この数年,次世代シーケンサーという革新技術を備えた装置が開発され,すでに30億塩基という一個人のゲノム情報を取得できるだけの能力をもつに至った.さらに,次々世代と呼ばれる一分子・リアルタイムDNAシーケンサーの実用化が間近に迫る中,これらの技術が医学・生物学研究の枠を越えて,人々の生活にかかわるさまざまな場面でどのように利用されようとしているかを展望する.
筆者らが開発した蛍光共鳴エネルギー移動を用いた均一系サンドイッチ免疫測定法を,一細胞レベルでの細胞内シグナル伝達分子のリン酸化,脱リン酸化過程のイメージングに応用した技術について解説する.
MAPKリン酸化のモデル系としてGST融合MAPKを選び,抗GST抗体と抗リン酸化MAPK抗体のFab’ にそれぞれECFP -JunとEYFP -Junを連結することによって,2種類の蛍光たんぱく質標識抗体プローブを調製した.次いで,GST融合MAPK溶液をこれらのプローブとともにマイクロインジェクション法によってHeLa細胞の細胞質に導入し,細胞をEGFで刺激することによって,MAPK経路のシグナル伝達を活性化した.その結果,GST融合MAPKのリン酸化,脱リン酸化に伴うFRET比変化の一細胞イメージングを行うことに成功した.
光学顕微鏡による顕微観察の最大の利点は,生物試料を生きたまま低侵襲により観察できる点である.さらに近年では,振動分光法を利用して試料内の分子を無標識で同定・分析しながら観察する技術が発展している.本稿では,ラマン散乱と表面増強ラマン散乱を利用した,マイクロからナノメートルスケールでの分子イメージング技術について紹介する.
がん患者のリンパ球より抗原特異的な免疫細胞を分離し,1個のTまたはB細胞がもつ免疫関連遺伝子(T細胞受容体,抗体遺伝子)を網羅的かつ高精度にスクリーニングすることを目的とする.一細胞レベルでの細胞分離が可能なセルソーティング,標的細胞の高感度検出,一細胞からのmRNA抽出およびPCRクローニング技術を活用し,がん特異的な1個の免疫細胞を検出・単離し,細胞がもつ免疫関連遺伝子の配列を同定する基盤技術を確立した.今後この基盤技術の発展型としてがん患者由来のB細胞を利用した新しい抗体医薬創製法の技術革新を目指す.
単層カーボンナノチューブは発見から15年以上経ち,高純度・大量合成も実現し,優れた物性も明らかになってきたが,いまだに応用展開が十分になされていない.これは,金属型と半導体型の2種類が混合して合成され,それらを分離することが困難であったことが原因の一つと考えられる.本稿では,最近大きく進展しつつある金属・半導体分離技術の紹介とその分光評価法を解説する.
細胞で働いている遺伝子の種類と活性を取りまとめて遺伝子発現プロファイルといい,このために細胞のRNAを測るのをRNAチェックと呼んでいる.RNAチェックをヒトの末梢血に含まれる全白血球について行い,これらの細胞群が感染侵入者と戦うほかに時々刻々変化する体調維持に集団として働いている様子をモニターできる.
固液界面における水分子の挙動は,さまざまな産業技術や生命現象に深く関与しており,重要な研究テーマである.固液界面で生じる現象を分子レベルで理解するためには,それを直接分子スケールで計測することが望ましい.近年,周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)と呼ばれるナノ計測技術が液中で利用可能になったことにより,このような計測が可能になってきた.本稿では,FM -AFMの動作原理を説明し,FM-AFMを用いたモデル生体膜/生理溶液界面現象の分子レベル研究事例を紹介する.
近年,在宅医療を基本とした医療システムに向けた開発が行われている.そのため,カーボンナノチューブ電界効果トランジスタ,または,カーボンナノチューブ電極を基本とした極微量,非標識で動作するバイオセンサーの開発を行っている.本稿では,それらのバイオセンサーを用いたたんぱく質の選択的検出,および,マイクロフローチップの開発を紹介する.
電気回路の基本素子として「抵抗,キャパシタ,インダクタ」の三つはよく知られている.それでは,これらに加えて「第四の基本素子」というものがあるだろうか? この素子はメモリスタという仮称のもとに,最近いろいろと話題をまくようになった.もし存在するならば磁束と電荷を結ぶ新しいデバイスと予想されるが,現在のところまだ見つかっていない.
酸化ガリウム(Ga2O3)は5eVに及ぶ広いバンドギャップをもち,安全・低コストのプロセスで成長可能なポテンシャルをもつ酸化物半導体の一種である.単結晶基板がすでに開発されていることが大きな特徴で,基板そのものの利用やホモエピタキシャル成長を基礎として研究の進展を図ることができる.本稿では,深紫外光検出器への応用,ホモエピタキシャル層およびヘテロ構造のステップフロー成長など,われわれの研究成果を紹介する.また多様な機能をもつ酸化物材料との混晶化,多層構造の形成も可能で,スピントロニクスをはじめとする新しい複合機能デバイスへの進化も大いに期待される.
半導体にそのバンドギャップ以上のエネルギーをもった光が照射されると,光は吸収され,電子正孔対が生成される.pn接合を形成しておくと,電子と正孔が空間的に分離され,起電力が発生する.外部回路と接続すれば光強度に比例した電流を取り出すことができる.これがフォトダイオードの原理である.また,電荷蓄積素子としてpn接合(MOSキャパシター)を二次元アレイ状に配列したものがCCDカメラである.本解説では,これらの光検出デバイスについて原理と基本特性についてその概要を説明する.