強磁性体の磁化と回転運動が相互に交換する磁気回転効果は,磁性の起源を明らかにした物理学上最も重要な発見の1つである.しかし,ローターで実現できるkHz程度の回転が生み出す創発磁場は非常に小さく,その応用にはつながっていない.一方,固体表面を周期的な格子ひずみが伝搬する表面弾性波は,GHzオーダの超高速な格子点回転運動を内包するため,大きな磁気回転効果が期待されており,物質の磁化を制御する新たな手段として注目されている.本稿では,レイリー波と呼ばれる表面弾性波を用いた磁気の波(スピン波)の励起や,その反作用として現れるレイリー波の位相シフト現象について紹介する.さらに,格子回転運動の創発磁場が非磁性金属の電子スピン状態を非平衡化し,磁気の流れ(スピン流)を生み出すことや,その大きさがレイリー波の周波数に対して強い非線形性を示すことについても説明する.
500W/cm2の発熱密度にも達するとされる次世代パワー半導体の冷却を実現するために,高熱流束に対応した沸騰促進技術および沸騰促進体を我々は開発した.開発した沸騰促進体は,伝熱面にロータス金属を利用し,その微細一方向性気孔を介したブリージング効果により,冷媒供給,沸騰および蒸気排出のいずれをも促進する.ターゲットとする車載用にとどまらず,サーバなどでも冷却器としての実用化が進んでいる.本稿では,ロータス型ポーラス金属を利用した沸騰冷却技術に関する原理や応用製品について紹介する.
トポロジカル物質で生じる巨大な磁気応答現象や磁気熱電変換現象の応用展開が期待されている.トポロジカル磁性体Fe3Sn2結晶が特筆すべき性質を有することから,筆者らは,より汎用(はんよう)的なアモルファス状態のFe0.6Sn0.4合金薄膜を用いるホール素子の応用展開を目論(もくろ)んで研究を進めている.この素子は,安価かつ環境調和性に優れる元素で構成されるだけでなく,素子単体での高い温度安定性や薄膜の機械的柔軟性を生かした新しいアプリケーションを提供できる可能性もある.さらに,ホール効果に加えて磁性体特有の磁気抵抗効果の同時計測も可能なため,平面型の単一素子で3次元磁場ベクトルを検出することに適用できる.本稿では,各種の薄膜磁気センサの動作原理を概説した後,Fe-Snアモルファス薄膜の合成方法と基本的性質,更にはその薄膜を用いた十字型ホール素子と平面型3次元磁場センサの原理と動作特性について紹介する.
ワイドバンドギャップ酸化物半導体である酸化ニッケル(NiO)は,p型伝導性を示し,ドーピングによって絶縁体から金属的振る舞いまで変化させることが可能で,価電子帯上端と伝導帯下端のエネルギー位置が高いために正孔輸送層や電子ブロック層に応用できるなど,他の酸化物半導体では実現できない特性を有する機能性材料である.この特徴を生かし,n型ZnOなどとで構成されるNiO/ZnO可視光透過型太陽電池は,紫外線のみを吸収し発電する太陽電池・紫外線センサとして応用が期待される.また,透明な太陽電池で生み出したエネルギーを中心として,透明なセンサ・トランジスタなどと組み合わせることで,IoT向けエネルギーハーベストデバイスの実現も期待できる.本稿では,工業化が容易なRFマグネトロンスパッタ法にて堆積したNiOの諸特性,NiOを用いた各種「可視光透過型デバイス」,更には,放射線耐性などIoTデバイスとしての強固さについて,筆者らの研究成果を紹介する.
簡便な溶液プロセスで高品質の結晶が作製できるハライドペロブスカイトは,新しい半導体材料として注目を集め,その光物性やスピン物性などが活発に研究されている.ハライドペロブスカイトは,バンドギャップ内に局在準位が形成されず透明性の高い光学材料としての活用も期待され,非線形光学応答を含めた光物性の研究も盛んになりつつある.本稿では,非線形レーザー光学計測によるペロブスカイト半導体の光物性に関する我々の研究を紹介し,ペロブスカイトの電子構造や光機能について簡単に議論する.
リチウムイオン2次電池のさらなる高性能化を目指して,精力的な研究が数多く行われている.従来の正極材料は,材料の結晶構造を保ったままLiイオンのみが脱離挿入するため,優れた充放電サイクル特性を示す.一方で,高エネルギー密度を示すリチウム過剰系正極は,Liと遷移金属が連動することで生成される低結晶構造にて,多量のLiイオンの脱離挿入を達成していた.本稿では局所構造から平均構造まで解析可能なPair Distribution Functionを用いた構造解析より,リチウム過剰系正極の充電時にLi欠損層を支持するピラー金属イオンの移動に伴う結晶構造変化によって生成する低結晶構造の存在を明らかにした研究例を紹介する.
表面分析法は,深さ方向に原子層からマイクロメートルレベルの広いダイナミックレンジを持つ試料表層において,試料の組織や化学組成などを分析する手法である.そのため表面分析は,分析の際の試料処理やデータ解析における分析者の知識と熟練の経験を要し,計測分野の中でもデータ解析の自動化が特に困難な技術の1つとなっています.この困難さを克服してデータ解析の自動化を行うには,熟練の分析者の暗黙知となっている経験をデータ駆動型のアプローチによって明らかにすることが重要となります.本稿では,表面分析法の1つとしてX線光電子分光を対象としたデータ駆動型のアプローチによるデータ解析の自動化の実例を紹介します.