タイ王朝はアユタヤ王朝(1351-1767)とバンコク王朝(1782-現在)よりなる.文化や海外との交流といった特徴はこの二つの王朝で大きく異なる.タイのほとんどの歴史的な壁画は寺院の中に描かれてきており,そのテーマのほとんどが宗教や人々の風俗習慣,そしてその時代の王様の隆盛を描いたものである.前報においてはタイ各王朝期の壁画の代表色を調べ,色使いの特徴を西洋の絵画と比較することで確認した.さらにこれらの絵画の配色の印象を,カラーイメージスケールを用いて求めた.本研究はタイ壁画の遠近感表現技法について調べたもので,近景,中景,遠景の明度,クロマ,コントラストの差から大気遠近法の使用についての情報を取得し,また,描かれている対象物(人物に限定)の大きさの画家からの距離依存性から線透視図法の使用についての情報を取得し,これらの技法を巧みに利用していることが知られているルネサンス,バロックの絵画の情報と比較して議論した.その結果,ルネサンスやバロックのような明瞭な線透視図法はRama 4世時代のKhrua In Khongの壁画でのみ用いられており,他の王朝の壁画では見出すことができない.鳥瞰図法を導入したRama 3世時代本堂の壁画では,明瞭な線透視図法を導入したルネサンス時代の絵画に比較しても強い遠近感を与えている.Rama 3世時代のWat Borvornnivet本堂の壁画と,Rama 9世時代の壁画では,アジアの絵画特有の高低の効果により,Rama 4世時代の壁画と比較し,強い遠近感をもたらしている.一方,大気遠近法の導入がRama 3世時代の回廊およびRama 4世時代の円柱壁画に見出された.
抄録全体を表示