温室効果ガスを排出しないエネルギー源である水素を燃料とした社会インフラの普及が進んでいるが,現状では水素の製造時に温室効果ガスを排出しているという課題がある.この課題を解決する手段として,太陽光のエネルギーを利用した水分解による水素生成技術がある.中でも半導体光触媒で構成した電極(光電極)の光電気化学反応を利用した水素生成技術は,現時点で最も実用化に近いものと考えられる.本稿では半導体光電極を用いた太陽光による水素生成技術の原理と最近の研究状況を解説し,さらに筆者らが取り組んでいる立方晶シリコンカーバイド光電極を紹介する.
量子鍵配送技術は2者間で安全な乱数(共通鍵)を共有するための方法である.今までの量子鍵配送では,盗聴の際に生じる量子力学的に不可避な擾乱の多寡を調べることで盗聴の量を見積もることができるということが根本的な原理として信じられてきた.本稿では,新しい原理に基づき,擾乱を確認せずとも安全性を保証できるRound-Robin Differential Phase-Shift量子鍵配送方式を紹介する.この方式により,従来の方式では安全な共通鍵がとれなかった雑音の大きい通信路でも鍵がとれるようになる.
低抵抗で高透過率,フレキシブルで軽くて低コストな透明電極フィルムは光デバイスの高機能化にとって重要である.ITO膜に代わるものとして,グラフェンや銀ナノワイヤは有力な候補である.電子デバイス応用を考えた場合,グラフェンは導電性に,銀ナノワイヤは平坦性と化学的安定性,エネルギーレベル制御に欠点を有する.しかし,これらを積層,ポリマーで裏打ちすることにより,両者の長所を生かしたまま欠点を補える透明電極フィルムが得られることを見いだした.
ビスマス系化合物半導体は,V族元素としてビスマス(Bi)を含むIII-V族半導体である.この半導体は半金属と半導体の合金と考えられ,禁制帯幅の温度係数の低減など特異な物性が期待できる.従来,Biを含むIII-V族半導体の製作は困難と考えられてきたが,最近では,高品質のGaAs1-xBixが得られるようになり,レーザーダイオードが試作されている.また,InSb1-xBixやInP1-xBixなどのアンチモン系やリン系のIII-V族半導体との混晶化の研究も進んでいる.本稿では,GaAs1-xBixの創製からレーザーダイオードの試作に至る研究結果について紹介する.
我々は,カルコゲナイド相変化材料が有する閾(しきい)値性と可塑性,ならびにナノ粒子系の光励起によって形成される空間相関に着目し,並列的・局所的な記憶・演算に基づく大域的機能発現を目指している.本稿では,記憶・演算動作の基本となる局在プラズモン共鳴スイッチングの観測,および実装可能なコンピューティング機能として最適化問題解探索への応用を議論する.
近年,大容量無線通信をはじめとした各種応用のための連続発振テラヘルツ波(CW-THz波)光源デバイスの研究開発が進み,その特性評価や周波数校正といった観点から,CW-THz波のリアルタイム絶対周波数計測の必要性が高まっている.本稿では,周波数間隔のわずかに異なるデュアルフォトキャリヤTHzコムを,目盛り間隔がわずかに異なるTHz周波数の物差しとして利用することにより,CW-THz波の絶対周波数をリアルタイムで計測する手法を紹介する.
単層カーボンナノチューブは直径数nmの炭素1層から成る筒状1次元物質であり,近赤外の幅広い波長領域に対応する直接遷移型半導体である一方,有機でも無機でもない独特な材料として新奇な光デバイスへの応用が期待できる.しかし,巻き方により電子構造が大きく変わってしまい,通常の合成方法で準備された材料ではこれらが混在しているという課題がある.光物性やデバイス物理を明らかにするためには,巻き方が特定された単一のカーボンナノチューブの測定が有効であり,本稿では関連する筆者らの研究について紹介する.
活性電極/金属酸化物/不活性電極の簡易構造をもつ導電性ブリッジメモリ(CBRAM)は次世代の高密度メモリとして期待されているが,実用化のためには,メモリ特性を制御する手法の確立が求められている.本稿では,従来電子材料の知識に基づいて行われてきたこれまでの素子開発の方針に替えて,金属酸化物層を溶媒を吸収・保持するための多孔質体として捉え直し,溶媒の物性および溶媒と壁の相互作用により素子性能を制御する「細孔エンジニアリング」を紹介する.溶媒にイオン液体を用いることでスイッチング電圧およびそのばらつきの低減とデータ書き換え回数の向上が同時に実現されるとともに,イオン液体の安定性により外乱耐性も向上することを示す.