幅広い複合技術である超伝導について,研究の歴史,現状および未来予測を,エネルギー,交通,通信の側面から述べた.超伝導は永久電流,完全反磁性,ジョセフソン効果を有し,他にはまねのできない特異な現象である.しかし,100年前の発見以来そのメカニズムは難解で,その解明には半世紀もの年月が必要とされた.その応用も,現在に至るまで極限的な性能を必要とする用途のみに限られている.その理由は「冷却のペナルティ」にあることは確かである.超伝導の特性を生かすためには,ナノテクノロジーの技術を必要とする精巧な複合材料のレベル達成を待たねばならなかったことにも由来する.高温超伝導の発見にも助けられ,100周年の今,持続可能な地球環境にとっても,これからの社会にとっても,超伝導は今後,重要な役割を演じていくことが予測できる段階に達した.
銅酸化物の高温超伝導メカニズムの解明は,21世紀に持ち越された物理学上の最大の課題の一つである.その解明のために多様な先端的分光手法が動員され,それらの飛躍的進展を促した.いまだメカニズム解明には至っていないものの,超伝導相に影のように寄り添う未知の「擬ギャップ相」が解明への鍵を握る電子状態として浮かび上がってきた.
超伝導はその「物理としての面白さ」と共に多くの応用が考えられているが,その最大の欠点はその転移温度の低さにある.転移温度の上昇のために多くの先人が努力してきたし,また「室温超伝導の実現」という夢に向かって現在でも多くの人がたゆまぬ努力をしている.ここでは,超伝導転移温度上昇に対する実験の現状と将来の方向性について述べる.
超伝導線材は抵抗ゼロで大電流が流せるため,これを各種の電力機器に応用すると効率が高まるだけでなく,機器が小型・軽量化されるので,省エネルギーや低炭素化などの観点から重要である.従来から使用されてきた線材は金属系のNb -TiとNb3Snであり,各種のマグネットに用いられている.一連の高温酸化物超伝導体では,ビスマス系とイットリウム系酸化物について鋭意線材化研究が実施され,最近では長尺線材の開発も進められて各種電力機器への応用が真剣に検討されている.2001年に日本で発見されたMgB2についても線材化研究が進められ,特性の向上が得られている.これらの線材については,今後,研究開発がいっそう進んで実用化に近づくと期待される.
超伝導現象はエレクトロニクスにおいてもさまざまな分野への応用が可能である.磁気センサや電磁波センサなどの各種高感度センサ,電圧標準,デジタル回路,通信用バンドパスフィルタなどへの応用である.これらがどの程度進んでいるのか,そして今後どのような方向に進展していくのかについて述べる.日本で超伝導エレクトロニクスの研究が本格化したのは1970年代である.超伝導エレクトロニクスがたどってきた簡単な歴史についても言及する.
時速500kmでの安定走行が可能な超電導磁気浮上鉄道(超電導リニア)は,1997年4月から山梨リニア実験線において走行試験が行われ,要素技術・特性の試験や高速連続走行試験などが進められてきた.超電導リニアの採用が有力な中央新幹線は,三大都市圏を結ぶ幹線のさらなる速達性・利便性の向上と,東海道新幹線バイパスとしての役割などの点から必要性が高く,2027年の東京・名古屋間の営業運転開始へ向けて,国民も高い関心を寄せている.今後の技術開発の進展によっては高温超伝導マグネット導入の可能性もあるかも知れない.本稿では,超電導リニアの技術の概要と中央新幹線開業へ向けた最近の動向について紹介する.
極低温小型冷凍機は,主に半導体製造装置の真空排気用クライオポンプと低温超伝導磁石を用いたMRI,NMR,MCZ(シリコン単結晶引上げ装置用磁場印加装置)などに使用されている.近年,到達温度が4K以下に達したため,低温超伝導磁石の冷却が簡便となり普及してきた.一方,高温超伝導機器の開発では,特に,電力機器用途が加速されている.しかし,現存の小型冷凍機では温度範囲はカバーできるが,要求仕様を全て満足することはできない.ここでは,小型冷凍機の進展と今後の高温超伝導機器用途への展望を述べる.
多環縮合芳香族炭化水素分子であるピセン(C22H14)結晶に,アルカリ金属原子をドーピングすると超伝導特性が観測されることを見いだした.得られる超伝導転移温度は,K3C22H14で7Kと18Kであり,Rb3C22H14とCa1.5C22H14で7Kである.これらの超伝導転移温度は有機物としては非常に高い.C22H14以外にも他の多環状縮合炭化水素へのアルカリ金属原子のドーピングで超伝導が観測されている.このことは,多環縮合炭化水素物質が新たな超伝導の基礎ならびに応用研究の舞台になることを示唆している.
大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron Collider : LHC)が,1994年の建設決定以来,14年の歳月を経て2008年に完成した.円周27kmに及ぶ粒子加速器は,7000台を超えるさまざまな超伝導磁石,加速空洞システムによって構成され,超伝導技術が本質的な役割を担っている.2010年春から,新たなエネルギーフロンティアにおける素粒子物理実験が始まった.陽子や鉛核イオンの正面衝突によって,宇宙開〔かい〕闢〔びゃく〕直後の素粒子反応状態を再現し,質量起源を説明する「ヒッグス粒子」や,宇宙「暗黒物質」の探索など,初期宇宙への新たな理解,物理法則の発見への期待が高まる.実験素粒子物理学の最前線を担う超伝導磁石技術を紹介する.
超伝導量子干渉デバイスはヒトの体から発生する微弱な磁場を容易に検出することができ,医療や基礎医学研究に広く応用されている.脳磁計は,脳外科手術の術前機能マッピングや焦点性てんかんの焦点部位の同定に用いられ,最近では認知症の早期診断や脳の虚血部位の診断の可能性も出てきている.脊〔せき〕髄〔ずい〕誘発磁場計測装置は,脊髄神経での伝導障害部位の情報を提供し,外科手術の指針となる装置として期待されている.
超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES)は,超伝導デバイスを使うことで従来の地球大気観測装置よりも卓越した分光性能をもつサブミリ波分光装置である.SMILESにおいて超伝導技術がどう役立っているのかを交えながら,この観測装置・観測ミッションの目的や必要性を説明し,最新の成果を紹介する.
古くからスペクトル解析に分光器が使われてきているが,分光器は干渉型,分散型に大きく分けられる.干渉型の代表例はFT -IRであり,分散型が,いわゆる分散素子としてプリズムやグレーティングを使用した分析機器に広く使われている分光器である.今回は,分散素子としてグレーティングを使用した分光器に焦点を当て,解説を行うことにする.