結晶工学は,デバイスとして利用できる結晶の成長,評価,物性などをカバーする分野であり,応用物理においてほかの多くの分野へと発展する基盤技術と位置づけることができます.その中でもエピタキシー技術の進展はデバイスの開発に直結し,高電子移動度トランジスタ(HEMT),半導体レーザー,青色発光ダイオードなど身の回りの製品にも欠かすことのできないデバイスを生み出してきました.
新しいデバイスを作ろうとするとき,新しい構造や結晶が不可欠になります.そして,その結晶成長技術を確立するとともに,結晶成長を制御しなければなりません.エピタキシャル成長において,成長層の結晶性を左右するのは下地となる基板です.しかし,基板として利用できる結晶の種類は限られており,多くの場合は,成長層と異なる基板結晶上へのヘテロエピタキシーを強いられます.
結晶構造の違い,格子不整合,熱膨張係数の不整合などが問題となるヘテロエピタキシーでは,欠陥の発生を抑制して成長層の特性を十分に引き出すため,ヘテロ界面でさまざまな工夫が必要であるとともに,その成果がデバイス開発のブレークスルーにつながります.窒化物半導体の低温バッファ層はその代表といえるでしょう.一方,ひずみSiや自己形成量子ドットでは基板との格子不整合を巧みに利用しています.
また,シリコンフォトニクスとして注目されているように,集積回路として高度なプロセス技術の完成したシリコンと化合物半導体の融合では,デバイスの高速化,多機能化,低価格化を求めてヘテロエピタキシーが必要とされます.さらには,金属基板上への半導体単結晶薄膜の成長や,グラファイトやシリコンなどの無機材料上の,あるいは異種有機材料上の有機分子成長も研究が進みつつあり,ヘテロエピタキシーの範疇は拡大しています.
本号では,ヘテロエピタキシー技術の進展ならびに最近の話題を紹介する小特集を企画しました.結晶工学の中でも世界をリードする分野です.高真空,高純度,精密温度制御などの要素技術の進歩に伴い,成長装置は発展しています.しかし,結晶自体は自然の一部であり,結晶成長は自然の法則に従った状態で進みます.それゆえに,構造を人工的に制御するためには,結晶の特性や成長の背景にある物理を把握した対処対応が要求されます.成長層の結晶性を向上させるための技術,材料系による共通点や相違点などを概観することにより,ヘテロエピタキシーの現状を知るとともに,結晶工学の将来像を考える機会となれば幸いです.
半導体技術,特にIII-V族化合物半導体デバイス作製においては,デバイスが要求する微細な構造の形成が可能,異なる物質間のエピタキシャル成長が可能であることから,エピタキシャル成長技術が中心的技術の一つである.半導体へテロエピタキシャル成長技術は,デバイス構造の薄層化,横方向構造の微細化,原子層レベルでの制御性,さらには新材料系への展開の要求に応え,または先取りする形で研究が進んできた.そこでは,分子線エピタキシー(MBE),有機金属気相エピタキシー(MOVPE)が中心技術である.本稿では,1980年代半ばあたり以降の薄膜,特にIII-V族化合物半導体を中心に,エピタキシャル成長技術発展の状況をトピックス的に振り返り,その後,半導体へテロエピタキシーの現状をはやりトピックス的に報告する.
酸化亜鉛(ZnO)は,ワイドギャップ半導体として優れた特性を有している.その優れた機能を引き出し,光・電子デバイスへの応用を目指して,ZnO薄膜の高品質化を行い,残留電子濃度を大幅に低減する技術を確立した.またデバイス化に向けて,ZnMgO/ZnOヘテロ構造の研究開発を進めた.障壁層材料として開発したZnMgO層において,Mg濃度の増加につれて発光強度が増加するという,これまでにない現象を発見した.また,ZnMgO/ZnOヘテロ構造において,高濃度な二次元電子ガスの形成を確認し,高移動度トランジスタの動作を確認した.
周期的な凹凸をもつ2種類の誘電体薄膜を数十周期以上にわたって,形を正確に保持したままスパッタリングで積層することにより,フォトニック結晶が作製できる.モザイク状パターンや,同心円など曲線状のパターンを形成することもできる.その技術によって光チップやシステムの幅広い機能が可能になり,産業応用が始まっている.本稿では上の動向に関して,筆者らのグループのR&Dを中心に紹介する.
Si結晶にひずみを加えることでバンド構造を変調し,移動度の向上を達成する「ひずみSi技術」は,ポストスケーリング時代の最重要技術の一つである.ひずみSiの成否を担う重要な技術が,MOSFETのチャネルに相当する,浅く,狭い領域のひずみの絶対値と分布を正確に測定するひずみ評価技術である.本稿では,新たに開発した疑似線状光源を有するUV-ラマン分光法による種々の評価結果について紹介する.パターニングしたSiN膜がSiに導入するひずみの一次元分布を200nm間隔で測定し,SiN膜がチャネル領域にひずみを導入するメカニズムを明らかにした.また,ダミーゲートの除去により,ひずみ導入が飛躍的に増大するゲートラストプロセスにおいて,実デバイスでゲート長が短くなるにつれて,ひずみ導入が増大するサイズ効果を確認した.
有機分子からなるデバイスに関してさまざまな形で研究が進められ,21世紀のデバイスとして大きな期待が寄せられている.そのデバイス構築の基本の一つでもある有機分子ヘテロエピタキシー研究を,格子間相互作用と分子間相互作用の観点から概観し,最近の課題を整理する.格子整合性,分子間相互作用による安定化,分子形態の変化などの成果について述べる.特に,有機分子の柔軟性は,有機界面に構造的かつ機能的な多様性をもたらすことから,解析実験法においても新しい方法を援用することは必須であるので,最近の分析方法についても記述した.
近年,低次元量子スピン系のいくつかの物質において,スピンによる熱伝導が観測されている.スピンが大量の熱を運ぶことはほとんど知られておらず,そのメカニズムはよくわかっていない.しかし,スピンが熱を運ぶことを利用した高熱伝導材料への応用が期待できる.本稿では,いくつかの低次元量子スピン系物質で観測されたスピンによる熱伝導の実験結果を紹介し,スピンによる熱伝導のメカニズムを議論する.
本研究は,受容体たんぱく質を用いた脳神経系とのインターフェースの実現を通し,生体情報の授受を可能とするシステムの構築を目標とする研究である.研究では,原子間力顕微鏡(AFM)を用いることにより,今まで困難であった生理的環境下におけるたんぱく質の構造解析を行い,刺激応答に対する構造変化を生きたままの状態で解析することにより,構造と機能の相関について検討を行う.これにより受容体たんぱく質に関する理解を深め,その性質を利用したデバイス創製に取り組む.
元来,固体素子では増幅が難しかった準ミリ波帯での高出力増幅が,AlGaN/GaN-HEMTの登場により可能になってきた.高出力化の障害となる電流コラプス現象の原因を探るため,ケルビンプローブ力顕微鏡により表面電位の分布を測定した.電流コラプス発生時には,AlGaN表面に異常な負電位が観測される.本稿では,HEMTデバイスにウエハー状態で高電圧通電したまま測定し,観察された異常な電位分布と,その電位の経時変化から解析された表面トラップ準位について解析例を紹介する.
有機太陽電池の基礎原理とpin接合の概念について解説する.変換効率向上の方法として,共蒸着i層のナノ構造設計,有機半導体の超高純度化技術などを紹介し,5%を超える変換効率が得られることを述べる.