微視的機械を稼働させる際の低摩擦条件を探索することは,省エネルギー問題の解決に不可欠な要請である.この問題にナノテクノロジーの観点からアプローチするため,グラフェンとフラーレンで形成されたカーボン界面のナノトライボロジーを摩擦力顕微鏡測定と分子力学シミュレーションを使って調べた.荷重,走査方向,フラーレンの配向角度,封入フラーレン種が,フラーレン/グラフェン界面(フラーレン分子ベアリング)やグラフェン/グラフェン界面のナノスケール摩擦に与える影響を議論する.例えばC60分子ベアリングの荷重を利用すると,超潤滑状態のON-OFFを制御するデバイスの開発につながることが期待される.またナノスケール摩擦の異方性は超潤滑説で説明できる.界面における蜂の巣格子の整合接触時に摩擦力は最大となるが,格子の不整合性が増加すると摩擦力は急激に減少する.
細胞用の注射針であるテーパー型ガラスキャピラリーに量子ビームを通過させるというマイクロビーム化においてMeVイオンは最も適したエネルギー領域である.水中飛程が1mmにも満たないこのイオンビームを,溶液中や大気中の任意の深さに置かれた試料に照射できることが最大の強みである.一方,keVイオンを中心に,出射イオン密度が増加すること(集束効果),偏向できること(ガイド効果),さらに,入射から出射まで数秒かかること(遅延通過)という興味深い通過特性も知られている.本稿ではkeV/MeVイオンの通過特性を整理し,現在進展中のMeVイオンマイクロビームの応用を報告する.
細胞が外部からの刺激に対して応答することは,古くから知られている.科学者は,さまざまな刺激を与えて細胞の運命を導き,人にとって有用な細胞を創り出してきた.iPS細胞の樹立によって加速したライフサイエンスの著しい進展を思えば,有用な細胞を創り出すことの重要性がお分かりいただけるだろう.近年,細胞に与える刺激として,物質の第4の状態であるプラズマを用いる研究が盛んである.プラズマとは,正と負の荷電粒子を含み,それら荷電粒子が熱運動をしている,電気的には中性な系のことをいう.プラズマ中では,さまざまな粒子が衝突する結果,反応性の高い化学種,荷電粒子,光が生成されている.これらの特徴は,細胞に対する化学的,電気的,光学的刺激として利用できる.我々は,iPS細胞をはじめとする,さまざまな細胞の運命を確実に導くことを目指し,細胞に直接プラズマ刺激を加えるマイクロデバイス「プラズマオンチップ」を開発した.ここでは,最新の研究事例を交えて紹介する.
イオンビームを用いた粒子線がん治療のより効果的な治療に向けて,放射線によるDNAなどの生体分子の損傷過程を原子レベルで解明する研究が進められている.本稿では,イオンビームによる水中での生体分子損傷について,分子周辺で起こる素反応の解明に向けた実験研究を紹介する.実験では,細胞を模擬するため,真空内液体分子線法および微小液滴法により作製した生体分子水溶液の標的にイオンビームを照射し,標的から放出した生体分子の分解イオンを質量分析することで,分子の切断箇所を特定した.ここでは,実験とシミュレーションの共同研究で明らかになった,高速イオンによる生体分子損傷の微視的描像を述べる.
太陽光発電の発電部分を担う太陽電池モジュールの発電性能評価の重要性が増している.本稿では,発電性能評価法の1つであるエレクトロルミネセンス(EL)法を屋外環境でも利用可能とする技術を紹介する.結晶Si太陽電池からのELを検出するイメージセンサの露光と注入電流の同期を行い,適切な光学バンドパスフィルタを用いることで,高照度環境下でもEL像取得が可能となる.また,EL強度による太陽電池特性の定量化として,開放電圧値の推定結果を紹介する.
脱炭素社会の実現に向けた次世代太陽電池の候補として期待されるペロブスカイト太陽電池とヘテロ接合結晶Si太陽電池から成るタンデム太陽電池は,変換効率30%の実現が目前に迫っており,(株)カネカにおいても29%に近い変換効率を達成している.本稿では,ペロブスカイト太陽電池とヘテロ接合結晶Si太陽電池から成る2端子タンデム構造におけるカネカの最新の研究成果の報告に加えて,光学シミュレーションによる解析を中心に,タンデム太陽電池の光閉じ込め技術に関して紹介を行う.更に,電流マッチングの制約により2端子タンデム構造では活用が難しい最高性能を有するペロブスカイト太陽電池と,カネカが結晶Si太陽電池における世界記録を有する裏面電極型ヘテロ接合結晶Si太陽電池との組み合わせを見据え,Topセルのバンドギャップを任意に選択することが可能である3端子タンデム構造に関しても紹介を行う.
光電子分光法は物質の電子状態を直接観測する実験手法です.特に,硬X線光電子分光法(Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy: HAXPES)を用いると,電子デバイスの内部を非破壊で化学結合状態の分析ができます.近年,光源や光電子分析器の開発の進展により,実験室でのHAXPES測定が可能になりました.本稿では,光電子分光法の基礎原理に加えて,Ga線源を用いた実験室系HAXPES装置を用いた深さ分解測定や,データサイエンスを用いた深さ分布の解析手法について紹介します.