科学が19世紀に制度化されたとき,科学者共同体が形成されたが,自己完結的な性格をもっていた.それをプロトタイプの科学と呼ぼう.しかし20世紀中葉以降社会は,科学者共同体内部の知識を利用する道が開かれ,科学の性格も変質した.そのことによって,科学者と一般社会との関係にも大きな変化が生じた.現代は,そうした変化に,対応し切れていないところがある.
現在の標準的宇宙のモデルはアインシュタインの一般相対性理論に基づいたビッグバンモデルであるが,近年ハイテクを駆使した観測によって,宇宙の年齢が137億年と推定されるなど,観測によってさらに大きく裏づけられた.しかし,同時に宇宙の95%が暗黒物質や暗黒エネルギーと呼ばれる正体不明の物質エネルギーであることもわかった.この解説では歴史をふまえ,最近の宇宙論の進展について解説する.
発生生物学の進歩によって,脳のどこで何ができるかは,ツールキット遺伝子と呼ばれる一群の遺伝子の発現の組み合わせによって規定されていることが明らかになってきた.発生過程で,これらの遺伝子の発現パターンを調べたところ,すべての脊椎動物で,それらが驚くほど不変であることがわかってきた.この発見から,脊椎動物の脳は,進化を通じて保存された基本構造をもっていると考えられるようになってきた.この考え方の変革は,ヒトとほかの動物で,行動制御や“思考”のメカニズムに共通の生物学的基盤が存在することを示唆している.ここでは,ヒトの脳に至るまでの進化の過程で,ヒトの脳が,保存された基本構造を維持しながら,その特異的地位を確保した理由を議論したい.
医学と工学の融合領域を医工学と呼ぶが,ことに1950年代以降の医工学の発展は目覚ましいものがあり,それと並んで近年のコンピューター技術,各種のマイクロ加工技術など多くの技術革新は新しい医療を発展させた.生体計測,診断,治療・制御,福祉などの分野で多くの機器が開発され,早期診断,根治治療を目指した新しい医療が展開されている.本稿では,これら主要な医療機器について現状を紹介する.
感覚量である味を計測するセンサーの進化について,従来の計測技術やバイオセンサーと比較しながら紹介する.通常,センサーとは,人とは無関係のところに位置する性質,いわゆる「属性」を計測するものである.ところが,味やにおいは,人に備わった変換器(味細胞,嗅細胞)を経て感じる量であるため,物質の属性ではない.20年前,従来のセンサーと異なる思想をもって登場した味覚センサーは,現在数多くの食品メーカーで使われているが,味覚センサーの測定原理や方法,そして受容膜などもダイナミックな変革を経て,現在に至っていること,またその価値について議論する.
光波と電波の境界にある未開拓領域,現在テラヘルツ帯と呼ばれている領域の開拓の歴史を,赤外線が発見された1800年から遠赤外あるいはミリ波・サブミリ波と呼ばれた時代を経て今日まで,光波側から,電波側から,そして量子エレクトロニクスによるアプローチに分けて述べ,最近のテラヘルツ波応用と顕著な成果を示した.
人工知能の探索技法である遺伝的アルゴリズムを用いてハードウエア自身が動作環境に最適な構成を自律的に実現する進化型ハードウエアとその応用について述べる.産総研やNASAの事例を中心に,半導体,アナログ回路設計,データ伝送,レーザー,MEMSなど,工学的応用を紹介する.
半導体産業の進化の過程で各種の波が存在することを紹介する.このような波をいくつも経験しているにもかかわらず,ムーアの法則として知られる微細化トレンドは依然として40年以上も直線的な現象として続いている.しかしやがてムーアの法則も減速するはずである.いつ,どのように,そしてその後どうなるかと考察した.
ライト兄弟のフライヤーの初飛行から100年が経過した.彼らが現代に生きていたらどのような飛行機を開発したであろうか.21世紀のフライヤーを目指した研究を,折り紙ヒコーキの宇宙からの帰還プロジェクトとともに解説する.
筆者たちが,九州工業大学工学部および大学院工学研究科で行ってきた工学基礎課程の物理学および物理学実験で利用できることをねらいとして試みてきたコンピューター利用による物理学教育について述べる.計算機単体からネットワーク,さらに最近特に関心が寄せられているE-ラーニングまでを筆者らが実際にこれらの利用を図ったことに関して具体的に述べる.現在の工学基礎課程の教育における問題点を考慮すると,E-ラーニングは多くのニーズがあり,今後とも利用,発展されると予想される.