電子の走行媒体としての真空は,固体に比べて数々の利点を有している.一方,固体(半導体)技術は,従来の熱電子源の性能を超える微小な電子源の開発を可能にした.真空ナノエレクトロニクスは,微細加工技術・薄膜技術を駆使して,微小な真空デバイスを製作し,従来の真空や半導体デバイスの性能に勝る,応用デバイスの開発を目的とする,真空と固体の融合学術分野である.本稿では,真空ナノエレクトロニクスの基盤技術である,微小電子源の現状をデバイス応用の観点から記述する.また応用デバイスの現状と今後の展望についても述べる.
有機ELディスプレイの燐光材料の分子設計を目的とした理論研究の方法について解説する.高い効率が期待される燐光材料の開発は切望されており,理論研究に基づく材料設計は,燐光材料の高効率・長寿命のために十分利用できる状況に至っている.本解説では,有機EL材料分子における輻射および無輻射過程を分子軌道法に基づく理論的方法によって取り扱う場合について解説し,実用時に生じる問題点について言及する.後半では,典型的な燐光材料分子として知られるPt(thpy)2 および Ir(ppy)3 に関する理論計算結果を示し解説する.
1970年代の初頭から30年余りにわたる半導体発光デバイスの信頼性に関する研究について解説する.まず,発光デバイスの開発および信頼性研究の変遷について振り返る.次いで,発光デバイスの三つ主要な劣化モード,すなわち速い劣化,遅い劣化,および衝撃劣化の概要について述べる.さらに,1970〜1980年代に行われた速い劣化に関する古典的研究の成果を紹介した後,その後の研究が著しい遅い劣化に関する研究について系統的に述べる.
従来の熱電子と異なる新たな電界放出電子を利用したディスプレイである,フィールドエミッションディスプレイ(FED)は,その特長を生かせる市場に向けての開発が進められている.FEDはこれまでのCRT技術とデジタル化技術を融合させ,高コントラスト,高速応答,映像表現に重要な各ドットごとの多階調化など,CRTの画質を超えるディスプレイになりうるとともに,その低消費電力化が期待される.以下にFEDの開発動向について述べる.
トンネル酸化膜で連結した量子サイズナノシリコン結晶チェーンをドリフト層としたダイオードは,平均エネルギーが数eVにおよぶ電子を面放出する弾道電子エミッターとして動作する.このエミッターは真空,大気圧気体,溶液においてそれぞれ固有の機能を示す.本稿では,真空中の応用として平面ディスプレイや並列一括リソグラフィーなどの開発状況にふれた後,空気・気体中での利用の例として高圧気体(Xe)における真空紫外発光効果を紹介する.さらに,本電子源は溶液中で還元性の高い活性電極として機能し,水素発生や溶液物性制御などに利用できることを示す.これらにより,電子源の技術的可能性が従来の制約を超えて大きく広がった.
液晶(LCD)やプラズマディスプレイ(PDP)で代表される薄型テレビやパソコンのモニター,そしてカーナビなどフラットパネルディスプレイ(FPD)技術の社会貢献度はきわめて高い.FPD技術に関連すると期待されるものとして電界電子放出(Field Emission)によるフィールドエミッションディスプレイ(FED)がある.そして,カーボンナノチューブ(CNT)による電界放出電子素子(エミッター)など,この分野技術の世界的な研究開発が行われてきた.筆者らもCNTに類似のナノ構造をもつ炭素材料であるカーボンナノウォール(CNW)やCNXによる高性能エミッターを開発し,そのFEDへの応用を検討した.しかし,このエミッターは同時にフィールドエミッションランプ(FEL)としての能力,すなわち,高い輝度,省電力性など,を強くもつことが判明した.実際,そのため筆者らによるFELが高知県の一部のトンネル内で交通安全照明システムとして試験使用されている.
この照明に適している理由を含め,本稿では,これら高性能エミッターの作製と照明システムへの応用の現状と問題点などを紹介する.
デザインルールが32nm以降の次世代半導体集積回路作製プロセスでは,イオン注入のエネルギーは0.5〜0.2keVへと低下する.そのため,注入イオンビームは空間電荷により著しく発散し,作製プロセスに必要なビームの平行性が得られなくなる.このような超低エネルギーイオンビームの空間電荷を中和するための電子源として,半導体への金属汚染の心配のない,表面を炭素化処理したシリコンフィールドエミッターアレイ(Si:C-FEA)が利用できる.この方法の可能性を試すための原理実験において,Si:C-FEAから引き出し減速した低速電子を用いて,0.5keVのネオンイオンビームの空間電荷を中和することにより,効果的にビーム輸送できることを示す.
アクティブ駆動回路を内蔵したFEAにアバランシェ増倍型光電変換膜を対向させた厚さ約10mmの小型超高感度撮像デバイスを試作した.画素数640×480,画素サイズ20μm×20μmで,光電変換膜の最大電荷増倍率は約200倍である.撮像実験により,試作撮像デバイスでは月明かり程度の明るさでノイズの少ない鮮明な映像が得られること,現状の超高感度撮像管に比べて消費電力が格段に少ないことなどを確認した.また,光電変換膜に蓄積された過剰な電荷を事前に取り除くことで,超高感度撮影時に強い光が入射しても良好な画質を維持できることがわかり,運用性に優れた小型超高感度カメラの実現に道を開くことができた.
カーボンナノチューブ(CNT)を電界放出陰極として実用化する際には,電流安定度や陰極寿命が問題となる.これら諸特性を素過程レベルで理解する試みとして,われわれは電界放出顕微鏡法により,多層CNT先端の五員環上に吸着した単一ガス分子の挙動と反応性を調べている.N2 分子の吸着では五員環に対して分子軸が垂直および平行の二つの状態がみられるのに対して,CO2 分子は平行吸着のみであり,その吸着サイトは五員環の対角C原子直上であることを示唆する挙動が観察された.吸着状態の変化や吸着サイト間遷移に伴い,放出電流には階段状あるいはスパイク状ノイズが発生することがわかった.O2 雰囲気中での電子放出像では,最外層からlayer by layerで酸化腐食する様子が観察された.1層当たりの腐食に要するO2 曝露量は,内層に進むにつれて減少し,約200〜20Lであった.このことは酸化腐食が一端始まると,加速度的に進行することを示している.
レーザーコンプトン散乱は,高エネルギー領域の光子ビームを生成する優れた手法の一つである.独立行政法人・産業技術総合研究所では,電子加速器を用いて数MeVのγ線領域の高エネルギー光子ビームを発生し,これを用いた工業製品や建造物などの非破壊検査技術について研究している.最近では,直径0.5〜2mmの高輝度γ線ビームを用いた第1世代CT装置を開発し,鉄筋コンクリートなどの実構造物の検査や輸送貨物の危険物検査などへの応用について研究している.
半導体中に制御して添加した希薄な不純物は,固有の電子状態を通じて不均一エネルギー広がりのない究極の量子ドットとして利用できる.このような量子ドットは,励起子と光の相互作用を利用したデバイス応用に期待されている.本稿では,GaAsへの窒素のδドープ技術を紹介して,窒素ペアに束縛された励起子の微細構造を明らかにする.また,光子源に向けた励起子微細構造の制御について議論する.