1990年代初頭までは,ナノグラム(ng),ピコグラム(pg),さらにはフェムトグラム(fg)といった超微量元素の情報は,それを専門とする限られた研究者のみが手に入れることができる情報であった.しかし,プラズマイオン源質量分析法に代表される質量分析技術の急速な進歩により,高度な知識がなくても正確な元素濃度情報を迅速に引き出すことが可能となった.さらに2000年代に入ると,こうした高感度質量分析法の試料導入法が大きな進歩を遂げ,質量分析法の汎用性・拡張性を飛躍的に拡張させることになる.その一つの例がレーザーアブレーション試料導入法である.レーザーアブレーション試料導入法と質量分析計を組み合わせることで,固体試料の高感度多元素同時分析や,固体試料の微小領域の化学・同位体組成分析(局所分析),さらには固体試料中の元素分布分析(元素マッピング分析)が可能となった.今では地球科学,新機能材料開発,原子力,環境,生命・医学などさまざまな応用研究分野でなくてはならない微量元素分析法の一つとなっている.本稿では,高感度質量分析計の一つの高周波誘導結合プラズマイオン源質量分析計(ICP -MS)とレーザーアブレーション試料導入法の動作原理と,その最新の研究開発動向を紹介する.
半導体研究に不可欠な分析手法である光電子分光法について,主としてSi系材料ナノ構造の評価の観点から解説する.光電子分光法の歴史と光電子スペクトル解析のための実践的手法について述べる.それとともに,最先端のMOSFETの開発に有益な新しい測定・解析手法を紹介する.
多重γ線検出法は放射性核種分析において高分解能,高感度を実現する.この手法を即発γ線分析に適用することにより,この分析法を高度化することができた.本解説では,即発γ線分析および多重γ線検出法の原理と特徴について紹介した後,それによる地球環境試料,特に都市河川底質試料および海洋堆【たい】積【せき】物試料への適用性の検討と分析例について述べる.
準単色でエネルギー可変という特徴を有するレーザーコンプトン散乱γ線をプローブとして用いた核共鳴蛍光による物質の非破壊計測法について述べる.この技術は,トラック,貨物などに隠【いん】蔽【ぺい】された爆発物や核物質の検知への応用が期待できる.窒素,炭素,酸素の測定を行うことで隠蔽されている爆発物の種類の同定も可能である.これまで,レーザーコンプトン散乱γ線を用いて,厚さ10〜15mmの鉄で隠蔽された鉛,爆発物の模擬物質であるメラミンなどの検知を行ってきた.また,実用に向けて小型γ線源の開発も行っている.
走査トンネル顕微鏡(STM)を用いたトンネル電子注入により,試料表面からの発光をアトム・スケール領域で誘起させることができる.このようなSTM発光から得られるスペクトルの微細構造を解析することにより,STM探針直下に存在する吸着種の振動モードを高い空間分解能で検出できることが最近の研究でわかってきた.本稿では,STM発光で誘起される表面吸着種の振動励起現象について実験の現状を我々の結果を交えて紹介する.
氷を用いる分離法として筆者らが開発したアイスクロマトグラフィとその発展形のキラルアイスクロマトグラフィを紹介する.氷を固定相として用いるアイスクロマトグラフィの測定により,氷表面と溶質の相互作用や氷と共存する液相の物性に関する情報が得られる.また,氷と共存する液相をキラル認識反応場として利用することで,キラルアイスクロマトグラフィを設計することが可能である.現状での本法の問題点,限界,それらの解決に向けての取り組みについても述べる.
エアロゾルは大気中に浮遊する微粒子であり,気候変動や大気汚染などの重要な大気環境問題において鍵となる成分である.エアロゾルの化学組成をオンラインで計測するための方法として,エアロゾル質量分析法が開発されてきた.その構成要素の一つである空力学レンズは,真空中に細い粒子ビームを生成する画期的な技術である.本稿では,空力学レンズの原理を解説するとともに,これまで実用化されたエアロゾル質量分析装置の例について,筆者らの研究を交えながら紹介する.
ラマン分光法は,試料を前処理なくあるがままの状態で測定することができ,また「分子の指紋」と呼ばれるラマンスペクトルにより詳細な分子構造情報を与えるなど,他の手法にはない多くの利点をもつ有力な分光手法である.ラマン分光法と共焦点顕微分光法を組み合わせた顕微ラマン分光法は,生細胞や細菌など,顕微鏡下の生体試料から,高い選択性で分子の空間分布,構造,ダイナミクスに関する詳細な情報を与え,新しいユニークな分子イメージング手法として,医学・生物学分野を中心に幅広い応用が展開されている.しかし,顕微ラマン分光法には,イメージ取得に長時間を要するという欠点がある.本稿では,多焦点共焦点ラマン分光顕微鏡の開発によるラマン分光イメージ取得の高速化についての筆者らの最近の研究を紹介する.
小惑星はやぶさが持ち帰った宇宙試料を分析するために,Gaイオン粒子でスパッタされた2次中性粒子をフェムト秒レーザーでイオン化する質量分析法を開発してきた.質量分析には多重周回飛行時間型質量分析器を用いている.現在,サンプル上で40nmの空間分解能とHeなどの希ガスを含む全元素のポストイオン化に成功している.本分析法を宇宙試料に適用することにより,太陽系誕生時の太陽活動の記録や太陽系誕生以前に形成した微粒子の年代測定が可能になると考えられる.
蛍光X線分析において各種元素からの蛍光X線を結像できれば,試料を走査する必要がなく短時間で元素の2次元マッピングを行うことができる.X線の全反射を利用したウォルターミラーは,色収差がなく比較的取り込み角が大きいため,蛍光X線の結像には最適な光学素子である.本稿では,ウォルターミラーを用いた蛍光X線の結像の現状について解説する.
高純度(〜100%)同位体 30Siを天然Si(30Siの存在割合3.1%)基板上にエピタキシャル成長させたヘテロ構造を作製し,その濃度差を利用し,30Siを2次イオン質量分析装置によりモニタして,シリコン自己拡散を調べた.867〜1300°Cにおけるシリコン自己拡散係数を決定し,また自己拡散において空孔機構とinterstitialcy機構の両方が関与することを示し,その割合を決定した.さらに高純度30Si超格子構造を作製し,酸化性雰囲気中での熱処理を行い,30Siの広がり分布を評価して,格子間シリコン原子の拡散係数と熱平衡濃度を直接的に決定した.
シリコンフォトニクスで用いられる光回路は,Si細線導波路と呼ばれるコア幅が500nm程度と非常に小さいSiコアとSiO2クラッドからなる導波路で構成される.その作製には電子デバイス用に開発されたSi加工技術を応用することができるが,ナノメートルレベルの形状誤差でさえも最終的なデバイス特性に大きな影響を与え,また加工面の微小な凹凸も散乱損失の要因となるため,実用的な特性を得るには高度な加工技術が求められる.本稿では,厳しい加工精度を必要とするSi細線導波路の製作方法について述べる.