科学技術分野の人材育成と,さらに広く市民の科学技術リテラシーの向上を実現するための教育の改善・改革にむけて各国で努力が続けられている.この報告では,アメリカにおける取り組みの現状を紹介する.さまざまな専門分野で,それに対応する「分野対応教育研究」が進展している.共通するのは,教育研究の焦点を,教える側から学習する側に移しているところにある.認知科学や心理学などの成果も取り入れながら,学習者自身の能動的な知的活動を教育の核にすえる学習者中心の教育方法や教材が開発されつつある.その中でも,先行している「物理教育研究」では,「相互作用型演示実験講義」,「ピア・インストラクション」,「ワークショップ方式授業」などの,研究成果に基づく授業手法やカリキュラムが開発・実践され,その効果が検証されつつある.関連学・協会の支援を受けて,大学や初中等教育の現場への導入や,新任大学教員の研修合宿などを通じて,発展・普及に向けての,組織的な努力が行われている.
日本の将来にとって最も必要であるとして叫ばれている「創造」と「革新」の定義をわかりやすく,具体的に説明し,大学院においてブレイクスルーのできる学生をどのように育てたらよいのかを論ずる.
国家繁栄のため,科学教育改革に関してドラスティックな展開をしてきた国としてアメリカ合衆国を取り上げ,現在に至るその歴史的展開を概観する.連邦政府の関与した運動としては,1950年代後半から開始された科学カリキュラム改革運動が最初のものとして位置づけられ,1980年代末には「科学的リテラシー」育成を目標とするナショナル・スタンダード運動が展開された.現在はSTEM教育を旗印に,技術・工学や数学との一体的な教育の推進が展開されている.本稿では,これら一連の運動を,その成果と背景にあるイデオロギーとの関係の中で解釈し,今後日本が求められる国家繁栄のための科学の素養について提案を行う.
1996年から日本学術会議,日本物理学会などでの活動に関わり,社会における科学技術の在り方を考えてきた経験を経て,さらに,3.11の出来事を通して,持続可能な世界の構築にとって協働する知性が重要であることを示す.
「ニセ科学」とは「見かけは科学を装っているものの,実際には科学とは呼べないもの」のことである.社会のさまざまな場面でそのようなニセ科学に出会う.では,科学者はそういったニセ科学を放置しておいてよいのか,あるいはなんらかの行動を取るべきなのだろうか.本稿ではニセ科学問題を概観するとともに,筆者がどのようにニセ科学問題と関わってきたかを紹介する.
日本の中高生にとっての理科学習は,学力こそ国際的に高い水準にあるものの,学ぶ意義や社会生活との関連性が実感できない教科となっている.特に高校の理科は,主体的に追究する学習機会に乏しい座学とみられる.こうした状況で,理系の職業を志向する生徒の割合も低く,少子化の進行に伴って,将来の科学技術人材の減少が予想される.「理科離れ」を食い止めるため,中高生に対する理科学習の改革が必要である.
自然科学の特性と,自然科学教育の意義について考察する.また,慶應義塾大学が戦後60年以上にわたって取り組んできた「文系学生への実験を重視した自然科学教育」と,国内外の大学における自然科学教育の現状について報告する.
東日本大震災と津波,それに伴う福島第一原子力発電所事故は社会に大きな衝撃を与えた.原子炉内での事故分析は,原子炉物理,原子炉工学などの学問が対応するが,原子力施設外への放射性物質の大量拡散,大気,水,土壌を経由しての人への放射線,放射能影響などは,放射線安全,放射線防護の学問がこれにあたる.緊急時,非常時の頻度や経験は少ないゆえに,当事者の電力会社,関連する国の監督官庁,地方自治体,メディア,関係する学者,研究者の対応は混乱を極めた.さらに被災住民,国民諸兄も受けた不安は大きなものであった.ここでは,社会の中での放射線安全とその教育について,実際の例を中心に,放射線安全学が緊急時リスクマネッジメントを社会の中でどのように位置づけようとしているかの実例を紹介をし,それに関連する人々の原子力,放射線,防災に関連する教育,人材の養成についての課題を検討したい.
1990年代以降,世界の経済環境が急速に変化したことにより,エレクトロニクス産業を中心に,わが国の産業競争力は急速に低下している.この危機的状況を打開するには,産官学が一体となり,環境・エネルギー分野を中心とする科学技術イノベーションの創出と,創出した事業のグローバル展開の加速が不可欠である.本稿では,わが国の産業界の厳しい経営状況を述べるとともに,いかに科学技術イノベーションを創出するか,また,その担い手であるグローバル人材をいかに育成するかについて述べる.
レンズの結像を悪くする収差の補正は,古くから光線追跡によって行われてきた.近年の光学設計ソフトウェアの進歩により,あるレベルまでは,自動的に設計できるようになっている.一方,画像入力機器のデジタル化に伴い,像面内で生じる収差は,画像処理によって補正する方法が一般的になりつつある.本稿では,幾何光学的および波動光学的な結像について解説する.