を創造し,やがて生活に根付きました.こうして生活に入ってしまうと忘れてしまいますが,そうした文化や生活の基になった研究は,実はメガやギガ,マイクロやナノ,ピコやフェムトという単位で象徴される極限領域での光や電子の評価,測定,制御の研究が始まりでした.
今日,量子エレクトロニクス分野は,扱う物理的な対象や状態が異なる非常に広い範囲の研究を含みますが,いずれも極限領域での研究であることに変わりありません.2001年に「発展する量子エレクトロニクス分野」という総括的な小特集を企画して以降,この極限領域での制御という観点から2002,04,07年に超短パルス技術,2003,06年に量子情報通信技術,2005年にフォトニック結晶応用技術,2006年にテラヘルツ技術に関して,それぞれの研究動向や進展について解説を交えた小特集を企画して参りました.
2008年を迎えた現在,量子エレクトロニクスは,2001年に「発展する量子エレクトロニクス分野」を企画した当時とは技術的な礎も応用分野も変化しています.また新しい研究領域での極限へ向けた挑戦も始まっています.そこで今回は,「発展する量子エレクトロニクス応用」というテーマで,2001年に続き包括的な内容の小特集を組むことにしました.
会員の皆様には,本特集におきまして,現在の量子エレクトロニクスにおけるそれぞれの研究の原理や技術,その応用について理解を深めていただくとともに,今後の動向についても把握していただけるものと考えております.また本号で特集された研究以外にもその進歩や解明や応用が期待されている研究も多々あります.そういった研究にも「量子エレクトロニクス」の研究の新しい領域や進歩が隠されているかもしれません.こうした視点をも含め,本小特集が,会員の皆様の議論を喚起し,今後の研究の一助となることを祈念いたします.
新しい固体レーザーとして注目を浴びている高出力セラミックレーザーの研究の現状と発展方向を報告する.湿式合成法による前駆体からナノ結晶を作成し真空焼結に至る新しいセラミック製法は,単結晶より低損失,高効率のYAGセラミックを可能にした.結晶の分光学的,熱的,機械的長所を引き継ぎながら,ガラスと同様の大型化,生産性を可能とする能力を有することが,基礎物性の測定とレーザー発振実験の両面から明らかになった.慣性核融合発電所用のレーザー光源や産業応用可能な高効率フェムト秒レーザーが実現可能性と,そのための基礎実験の結果を紹介する.
物質の光応答を制御し新しい機能を開拓する最近の研究について,原子系を舞台に,電磁誘起透明化(Electromagnetically Induced Transparency : EIT)をキーワードとして議論する.とりわけ,少数光子系を取り扱う量子非線形光学について相関光子対や単一光子発生について紹介する.光応答を境界条件制御により行う例として,直径が光波長よりも細いシリカファイバー(ナノ光ファイバー)を用いる方法について議論する.
望みの状態の光子を発生させ,また,複数光子の量子状態を自在に制御する−そのような技術が実現しつつある.そのような技術は,究極の暗号である量子暗号通信だけでなく,レーザー光の限界を超えた測定感度の実現や,回折限界を超えた解像度の光リソグラフィーを可能にする.本稿では,私たちの最近の研究を中心に,これらの研究状況について解説する.
超高速X線源の開発に伴い,原子・分子の状態・構造の動的過程を直接計測する時間分解X線分光・分析技術への関心が高まっている. 高強度フェムト秒レーザー光を固体ターゲットなどに照射したときに,ターゲット表面近傍に生成される高密度プラズマは,広いエネルギー領域にわたる超短パルスXを放射することが知られている. こうして得られるX線パルスは,フェムト秒レーザーパルスと高精度に同期するので,レーザーパルスと組み合わせた超高速時間分解計測への応用に適している. 本稿では,フェムト秒レーザープラズマ軟X線を応用し,レーザー励起物質の状態,構造変化を調べた実験例を筆者らのグループで実施した結果を中心に紹介する.
分子の電荷輸送のうち,ここでは電荷が単一分子層を通過する系に限って紹介する.したがって,その素子構造は金属/分子/金属で,分子の厚さが一分子のそれに限られている.分子の数は大多数から数分子(単一分子)にわたって研究されているが,ここではタイトルが示すように,数分子以下の系を主に議論する.単一分子エレクトニクス素子構築を目指した研究の流れの第一歩として,近年,急速に進展している分野である.特に,金属と分子との接触,架橋分子の立体配座および分子周囲の環境の研究に光を当てる.また,これまでの問題点と今後の課題・展望にも触れる.
光ナノ共振器は,光を一瞬の間止めておく,あるいは蓄積する,さらには光を用いた量子演算を実現するといった次世代の光科学の進展にとって欠くことのできない重要な要素である.本稿では,光ナノ共振器のQ 値として世界最大の200万を達成した結果について,まず報告する.続いて,このような高Q 値ナノ共振器へ光パルスをどのようにして出し入れするか,その基本概念について説明する.
クラスター制御プラズマCVDには二つの方向性がある.一つは,薄膜へのクラスターの混入を徹底的に抑制することにより,膜質の向上を目指す方向である.もう一つは,気相合成したクラスターを含有した薄膜を堆積し,膜の構造と物性を制御する方向である.本稿では,前者の方向性に焦点を絞り,クラスター制御プラズマCVDを実現するために必要な,クラスター挙動のその場観測法,およびクラスターの発生・成長・除去に関する制御法について概説した.
光エネルギーによる水の水素と酸素への分解反応は,太陽エネルギーを用いた二酸化炭素の生成を伴わないクリーンな水素の製造法として興味がもたれている.このような人工光合成型の光触媒反応においては,光触媒材料自体の開発と,化学反応の活性サイトの構築の両面が課題となる.本稿では,光触媒材料自体の開発に重点を置き,現状と問題点,さらに今後の展望について述べる.
パルスレーザーアブレーション法を用いたシリコンナノ結晶作製について行ってきた研究を紹介する.反応性ガスである水素雰囲気中でシリコンのパルスレーザーアブレーションを行ったとき,表面が水素で覆われた安定なシリコンナノ結晶が得られることが明らかになった.これは,ナノ結晶生成過程において,SiとHの反応の時期とSi微粒子の成長時期に時間差があることがその一因であると考えられる.その後安定なナノ結晶が凝集することにより,ナノ結晶同士が直接結合した多様な量子ドット凝集体が得られる.この系は,多彩な光学特性や電子物性を示す舞台になると期待される.
結晶表面をダメージレスに原子レベルで平坦化する新しい加工法として,触媒基準エッチング法を考案した.この方法は,機械研磨の利点である平坦度向上と,化学研磨の利点であるダメージレス表面作成の両方の利点をもった新しい加工法である.本稿では,この加工法を着想するに至った経緯と概念について紹介する.また,省エネルギーパワーデバイス用基板として期待される4H-SiC基板に触媒基準エッチング法を適用した結果について紹介する.
室温,大気圧下での大面積かつ微細パターンの印刷法としてのマイクロコンタクトプリント(μCP)法を概説し,有機デバイス用の各種部材のサブμmでのパターニングの現状を紹介する.また,μCP法を応用した核形成と結晶成長による高品質薄膜の作製技術を述べる.