スピントロニクスという研究分野は,ここ20年程度の間に形成され,大きく発展してきた.この間に数々の卓越した新しい現象が発見され,それを用いたスピントロニクスデバイスが提案されてきた.近年では,新材料および新現象の発見からデバイスへの応用,製品化に至るまでの期間が著しく短くなってきており,その本質を理解することの重要性がますます高くなってきている.本稿は最初にスピントロニクス技術の特徴を概説した後,これまでのスピントロニクスデバイス開発におけるキーテクノロジーをまとめ,その将来展望について解説する.
半導体への高効率電気的スピン注入は,スピントランジスタやスピンレーザーなどのスピン機能デバイスの基盤技術として不可欠である.本稿では,伝導電子のスピン偏極率が100%となるCo基ホイスラ合金を用いたGaAsへの高効率スピン注入に関する最近の研究成果について解説する.ホイスラ合金の一種Co2MnSiを用いて,非局所4端子測定法によりスピンバルブ(spin-valve)信号とハンル(Hanle)信号を観測し,GaAsチャネルへのスピン注入を実証した.さらに,半導体中に注入された電子スピンにより,核スピンが偏極することを示した.Co2MnSi電極をスピン源とすることで,GaAsチャネルへのスピン注入効率と核スピンの偏極率の両方が,CoFe電極の場合に比較して,大きくなることがわかった.
半導体におけるスピン軌道相互作用は,電子スピンに対して有効磁場を与えることができることから,半導体での電気的スピン制御に必要不可欠な要素技術として期待されている.本稿では,スピン軌道相互作用を用いた新たな現象であるスピンフィルタと移動スピン共鳴について解説する.有効磁場の空間変調を用いることでスピン依存力や静磁場と振動磁場を生み出すことができ,外部磁場や強磁性体を全く必要としないスピン生成とスピンコヒーレンス制御が可能となる.本手法は,メゾスコピック素子における新たなスピン注入源や量子情報処理に向けた要素技術になると期待される.
2原子層程度の極めて薄いコバルト超薄膜に,絶縁膜を介して電圧を加えると,強磁性状態を消したり元に戻したりできることがわかった.つまり,温度を変えることなく,電界により強磁性相転移を引き起こすことができた.電界を加えると,コバルト表面の電子濃度は変化する.その変化が磁性の変調をもたらしたものと考えられる.本稿ではコバルトにおける電界制御を中心に,最近の研究結果を紹介する.
スピン波(マグノン)のドップラー効果を活用すると,ナノスケール磁性薄膜のスピン偏極率・ダンピング定数を実際のデバイス動作条件で直接検出することができ,スピンデバイス開発における磁性材料評価に応用できる.本稿では,スピントロニクス定数の評価という基礎的重要性だけでなく,スピン偏極電流によるマグノン制御について紹介する.
電気の流れを伴わない純スピン流は,従来の電流重畳型のスピン偏極電流に比べ,エネルギー効率よくスピン角運動量を伝送することができる.しかしながら,純スピン流の生成効率が極端に小さいため,生成時の消費電力が大きくなってしまうという問題があった.本稿では,筆者の研究グループで行っている高スピン偏極材料を用いた純スピンの生成効率の飛躍的改善,多端子スピン注入による巨大純スピン流の生成,さらに,純スピン流の取り出し効率向上を実現する素子構造など,高効率な純スピン流制御実現に向けた取り組みについて紹介する.
光化学反応の中には,磁気力やローレンツ力ではなく,反応中間体ラジカルの電子スピンによる量子力学的な効果で,磁場の印加により収量が大きく変化する反応がある.筆者らは,このような光化学反応に対する磁場効果を精度よく,広い磁場領域において観測するため,ナノ・ピコ秒過渡吸収測定装置,超強磁場発生のためのビッター型パルスマグネット,数値解析プログラムなどの開発を行ってきた.本稿では化学反応に対する磁場効果の原理と磁場効果測定を利用したナノ反応場解析について概説する.さらに,スピントロニクス研究や有機デバイス開発への展開について述べる.