哲学
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1958 巻, 8 号
選択された号の論文の11件中1~11を表示しています
  • 隈元 忠敬
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 1-8
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
    批判哲学の本来の意味において、即ち「人間理性の可能と限界とを確定する」という意味においては、直観的悟性乃至知的直観はこの限界の外に在るものとして単に消極的な意味において、即ち全く不可知的なもの、問題的なものとして想定せられるに過ぎぬと考えられるのが普通である。然しカント自身言う如く、理性の限界を問題にすることは既にその外への展望を有して初めて可能であるとするならば、人間理性を有限として考えること自体が直ちに無限なるものを予想していると言わねばならぬ。有限性は無限性と相即しなくてはならぬ。批判哲学が有限の立場であるということは反面において直ちに無限に連ることを意味するであろう。この意味で直観的悟性乃至知的直観は、批判哲学の「不可避的」な予想であり、否根抵であると言わねばならぬ。私は直観的悟性のかくの如き意義を批判哲学の体系的解釈と関連して明らかにしたいと思う。
  • 榎木 益栄
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 9-18
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2010/01/20
    ジャーナル フリー
  • 川久保 勘三郎
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 19-28
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
  • 「法哲学」の市民社会論にあらわれた Stand の意義について
    山下 太郎
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 29-38
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2010/01/20
    ジャーナル フリー
  • キェルケゴールをめぐって
    安本 行雄
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 39-48
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
  • 馬場 喜之
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 49-57
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
    今日ヤスパース解釈は殆んど例外なく一義的である.ヤスパースの哲学的思惟をカント以来アポリアとなった形而上学の可能性について一つの解答を与えるものとする者も、ヤスパース哲学をもって己に破砕されたブルジョワ的個人主義の意識的反映に他ならぬとする者も、ヤスパースの哲学的活動の首尾一貫性を自明のこととして前提した上での批評である点では共通している.曰く「ヤスパース哲学は独自の哲学体系を築かうとする意志をもつのでなく、哲学の固有な根本意義を反省しようとするものである.」又「人間の実存の深淵を開明し、自己存在の超越者への飛躍を準備するものである」、或いは「存在の廃墟に実存の充実を対置させるものである (がそれ以上の積極的な主張を持たぬ) などなど.
    この何れの観点からのにせよ一義的である解釈は、その一義的である故にまさにその限りでの承認しうるものをもっている.しかしまたそれらはヤスパースと同調するにせよ対立するにせよ、同時代性という根において事実上多義的な連関をもっている事態を見落した解釈であるせまさを内包しているのである.
    われわれは先ずヤスパースについてのこうした一義的な解釈に反対する.それはヤスパースを「わがものとする」途ではありえない故に.またそれは、同じことであるか, 哲学的ジャンルの多様性を抹殺してしまうものであるが故に.
    (1) ヤスパース肯定者は多かれ少かれ、このことを中心とした解釈を展開している.
    (2) マルクス主義からの批判、ルカーチ等.
  • 岩崎 允胤
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 58-69
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
    均衡は哲学的カテゴリーであるから、その内容を普遍的に把握するとともに、真理性の限界を正しく認識せねばならぬ.たとえば、力学的概念を一般化したり、これを絶対化してはならない.あとで述べるように, わたくしは、均衡は、客観的だが、相対的で、物質の弁証法的運動の一契機である.という見方が、基本的に正しいと考える.だが、均衡概念は、しばしば、これとは異った見方によって使われている.たとえば、ワルラス、パレートに始まる一般均衡理論の場合で、わが国においては、中山、東畑、高田氏らによってつとに導入され、経済学の一派を形成しているものである.他方、均衡概念は、かつて、マルクス主義の修正という形で、ボグダーノブ、とくにブハーリンによって援用された.わたくしは、これらの理論における均衡概念を検討し、両理論の連関も考えてみたい.その検討の結果、いずれの均衡論においても、力学的概念の一般化と、絶対化がおこなわれていることが明らかとなり、マッハ主義との結び付きも示されるだろう.さいごに、均衡概念をどのように把握するのが正しいか、について簡単にでも考察してみよう.
  • ルネサンス哲学研究を中心として
    清水 純一
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 70-76
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
    今日のイタリアにおける哲学研究発達の有様を省みると、明治維新以後の我が国のそれと似通ったところがある.イタリアは、ルネサンス以来、諸外国勢力の干渉によって分裂をつづけてきたために、近代国家としては他のヨーロッパ列強に立遅れることとなった.イタリア国家の独立統一が事実上成立したのは、一八七〇年 (明治三年) のことなので、このおくれを取戻すためには、まず先進北欧諸国の文明文化を輸入することから始めなければならなかった.そしてイタリア哲学界に真先にはいってきたものが、当時の世界に君臨していたドイツ哲学であったことはいう迄もない.戦前のイタリアの代表的思想家といえば、ジェンティーレ (G.Gentile) とクローチェ (B. Croce) をあげるのが普通であるが、この二人もまたヘーゲル右派と左派とも呼ばれるように、ドイツ観念論の影響を多分にうけている.つまり戦前のイタリア哲学界の主流をしめていたものはドイツ観念論の研究であり、指導的学者もまたその研究家に多かったので、現代イタリアの哲学はドイツ哲学の輸入から出発したといっても過言ではない.また、戦前から戦中にかけては、周知のようなファッショ政権の国粋主義的傾向によって、ファシズムの理論的裏づけと同時にイタリア思想の研究が積極的に支援助長された.さらに戦後思想の発展についても、敗戦後の我が国の思想界が帝国主義への反省から出発したように、イタリアでもまたファシズムへの批判がその出発点となったところへ、マルクシズムや実存主義やプラグマティズムといった諸思想が洪水のように流れこみ溢れでて、諸観念の混沌時代を現出したのである.
    このように我が国とイタリアとの間には類似性があるけれども、イタリアの哲学がまた独自の足どりをもって前進したことはいうまでもない.まずその哲学を生み出しているイタリアの社会的地盤、その長い輝かしい歴史と伝統はイタリア民族の意識と思想を強固に規制している.古代ローマ文化の時性としてよく引合に出される現実的性格は、今日までイタリア民族の底を一貫して流れているものである.この現実的性格は目前に現われたものを貧欲に吸収しようとして多面的となる.たとえばいわゆるルネサンスの万能天才レオナルドのディレッタンティズムはその典型といえる.その点ではイタリアに輸入されたドイツ観念論が果してどれだけ血肉化したかは問題で、さまざまのイタリア的消化をせねばならなかったのであって、むしろおくれてはいってきたコントの実証主義の方がやすやすと受け入れられたという見方もされるのである.学者の研究活動も一般に多面的で、学究生活と社会生活の結びつきが密接なため、我が国のように専門化が徹底せず、いいかえれば哲学と市民生活或は社会実践との境界線はより複雑である.こうした性特はまた何よりもイタリアの歴史のうちに最もよくあらわれているので、自己の歴史伝統の尊重がイタリア哲学の特性ともなってくるのである.したがってイタリア思想史の研究は、ファシズム時代にぱっと燃えおちた花火線香のような一時的現象ではなく、戦後の今日も性格こそ異ってはいるものの依然として続けられ、しかもかえって隆盛になって今日のイタリア哲学研究の一特色とまでなりつつある現状である.上の如き一般的特性を背景に思い浮べながら、第一に時代思潮の流れからみたイタリア哲学界の現況及び傾向を素描し、第二にルネサンス哲学の研究状況を紹介することによってあわせてその特性の一半をうかがうよすがとしたい.
  • 寺沢 恒信
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 77-83
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
    ソ同盟では一九五〇-五二年に、形式論理学の評価をめぐって一大論争がおこなわれた.この討論は、五一年末から五二年はじめごろに一応総括された.この時期の討論については、すでに『思想』 (一九五二年第六号) に、粟田賢三氏のすぐれた紹介がある.また、『哲学の諸問題』誌の五一年第六号に発表された「論理学の諸問題の討議の総括によせて」 (無署名論文) は、ヴィノグラードブ、クジミン著・西牟田・野村共訳『論理学入門』 (青木文庫版、一九五五年) の付録として翻訳されている.
  • 柿原 篤弥
    1958 年 1958 巻 8 号 p. 84-91
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
  • 桂 寿一
    1958 年 1958 巻 8 号 p. Preface1
    発行日: 1958/03/31
    公開日: 2009/07/23
    ジャーナル フリー
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