もし,振動電場としての光の1周期よりも短い時間でスピン偏極電子を制御できれば,光の周波数で駆動する超高速スピントロニクスの実現が可能になるだろう.このような光の1周期より短い分解能を備えた時間・角度分解光電子分光(ARPES)を行うことにより,トポロジカル絶縁体表面のディラック電子がテラヘルツ光電場によりバンド内で加速され,最大2A/cmもの大きな電流密度が発生することがわかった.この結果は,光周波数スピントロニクスへの道が切り開かれることを示唆する.本稿では,トポロジカル絶縁体の特徴について解説し,最近の研究動向について俯瞰(ふかん)したあと,筆者らの最近の成果について紹介する.
次世代電気自動車に向けた2次電池を見据え,数分以下の急速充電を可能とする蓄電池技術の開発が急務となっている.リチウムイオン電池(LIB)においては,活物質‐電解液間の電荷移動抵抗はセル出力を大きく抑制する.筆者らはこれまで誘電体酸化物をはじめとする人工的な固体電解質界面(SEI)をLIBに導入することで,界面電荷移動抵抗を大幅に低減させており,本稿ではこれらの研究内容について紹介する.
(国研) 情報通信研究機構(NICT)では日本標準時の生成・維持・配布を行っており,標準時の源となるのが原子時計である.この原子時計を小型化する動きが,近年,国内外にて進展しており,NICTにおいても原子時計のチップ化が進捗している.我々は,原子時計向けの超小型マイクロ波発振器およびアルカリ金属ガスセルの開発に成功し,良好な原子時計動作を得るに至っている.マイクロ波発振器およびガスセルはMEMS技術を駆使して作製され,ウェーハプロセスによる微細化と優れた量産性を有する.また,マイクロ波発振器はLC発振器を水晶発振器で安定化する従来の手法と異なり,GHz帯のMEMS発振器のみで構成される.そのため,周波数逓倍処理などの複雑な工程を必要とせず,構成は極めてシンプルとなる.本成果は,原子時計システムの大幅な小型・低消費電力化に大きく寄与する.
キラル磁性体や極性磁性体,磁気2層細線,接合界面など空間反転対称性の破れた磁性体中に発現する「スキルミオン」と呼ばれるトポロジカル磁気構造がスピントロニクス研究の対象として注目されている.近年の研究により,スキルミオンがメモリ素子やロジック素子,マイクロ波素子などさまざまなデバイスへの応用が期待できる豊かな機能をもっていることがわかってきた.本稿では特に,スキルミオン特有の一風変わったスピン波モードに由来する「マイクロ波による並進運動駆動」や「マイクロ波‐直流電圧変換」などの動的応答現象とデバイス機能について,最新の理論研究の成果を紹介する.
プラズモニック導波路は光の回折限界をはるかに超えた極小領域への光閉じ込めが可能であり,光物質相互作用の著しい増強が期待できる.しかし,一方で本質的に金属による吸収損失が存在し,外部光との結合も難しいという問題があった.そこで我々は,深サブ波長サイズのプラズモニック導波路を高効率にシリコン導波路に結合するモード変換器を考案し,相互作用増強が必要な部分にのみプラズモニック導波路を用いるというアプローチを有望と考えている.本稿では,我々が実現したプラズモニックモード変換器を紹介し,その光素子,特に超高速光素子への応用可能性について述べる.
透過型電子顕微鏡(TEM)法とその周辺技術は近年急速に発展している.今や材料科学におけるその利用目的は構造解析だけにとどまらず,物性評価にまで及ぶ.特に最近注目されているモノクロメータを搭載したTEMでは高エネルギー分解能電子エネルギー損失分光法(HR-EELS)によって,これまで光やX線を使ってしか得られなかった材料の電子構造や光学物性が得られる.これによりナノ材料における欠陥などの局所的な非周期的構造に起因する物性発現メカニズムを詳細に議論できるようになった.
強磁性半導体EuOに不純物GdをドープしたEu1-xGdxO薄膜に対し超短光パルスを照射することで,電子スピン間に働く磁気相互作用の大きさを高速に制御することに成功した.Gd濃度が低い場合は,光パルス照射によって磁気相互作用が増大するのに対し,Gd濃度が高い場合には,逆に,減少する結果となった.これらの振る舞いは,光パルスの照射によるEuOのキャリヤ密度の変化や不純物によるキャリヤの散乱に伴う磁気相互作用の変調を反映している.本原理を用いると,光による磁気相互作用の高速制御が可能となり,将来の超高速光スピントロニクスへの応用が期待される.
本稿では,人工知能(AI)に関連して頻繁に聞く「ニューロモルフィックシステム」や「スパイキングニューロンモデル」について,その意味,歴史,現在の位置づけを紹介します.また,それらの実現へ向けてどのような処理モデルが提案され,どのようなデバイスが求められているかを解説します.AIに対して応用物理の材料・デバイス分野がどのように貢献できるのか,本稿がそれを考えるヒントになれば幸いです.