トラップされたイオンは量子計算機,量子シミュレータを実現するための物理系として注目されている.本解説では,まずイオンを用いた量子情報処理・量子計算実現のための基本的な技術,大規模化へのアプローチなどについて概観する.そして,イオンを用いて固体などの量子物理系をシミュレートする量子シミュレーションについて解説する.
生体ガス(呼気,皮膚ガスなど)には,疾病や代謝などに伴う揮発性成分(有臭,無臭)が含まれ,新たな非侵襲マーカとして期待されている.筆者は,その発生機序に起因する代謝酵素などを用い,ガス情報を光情報に変換する「バイオ蛍光式ガスセンサ」を開発した.本センサにより糖尿病や脂肪代謝の指標である呼気アセトンの計測が可能で,糖尿病患者では有意差をもって濃度が高いことが示された.さらに,皮膚ガス用イメージング装置を開発し,経皮エタノールガスの画像化を実現するとともに,経皮ガス計測に適する身体部位の探索を可能とした.本センサ技術は,疾病の早期診断や疾患部位の特定,非侵襲での病態・代謝評価に貢献できると考えられる.
2006年,ヘリウムイオン顕微鏡(HIM)が米国で実用化されて以来,顕微鏡自体の改良とともに,その応用技術の研究開発が世界各所で行われている.HIMは1951年にE.W. Mullerらが提案した電界イオン顕微鏡(FIM)で用いられる,尖鋭(せんえい)に加工された観察用金属試料を逆にイオン源として利用した顕微鏡で,ヘリウムガス雰囲気中の尖鋭金属イオン源先端部から電界引き出ししたヘリウムイオンをレンズ系で収束して試料に照射し,試料表面で発生する2次電子(SE),反射イオン,ルミネセンスなどを用いた試料表面近傍構造の観察評価,およびイオン照射そのものによる電子薄膜材料の高空間分解能物性制御,10nmサイズ以下の薄膜試料加工が可能である.走査型電子顕微鏡(SEM)に比べ,チャージアップ・試料ダメージが少ない,焦点深度が深い,などの特性を用いたシリコンLSI構造・材料,生体組織の観察・評価や,グラフェン膜のnmオーダでの物性制御・微細加工,素子試作への応用に関し,筆者らの研究結果を基に解説する.
表面プラズモン共鳴は,光をサブ波長領域に閉じ込める効果や,局所領域に非常に強い電場を生みだす効果,あるいは周辺の誘電率に敏感に応答して共鳴状態を変える効果など,特徴的な機能をもつことから近年盛んに研究されている.微細な金属構造上に生じる物理現象であり,光学・物性的な側面に着目した研究が多くなされている.筆者らは,表面プラズモン共鳴のエレクトロニクス応用を進める観点から,微細な金属アンテナをシリコン(Si)MEMS構造上に形成することにより,光を計測・操作する新規のセンサ・デバイスを実現する研究を進めている.本稿では,ホットエレクトロンをSiにより電流として検出する方法を用いて,表面プラズモン共鳴の状態をSi MEMS構造上でオンチップに検出する方法を説明し,それをSi製赤外光ディテクタに展開する研究を紹介する.さらに,アンテナをらせん型に構成し,Si MEMSの構造可変機能を生かした円偏光フィルタ,および,可変カンチレバー駆動と回折格子型アンテナを組み合わせた小型分光器の研究を紹介する.
Cu(In,Ga)(Se,S)2(CIS系)カルコパイライト化合物を光吸収層に用いた薄膜太陽電池は比較的低い製造コストで高い変換効率が得られることから,6GWを超えるCIS系薄膜太陽電池モジュールが世界中に設置され,その高い信頼性と発電性能が実証されている.さらに,CIS系薄膜太陽電池は,その特徴を生かした軽量・フレキシブルモジュールや高効率多接合太陽電池への展開が大きく期待されている.本稿ではCIS系薄膜太陽電池の高効率化の歩みと将来展望について述べる.
テルル化カドミウム(CdTe)は,太陽電池材料として20%以上の変換効率と,低コスト化,大面積化,軽量・フレキシブル化の強みをもち,米国を中心に実用化されている.1950年代から研究開発されている材料であるが2010年代になって太陽電池性能を飛躍的に向上させる技術としてCd-rich組成下でのgroup‐Vドーピングが発見された.我々は,高品質なCd-rich CdTe単結晶成長を確立し,これをワークピースとしながらgroup‐Vドーピング制御にアプローチしている.本稿では,これらの技術に起因する点欠陥を中心とした基礎研究と,実際に太陽電池に導入した際の性能向上に関する最新の成果,そして今後の展望を紹介する.
酸化物の抵抗変化現象を利用した不揮発性メモリReRAM(Resistive Random Access Memory)はその省電力性を生かして,IoTデバイスに搭載されたメモリとしてデータを蓄積する機能だけではなく,センサとしてデータを収集し,また,人工知能デバイスとしてデータを学習・推論する解析まで担うようになっています.本稿では,エッジ領域における情報処理で幅広い利活用が期待されるReRAM技術について紹介します.