水は地球上で最も豊富な液体であり,多くの特異的な性質を示す物質である.例えば,大きな熱容量をもち,比較的狭い温度・圧力の範囲で三つの形態(液体の水,水蒸気,氷)を示し,地球環境を穏やかにし,豊かな自然をつくり,生命を育んでいる.このような水の性質は,水の中の水分子間の水素結合ネットワークの構造とその変化の特性から生まれている.本稿では,そのような水素結合ネットワークの変化に伴う,水のミクロレベルでのダイナミクス(間欠的集団運動)の様子を示し,それが化学反応,相転移(氷化),生体高分子の機能発現などにいかに影響しているかについて述べる.また温度や圧力によってこのような水の性質がいかに変化するかについても言及する.
地球上の水は循環しており,約40億年前に原始海洋が形成されて以来,地球表層の水の総量は変化しておらず,数万年といった時間スケールでは枯渇することはないが,世界では,現在でも9億人近くの人々が安全な飲み水にアクセスできない.それは乾燥地帯に住んでいるからではなく,安全な飲み水を手軽に,安定して利用可能にするための社会基盤施設が足りないからである.また,先進国では,飲み水の100倍もの水を風呂やトイレ,洗濯や炊事などに使っている.さらにその10倍,一人当たり毎日2000〜3000L(リットル)もの水が食料の生産に使われている計算になる.今後人口が増え,増えた人口が都市に集中した際に,世界の各地域で水需給が逼【ひっ】迫【ぱく】することは,発展途上国ではかなり確実である.さらに,地球温暖化に伴う気候変動によって水循環が変化して事態をさらに悪化させることが懸念されている.そうした悪影響を回避するためには,いわゆる気候変動対策である温室効果ガスの排出量削減(緩和)策だけではなく,現状の問題解決にもつながる適応策として,災害リスクマネジメント,利用可能な水資源量の増大策や水需要の抑制などを施設や制度によって実現していくことが必要である.
水は我々の生活に不可欠で極めて身近な存在だが,その水が世界的に大きな注目を集めるようになっている.世界レベルでの人口増加と経済発展に起因し,水需要の増大と水環境汚染が進行しているためである.本稿では,世界の水環境問題解決に貢献する水処理膜技術,中でも再利用技術の現状と世界における日本の企業や技術の展開について解説する.特に重要と思われるプロジェクト「Mega-ton Water System」と「ウォータープラザ」について,その技術的開発課題に触れる.
超臨界水は超臨界状態にある「水」である.このありふれた物質である水は超臨界状態になると常温常圧下では見られない特徴的な物性を示す.これは水の水素結合に由来するところが大きく,その因果関係に関する理解のために数多くの実験,理論的取り組みがなされている.そこで本稿では,超臨界水の特徴的なマクロ・ミクロ物性とともに,それを利用した応用技術について紹介する.
世界の上下水道サービスなどの水市場の拡大が予測される中で,日本の企業や自治体による水ビジネスの国際展開の動きが活発化している.最近では水メジャーと呼ばれる海外の大手企業に加えて,新興国や開発途上国の企業も水ビジネス分野に参加し,世界的な競争が増している.日本の企業は,得意とする水処理技術の優位性をさらに高めるとともに,それらの技術を総合して,水問題全体のソリューションを提供することで,日本の水ビジネスの独自性を発揮するべきである.今後は国内の公民が連携するとともに,海外の現地パートナーともより強い信頼関係を構築することで,日本の水ビジネスが世界市場で活躍することが期待されている.
本稿では,「おいしい水研究会」が示したおいしい水の水質要件に従い,水をおいしくする水質項目として水温,蒸発残留物,硬度,遊離炭酸を,水をまずくする水質項目として過マンガン酸カリウム消費量,臭気度,残留塩素を取り上げ,それらの項目について説明した.過マンガン酸カリウム消費量に関連して全有機炭素(TOC),臭気度に関連してかび臭原因物質,残留塩素に関連してトリクロラミンにも言及した.そして,水道水をよりおいしくするために,東京都水道局がどのような取り組みを行っているかを紹介した.
最近の水の研究で,低温の水には二つの液体が存在することがわかってきた.この「水のポリアモルフィズム」という考え方は,水の液-液相転移という新しい臨界現象と関係している.そして,この水の新しい概念は,今まで説明できなかった水の奇妙な振る舞い(例えば水の4°C 密度極大現象など)を解決する可能性を秘めている.また,この水の新しい考え方は水に関係する他の分野に展開されることが,今後期待される.
コップの中の水は,均質で静まり返っているように見える.ところが,分子レベルの視点で見ると,水素結合ネットワークの構造が絶えず揺らぎ,分子間でエネルギーのやりとりが行われている.これら分子レベルのダイナミクスは,マクロに現われる水の物性の基礎をなし,水環境下で起こる化学反応に深くかかわる現象である.本稿では,中赤外超短パルスを利用した非線形分光法によって明らかになってきた水分子ダイナミクスを概説し,分子振動エネルギー緩和現象に関する我々の研究成果を紹介する.
放射光施設と実験装置の進歩によって可能になった軟X線を使った液体の研究は,ここ数年の間に盛んになりつつある.本稿では,大型放射光施設SPring-8の軟X線ビームラインBL17SUで展開されている液体の軟X線発光分光法を用いた研究について,実験装置と最近の研究例を特に水の中の溶質分子の電子状態観測という観点から紹介する.
水は生命を育む液体と考えられているが,なぜ水が生命に必要なのか? という素朴な問いに対して,物理や化学の言葉で答えることは依然難しい.我々は,生命現象の素過程を担っているたんぱく質分子がどのように水に溶解して運動するのかを探求することで,この問いに物理化学的視点から答えたいと考えている.本稿では,これまでの低温X線結晶構造解析,分子動力学計算や構造データベース解析などで得られたたんぱく質-水界面の水和構造に関する知見を紹介し,ナノメートルスケールでの水と生命現象の関わりについての理解の現状をまとめるとともに,今後のたんぱく質水和構造研究の展開を考えたい.
近年活発に研究が行われているシリコンフォトニクスについて,そもそもシリコンフォトニクスとは何なのか,なぜ今シリコンなのか,シリコンで光デバイスを作るとどんな良いことがあるのかなどについて,技術的観点から解説します.シリコンは,可視光用の受光素子材料としては広く用いられておりますが,光通信用デバイスとしてはあまり用いられてきませんでした.しかし,それら光通信用のデバイスや光回路に用いてもさまざまなメリットがあることか分かってきました.本稿では,それらについて解説すると共に,間接遷移型のSiを電界発光(Electroluminescence : EL)素子あるいはレーザーなどの発光素子として用いようとする試みについても簡単に紹介します.