薄膜太陽電池に用いられる多元化合物は,CuInSe2(CISe)に代表されるI-III-VI2族化合物からCu2ZnSnS4(CZTS)のI2-II-IV-VI4族,Cu2SnS3(CTS)のI2-IV-VI3族化合物へ広がってきた.それらの結晶構造は,CISのカルコパイライト型(空間群I42d (122)),CZTSのケステライト型(空間群I4 (79)),CTSの単斜晶系(空間群Cc (9))と変化する.本稿では,それらの化合物の結晶構造と電子構造(禁制帯幅や価電子帯上端と伝導帯下端の準位)の特徴について述べる.そして,ZnSeとCuGaSe2,CuInSe2とCu2ZnSnSe4,Cu2ZnSnS4とCu2SnS3の違いについて,理論計算の結果と分子軌道エネルギー準位図を用いて議論する.
遷移金属錯体は,中心金属イオン周りの配位子場を調整することで,その酸化還元特性やd電子スピン軌道を変えうる.その特徴を基に,酸化還元活性架橋配位子と連結することで,d-p軌道が共役した電荷移動型の錯体多次元格子,いわゆる,電子ドナー(D)と電子アクセプタ(A)の交互格子を構築できる.このようなDmAn格子でも,D部位のイオン化ポテンシャルとA部位の電子親和力と電子対反発エネルギーを分子・配位子修飾による可変数として捉えることで格子内電荷移動を制御することが可能である.同時に,格子で囲まれた“空間”を利用することで,ゲストの脱挿入による構造変調や格子‐ゲスト相互作用をトリガーとする動的な電荷移動を誘起できる.本稿では,主に電荷移動型錯体格子の電子・スピン制御について,格子上の電荷移動設計と空間利用という観点から解説する.
電気化学反応は,エネルギーの変換や貯蔵に広く用いられている.リチウムイオン2次電池の基本原理は,電極活物質である遷移金属酸化物へのリチウムイオンの脱挿入であり,遷移金属酸化物はそれと同時に大量の電子を授受する.この電気化学なキャリアドープを強相関電子系の物質に適用すると,さまざまな電子相転移を引き起こすことができる.高い結晶性を有する薄膜を用いた場合,それらの電気伝導性,光学特性,結晶構造に関する情報が得られ,電子状態を詳しく調べることが可能となる.筆者らは,バンド絶縁体,モット絶縁体,重い電子系金属,超伝導体を対象に,電気化学セル中で薄膜試料の電子状態を可逆的に制御する手法を確立した.この手法は,単一試料における精密な電気化学ドープを実現し,それによって変調された電子状態をその場で計測するための強力なツールになりうる.超伝導ドームや量子臨界現象の観測にも適用することが可能になりつつある.本稿では,これまでの研究で得られた成果を紹介し,本手法の有効性と適用範囲を明らかにしながら今後の可能性を展望する.
金属間化合物は特有の電子状態と表面規則構造を有するため新奇な触媒になりうる.三元系の金属間化合物群であるホイスラー合金(X2YZ)は,X,Y,Zの組み合わせが豊富なため高機能触媒が眠っていると期待され,また,元素置換の自由度が高いため触媒機能制御が可能と考えられる.触媒としては全く未知だった本合金の触媒機能について,金属学的に合成した粉末触媒を用いて研究してきた結果,アルキン選択水素化に優れる触媒を発見し,元素置換による触媒機能制御を達成した.また,触媒機能におけるX,Y,Zの役割や耐久性についての知見も蓄積してきた.さらに,触媒の実用的形態であるナノ粒子の合成にも成功した.
単層カーボンナノチューブの表面に窒化ホウ素ナノチューブやMoS2ナノチューブを化学気相成長することで,異種ナノチューブの同心複合構造であるヘテロナノチューブの創出が実現した.2次元物質におけるファンデルワールスヘテロ構造の研究が近年盛んであるが,本成果は擬1次元的なナノチューブにおいて同様の自在な物質設計の可能性を開くものであり,ナノチューブ構造に特有の新たな物性の発現やデバイス応用が期待される.本稿では,ヘテロナノチューブの合成と構造評価,およびその物性計測や応用について紹介する.
走査型プローブ顕微鏡は,原子分解能で物質の構造および電子状態の計測を可能とするだけでなく,探針を用いて原子や分子のマニピュレーションや表面構造の加工にも用いることはできる.また,一酸化炭素分子で終端したプローブ顕微鏡の探針を用いることで,表面に吸着させた単分子の構造を直接的に解析できる計測技術も開発された.この2つの先端計測技術を融合させることで,有機化学で合成した小分子を前駆体としたナノ物質のボトムアップ組み立てが可能となってきた.いわゆる,プローブ顕微鏡を用いた単分子レベルでの化学である“Local Probe Chemistry”の研究である.本稿では,急速に発展してきた本研究分野の最新の成果を中心に紹介する.
現代社会を支える電子機器に欠かせない半導体デバイスであるMOSFETのチャネル領域における電荷の流れやすさを表す物理量である「チャネル移動度」の評価手法を解説します.そして,精緻なデバイス物理が確立しているSiの知見に基づいて,新材料であるSiCを用いた素子のチャネル移動度を評価し,反転層における電子の散乱機構を解析した事例を紹介します.