近年,液晶,コンピューター,携帯電話,カーナビなど物理現象を応用した素材,機器の普及によって人々の生活が豊かになっています.資源の乏しいわが国にとって,このような製品の開発や製造は経済活動の基盤としてきわめて重要なことですが,今,この<ものづくり>の人材育成が転換期を迎えており,多くの課題が生じています.例えば,中学校で「理科離れ」,高等学校で「物理離れ」が起きている状況があります.また,大学においては少子化の影響もあって,理工系学部志望の学生が減少しています.さらに企業では,海外進出,団塊世代の定年退職などで,これまでものづくりを支えていた技術の継承が困難になっています.
このような問題の解決のためには,応用物理の教育やものづくりにかかわる人材育成の過程,すなわち,ものづくり教育の全体像を,初・中等教育,高等教育,企業内教育など,長期的に系統的にとらえ,組織的に取り組む必要があります.こうした背景の中で,応用物理学会も「理科離れ」に取り組む連携事業や地域教育などの実践活動を行っており,社会的にも評価され始めています.その中で人材育成との関連も議論され,ものづくりはひとづくりの一側面もあるとの認識が共有されつつあります.
これまで本誌では,応用物理教育関連の小特集は,ほとんどありませんでしたが,2007年1月号で「応用物理学と教育-学際分野からの貢献-」が取り上げられました.その小特集は,応用物理学会が組織的に取り組んでいるリフレッシュ理科教室やJABEE(日本技術者認定機構)が中心的テーマとして解説されていました.これに続く本小特集では,そこでは十分に取り上げることのできなかった視点から特集を企画しました.具体的には,先に述べた課題の重要性に着目して,高専・大学理工系学部の基礎教育や企業の技術者教育に関する課題に独自に取り組んでいる方々の実践活動の背景,目的や内容を紹介します.
本小特集から,急激に社会の価値観や生活様式が変貌する現在の「ものづくり教育の現状と課題」についての議論が,さらに深まることを期待します.そのことが,今後の応用物理やものづくり活動の発展につながれば幸いです.
本報告の目的は,2006年度に応用物理学会会員に対して実施された「イノベーション・プロセス調査」に基づきつつ,応用物理学会会員によって担われているイノベーション・プロセスの一般的な特徴(を含む強みや弱み)を探り,効果的なイノベーション・プロセス構築のための重要な手がかりを模索することである.
2004年度から科研費の課題としてスタートした,宮城高専の移動実験車「リカレンジャー」による理科体験教室は年を追うごとに人気を集め,3年間に5000名に近い参加者を得た.本稿は,リカレンジャーが誕生し成長する経過や,活動内容を紹介したものである.また,この活動が,子どもや保護者から圧倒的な人気を得た理由を分析した.この活動の特長として,サイエンスショーとワークショップを組み合わせた活動であること,またこの活動は,高専学生の積極的なボランティア活動により支えられており,学生の地域社会への貢献の場として大きな役割を果たしていることが挙げられる.
生徒の理科離れが危惧されて,大学でもそれに対して,「ものづくり」の点から科学技術への興味を喚起する試みがなされている.ここでは,筆者の企業での研究経験から,大学において実際に種々のものづくりを実施することが有効であると考え,これまでの経験と近畿大学生物理工学部における実践的なものづくり教育について紹介する.
千歳科学技術大学の学生プロジェクト「理科工房」は,地域の小中学校の総合学習を利用した理科実験授業,PTAや科学館と連携した実験・科学教室,さまざまな機会での実験デモンストレーションなどを行っている.この活動は,担当する大学教員が積極的に関与するものの,基本的には学生の自律性を重視したプロジェクト活動である.自ら考えて行動する独立した個人が,お互いに協力・協調しながら目標を達成し,結果を検証していく自律的な活動は,参加学生にとって,思考力,協調性・コミュニケーション能力,技術力・知識の自主的な向上の機会となっている.また,必要な実験器材の作製作業を通じて,学生のものづくり意欲の喚起にもつながっている.
紙,ディスプレイに続く第三のメディアとして電子ペーパーが近年,大きな注目を集めている.書き換え可能なデジタル情報を紙媒体のように見やすく持ち運べる電子ペーパーは,われわれの生活を一変するような可能性をもっている.筆者らは,最近見いだされた透明アモルファス酸化物半導体の「高移動度」,「低プロセス温度」,「透明性」という従来の半導体にない特色に着目し,電子ペーパーの画素駆動用TFTとして開発に取り組んでいる.ここでは,低プロセス温度の応用例として「フレキシブル電子ペーパー」を,また透明性の応用例として,新規ディスプレイ構造「フロント・ドライブ型カラー電子ペーパー」を紹介する.
日本で商業生産が始まったCuInSe2(CIS)系薄膜太陽電池の特長と製造プロセスについて述べ,高効率化や低コスト化を目指した最新技術について紹介する.最後に,化合物半導体としてのCISの特徴とCIS太陽電池の今後の開発について展望する.
半導体素子の開発コスト低減のために,実用的な計算時間内で高精度なシミュレーション結果が得られる実用三次元TCADが現場で必要になっている.実用TCADの分野は,有力海外TCAD会社の統合によって1社のほぼ寡占状態になり,海外ファウンドリーとの協力を強めて競争力を増してきている.一方,国内主要半導体メーカーが協力して開発している実用三次元TCADの現場では,競争力を強化するために,特に機密性が高いプロセスノウハウを必要とし,素子の微細化に伴って要求精度が非常に厳しい不純物分布シミュレーションに力を入れている.本稿では,TCAD応用の現場と,その中で重要な不純物分布シミュレーションの高精度化に着目して現状と課題を述べる.
低コストで高性能な薄膜シリコン太陽電池の開発には,高品質な微結晶シリコン薄膜の成長過程の解明が欠かせない.本稿では,原子間力顕微鏡を用いて薄膜表面の成長に伴う表面粗さの変化を測定し,成長表面上のフラクタル構造をスケーリング解析した結果をもとに,成長過程について概説する.低コスト化に有用な高速製膜技術を用いて製膜を行い,太陽電池としても高効率を示した微結晶シリコン薄膜における成長表面での実験結果を中心に,シミュレーション結果を交えて,成長モデルを説明する.さらに,p型化のためのB2H6 添加を施した微結晶シリコン薄膜の成長過程についても言及する.
DVDなどの光ディスクは音声・映像データの記録媒体として,現代の日常生活に欠くことのできない存在となっている.この情報記録方式は,物質がレーザー照射により,光反射率の異なる結晶相からアモルファス相へ,またその逆へ,ナノ秒という超高速で変化すること(相変化)を利用したものである.最近は,ブルーレイ・ディスクに代表されるように,さらに高密度・高速の記憶媒体の技術開発競争は激しく,先端材料開発の最前線の一つである.しかし,原子レベルでの相変化機構はいまだに明らかになっていない.最近,放射光という超強力X線を用いた構造解析により,相変化速度の速いGe2Sb2Te5 のアモルファス相の構造を解明し,結晶相と同じ正方形の原子配列秩序をもった偶数員環ユニットを保持しているという特徴をもっていることを発見した.その研究成果について紹介する.
本稿では,汎用原料のみで構成できるCu2ZnSnS4(CZTS)薄膜を光吸収層に用いた新型太陽電池の研究開発の紹介を行った.CZTSは約1.5eVの禁制帯幅と104cm-1 台の大きな光吸収係数をもつため,薄膜太陽電池用材料として有望である.研究の主目的は,2004年度に導入されたアニール室付き同時スパッタ装置を用いることで,CZTS薄膜の高品質化および再現性の向上を図り,CZTS薄膜太陽電池の高効率化を達成することである.実験では,プリカーサー作製時および硫化時における,各種パラメーターの最適化を検討した.その結果,本材料系では最高の値となる6.77%の変換効率を達成した.
スピン-軌道相互作用により,電流から電子スピンの流れ「スピン流」が生成される現象を,スピンホール効果と呼ぶ.スピンホール効果はマクロな領域へのスピン流注入を可能にし,スピン源のみならず,磁化ダイナミクスの制御・変調技術への応用が期待されている.スピンホール効果の逆過程である逆スピンホール効果は,スピン流から電流が生成される現象であり,スピン流そのものの電気的検出を可能にする.本稿では,電流と磁化ダイナミクスが相互作用する最も簡単な系であるNi81Fe19/Pt膜について,スピンホール効果・逆スピンホール効果に基づく純スピン流検出および磁化ダイナミクスの電気的制御を行った最近の研究成果について紹介する.