電子顕微鏡は,物質・材料の局所構造評価法として強力な手法であり,近年の球面収差補正技術の急速な進歩とも相まってその分解能は格段に向上している.本稿では,特にその進展が著しい走査型透過電子顕微鏡法(STEM)に着目し,基本的な結像や分光分析の原理を実際の観察例とともに述べる.
ナノテクノロジーの目的は,物質を原子レベルでコントロールすることによって有益な材料やデバイスを創出することにある.この分野では,原子配列と同様に電場・磁場の観察解析が重要である.電子線ホログラフィーは,もともと収差補正の手段として発明されたが,最近ではマイクロメートル〜ナノメートル領域の電場・磁場を観察する顕微鏡法としてよく用いられている.そして,基礎物理の研究だけでなく産業界での電気的・磁気的機能を用いたナノ材料やナノデバイスの開発に必要不可欠な手法になりつつある.本稿では,電子線ホログラフィーの原理,手法を概説し,最近の研究例を紹介する.
X線回折・散乱を利用した薄膜評価技術にはさまざまな手法があるが,本稿では,X線の全反射現象を利用する代表的な測定法であるX線反射率法と微小角入射X線回折法について解説する.これらの手法は,現在では市販のX線回折装置で精度よく測定できるようになってきた.そのため,原理をよく知らずに使用している研究者も多いように思われる.しかし,基本的な原理を知って使うことは,解析結果が疑わしい場合など,真偽を判定するうえで非常に役に立つことがある.そこで,本稿では基本的な測定原理から導かれる,結果の信頼性にかかわる注意点について解説する.また,最近の進展が著しいシンクロトロン放射光を利用する利点についても述べる.
陽電子消滅は,結晶中の点欠陥やポーラス材料の空〔くう〕隙〔げき〕を非破壊で感度よく検出することができる手法である.陽電子が電子と対消滅する際に放出されるγ線のエネルギー分布や対消滅までの時間を測定することにより,空孔型欠陥のサイズ,種類,濃度が評価できる.また,エネルギー可変陽電子ビームを用いることにより,試料深さ方向の欠陥分布を得ることができる.ここでは,陽電子消滅を用いてイオン注入Siの点欠陥や配線構造中の低誘電率材料のポアを評価した結果を紹介し,本手法が先端材料の開発現場で有効な指標を提供できることを示す.
テラヘルツ波を用いた分光やイメージングは,工業材料の分析,化学成分検知,生産工程のモニターなどの非破壊分析技術として有望である.本解説では,テラヘルツ波分光の特徴,装置技術の概要,さらに,材料分析への応用について紹介する.
SIMSは高感度な物理分析法で,さまざまな分野で幅広く利用されている.特に無機材料の評価では微量元素の深さ方向分析に多用され,半導体をはじめとする各種デバイスの微細化が進む近年では,ナノメートルレベルの深さ分解能が要求されている.SIMSでは,一般に,感度の向上を目的に反応性に富む酸素やセシウムなどのイオンが一次イオンとして用いられているが,これら反応性イオンの照射は固体表面との相互作用を複雑にし,照射条件によっては深さ分解能の低下を導く.しかし,試料の性質に合わせて一次イオン照射条件を最適化することで,深さ分解能の低下は抑制することができる.現状では,一次イオンの低エネルギー化と入射角度の適切な選択によって,ナノメートルレベルの深さ分解能は実現可能なレベルにある.
クラスターイオンや高速重イオンをプローブとすることにより,従来のSIMS分析では不可能な有機多層膜の深さ分析や生体高分子材料の二次元イメージングが可能となってきた.細胞1個中の生体高分子の分布を可視化する質量イメージング技術や有機半導体多層膜の構造分析を可能とする“Molecular Depth Profiling”など最新の研究成果を示し,従来不可能と考えられてきた有機分子の分析技術の最先端を紹介する.
中エネルギーイオン散乱(MEIS)分光は優れた深さ分解能をもち(表面近傍で〜0.1nm),表面・界面の構造を解析する有力な手法である.さらに高分解能MEISによって,金属ナノ粒子やコア/セル構造をもつナノ粒子の形状・サイズを決定することもできる.本稿では,その分析例として,(i)高誘電率膜,(ii)NiAl(110)上に形成される配列したAl2Ox 極薄膜,(iii)金ナノ粒子およびPd(セル)/Au(コア) ナノ粒子の構造解析の結果を紹介したい.
本稿では,「応用物理の発展を支える分析技術」の中で,特にナノテクノロジーにおける評価および分子操作技術の面で必須のツールであるプローブ顕微鏡(SPM)を取り上げ,その基礎的原理を説明し,現在の最先端技術動向を紹介する.
構造材料中の組織の微細化やコーティングの薄膜化が進む中,薄膜や微細構造を対象とした機械的特性を評価する手法の確立が望まれている.本稿では,これらの要求にこたえ得る手法としてナノインデンテーション法を取り上げる.ナノインデンテーション法は探針を試料表面に押し込むことにより,硬さおよび弾性率といった製品開発をするうえで重要となる力学特性パラメーターを直接評価できるという特長を有している.特に押込み深さがナノメートルオーダーであるので,薄膜の力学特性評価に力を発揮する.本稿では,その基礎的な原理と測定上の問題点を整理し,その優位性について実験データを示し解説する.
イノベーションウェイブは長周期,中周期,短周期の三つに分類できる.日本の長周期ウェイブは明治維新以来,技術導入重視のアンチパテント時代と自主技術開発重視のプロパテント時代を30〜50年周期で繰り返した.現在は第2次プロパテント時代にあり,2030年ごろまで続くと考えられるが,この時代に基礎研究を充実させ,大きな木へと成長する産業研究開発を強化することがイノベーションを創出する.「材料科学と技術の基礎研究,新現象の発見,それに基づくデバイスの開発,メーカー企業との共同開発」という理念のもとに,研究開発を成功させ,事業化に大きく発展した二つの事例・不揮発性メモリーと液晶ディスプレイ用連続粒界シリコン固相成長技術を通して,イノベーションを考える.
コヒーレンスという言葉は,物理の多くの分野で使われる言葉である.「可干渉性」を表すことは知っていても,どうもその物理的意味のイメージがわかない読者もおられよう.光を題材として,さまざまなところに現れるコヒーレンスについての定量的な定義,コヒーレンス時間,コヒーレンス長さ,物質(量子系)のコヒーレンスについて,その概要を説明する.