本稿では,全方位フォトルミネセンス(ODPL)分光法を用いた直接遷移型半導体の評価について紹介する.ODPL分光法は半導体自立結晶のバンド端近傍発光のうち,自己吸収が生じるエネルギーをもつ光が結晶表面の法線方向に強く放射される性質を利用して,外部量子効率から内部量子効率(IQE)をモデル計算なしに決定できる特徴をもつ.窒化ガリウムや酸化亜鉛,ハロゲン化金属ペロブスカイトなどを例に,具体的なIQE決定の手順や応用例について述べる.特に,積分球よりも大きな結晶試料を球外に設置して測定できることはODPL分光法の大きな特徴の1つであり,半導体ウェーハ全面のマッピング測定や,各種非線形分光,顕微鏡分光などとも組み合わせることも期待できる.
構造物の軽量化等を考慮したマルチマテリアル化の観点から,表面活性化接合(SAB)法を用いた異種金属材料の常温接合を検討してきた.これまでのSAB法における知見では,金属材料表面に存在する自然酸化皮膜を除去し,新生面を露出させることが,接合に有効であると考えられてきた.近年,筆者らの検討において,あえて表面酸化皮膜を残すことで良好な接合を得られる可能性があることがわかってきている.本研究では,自動車等の軽量化を考え,主として,鉄鋼材料とアルミの組み合わせに関し,常温表面活性化接合に及ぼす酸化皮膜の影響・効果について検討した結果を解説する.
SiCパワーデバイスはその物性特性から,MOSFETを作製した際に,既存デバイスと比較して低損失・高速スイッチング・高耐圧・高温動作などの優位性をもつ.その中で,我々は高速スイッチングと高耐圧の優位性に着眼した.高電圧下で高速にスイッチングできるデバイスで実用化されているものはSiC MOSFETだけである.この優位性を生かすような応用開発により,これまで半導体では実現不可能であった,または実現していても大きな問題があった応用に適用が期待できる.我々はSiCパワーデバイスの優れた特性を利用することにより,超高電圧機器のこれまでなかった高速動作を可能にする手法を提案し実証を行った.これにより,これまでの半導体では成しえなかった分野への半導体応用が期待される.
アクチンは細胞内に存在する主要なタンパク質の1つであり,重合反応によって繊維構造を形成する.アクチン繊維は,細胞の骨格として細胞形態を維持する役割をもち,さらに皮膚の傷が治る過程(創傷治癒)における細胞の移動や,がん細胞の浸潤・転移などにも中心的な役割を果たす.また,DNAの格納領域である細胞核では,アクチン繊維が遺伝子の発現機能を制御し,遺伝子初期化(万能細胞形成)にも関与することが知られている.本稿では,アクチンが繊維構造を形成する重合反応の過程でテラヘルツ(THz)波を照射し,その影響を観察した.その結果,THz波の周波数・発振方式によってアクチン繊維の形成を促進,または破壊することに成功した.これらの作用は,THz波を利用した新たな細胞機能の操作技術へつながることが期待される.本研究はTHz波を計測のために用いるのではなく,物質の操作に利用する点で,新たなTHzの可能性を拓(ひら)くものである.これらのTHz波照射によるアクチン繊維操作について紹介する.
反強磁性体のもつスピンはテラヘルツ周波数帯で動作するため超高速スピントロニクス素子開発の観点から近年注目を集めている.しかし強磁性体の場合と比べて外場に対する応答が非常に小さいため,スピン秩序の情報の読み出しが難しいことが実用化を阻んでいる.最近,非共線型のスピン配置をもつ反強磁性金属Mn3Snにおいて,強磁性体に匹敵する巨大な異常ホール効果を室温で示すことが明らかにされた.また,Mn3Snはワイル粒子を内包するワイル半金属としてその電磁応答も注目を集めている.本研究では,高精度偏光分解テラヘルツ時間領域分光法を用いて,高品質Mn3Sn薄膜のテラヘルツ異常ホール効果を調べた.その結果,テラヘルツ周波数帯でも大きな異常ホール効果が生じ,ほぼ無散逸にホール電流が流れることや,スピン秩序情報が半年以上たってもなお保持されることなどを明らかにした.本研究により反強磁性磁気秩序を電流として1ps以下の時間分解能で読み出すことが実現した.今後はテラヘルツ電磁場による磁気情報の高速書き込みの実現とともに,ワイル粒子の非平衡ダイナミクスを調べる研究が加速することが期待される.
自動車の世界生産台数および保有台数は,新興国の経済発展などに伴い,増加が続いています.自動車業界では,ハイブリッド車,プラグインハイブリッド車,燃料電池車,電気自動車など環境対応車の開発を加速し,自動車からのCO2の排出量低減に取り組んでいます.環境対応車には蓄電池が搭載されており,再生可能エネルギーとの相性がよいことから,その応用が期待されています.例えば,自動車に太陽電池を搭載し,走行に必要なエネルギーを太陽光で賄う技術が注目されています.本稿では,乗用車に太陽電池を搭載することによるCO2排出量削減効果を,実走行データに基づくシミュレーション解析,および公道走行試験の結果を用いて解説します.また,太陽電池が搭載された自動車を社会インフラの一部として活用することで実現が期待できる新しいモビリティ社会の一例も紹介します.