目的物質を高感度に検出する方法として蛍光法は有効であり,その蛍光強度を増強させることができれば,さらに高感度な検出が可能である.表面に波長サイズの周期構造をもち,金属薄膜で覆われている基板「プラズモニックチップ」は,増強蛍光を与える.つまり,ガラス基板とプラズモニックチップに蛍光分子を結合し蛍光強度を計測すると,プラズモニックチップ上ではガラス基板上より数十〜数百倍に増強された蛍光が検出できる.これは格子結合型表面プラズモン励起増強蛍光である.本稿では,このプラズモニックチップを高感度バイオセンサと細胞の蛍光イメージングに応用した研究を紹介する.
2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響により炉心溶融が起きた福島第一原子力発電所は,現在,廃炉へ向けたさまざまな取り組みが進められている.その中でも宇宙線に含まれるミューオンがもつ極めて高い物質に対する透過力を利用することで大型構造物の内部を非破壊で可視化する技術(宇宙線ミューオンラジオグラフィ)により,原子炉内部の様子の一端が明らかになった.本稿では,筆者らが進めてきた原子核乾板による宇宙線ミューオンラジオグラフィの観測から得られた知見と現状を紹介し,原子炉底部の可視化の実証試験を進めている浜岡原子力発電所における最近の研究についても述べる.
絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ(IGBT)のスケーリング則は,デバイス性能の向上に加えて,ゲートドライブ電圧の低減により集積回路と一体化することを可能とする.我々は量産性に優れたシリコンテクノロジーと独自のスケーリングIGBTの概念をベースに,IoT(Internet of Things)や人工知能(AI)を駆使してパワーデバイス制御を自動最適化するパワーエレクトロニクスの新パラダイム構築を目指している.本稿ではその基本コンセプトと研究の一部を紹介する.
IoT(Internet of Things)を構成するデバイスには,環境発電技術を利用する低電圧・低消費電力トランジスタが望まれている.それに加え,低価格であることが重要である.筆者は低価格化への1つのアプローチとしてガラス基板に注目し,低電圧で動作する低温多結晶シリコン薄膜トランジスタの実現を試みた.薄膜シリコンに対して優れた結晶品質が得られるレーザー結晶化技術を利用し,4端子低温多結晶シリコン薄膜トランジスタから構成されるCMOSインバータを作製した結果,電源電圧1.0Vでの動作を実現した.
透明酸化物薄膜トランジスタ(TFT)は,その高い電気性能,低温形成の可能性,ユニークな光学的性質から,有機ELやフレキシブルディスプレイなど,次世代のディスプレイの駆動素子として,高い関心が集まっている.一方で,高温プロセスで形成される単結晶シリコンや多結晶シリコンと比較して,さまざまな信頼性の課題が残されている.本稿では,発熱による薄膜トランジスタの劣化の解析手法,ならびにその劣化機構について解説する.また,透明酸化物材料の新しい展開として注目されている抵抗変化型メモリ(ReRAM)の動作機構の解明にも有効な手段であることが判明したため紹介する.
アインシュタインの一般相対性理論によれば,時の経過は重力によって変化する.地球上の同じ高さに置かれた2つの時計の片方を1cm持ち上げると,持ち上げられた時計の進みはもう1つの時計より1.1×10-18だけ早くなる.本稿では,遠隔2地点に18桁精度の光格子時計を設置し,この相対論的時間の進みの差をセンチメートルの高さの差に相当する精度で観測した,世界初の「相対論的測地」実験について紹介する.
電磁波分光の1種であるマイクロ波分光法は,電極で半導体に接触することなく過渡光電気伝導度をプローブでき,不純物・劣化の影響を受けにくい評価法である.本稿では,光励起・時間分解マイクロ波伝導度(TRMC)法を用いた次世代太陽電池材料の評価・探索・基礎過程の研究について紹介する.有機薄膜太陽電池(OPV)やペロブスカイト太陽電池の素子性能との比較を基に,電荷キャリヤの局所運動を反映するTRMC信号が,光電流や輸送・移動効率といった薄膜のマクロ電子物性とどう相関するかを議論する.独自の装置開発と解析手法から,次世代エネルギー変換材料の開発と探索に向けた展望を述べる.
熱で剥がせるホットメルト接着材料は産業的に広く用いられているが,高温では接着力を失ってしまうため使用に制約がある.今回,独自に設計した光応答性の分子骨格FLAPを凝集力の高いカラムナー液晶として材料化することで,光で剥がせる機能と高温でも接着を維持する機能を両立する「ライトメルト液晶接着材料」を開発した.
分子動力学(MD)シミュレーションでは,研究対象となる現実の物質と同じ振る舞いをする原子や分子で構成された系を,計算機の中に作り出します.そして,実際に構成分子の運動方程式を解くことにより,それらをある温度,圧力などの下で時間発展させ,熱平衡状態を実現させたうえで静的,動的性質を解析し,物質の振る舞いを原子,分子レベルで研究しようとするものです.つまり,計算機による物質の観察,一種の実験に相当します.