色素増感太陽電池(DSSC)の変換効率の向上には分光感度波長量域の拡張が重要である.本研究では,1000 nmを超える広帯域光電変換が可能なホスフィン配位Ru増感色素(DX1-3)を開発した.これらの色素は基底一重項状態から励起三重項状態へのスピン反転励起を近赤外領域で示す.中でもDX3を用いたDSSCは400–880 nmの領域で80%以上の量子効率を示し,30 mAcm–2に及ぶ光電流を実現した.この結果は,従来のDSSCの中でもっとも高い値である.また,従来のDSSCでは近赤外領域に感度のある増感色素の実現が難しかったためタンデムセルへの応用が困難であったが,このような広帯域DSSCはタンデムセルのボトムセルにも適している.本研究では,DX3を用いたDSSCと有機金属ハライドペロブスカイトを用いた固体型ハイブリッドセルとのタンデムセルを作製し,16%以上の変換効率を実現した.
近年,熱活性化遅延蛍光(TADF: Thermally Activated Delayed Fluorescence)過程を有機EL素子の発光材料として利用す ることで,内部量子効率100%に達する高効率有機EL素子が実現され,非常に大きな注目を集めている.本研究では,TADF過程を利用した新たな発光機構として,TADF分子をドナー,蛍光分子をアクセプターとすることで,電流励起によりTADF分子上で生成した全ての励起子を蛍光分子へとエネルギー移動させることを提案し,従来の蛍光材料を発光中心とする有機EL素子においても,リン光素子,TADF素子と同様に理論限界に達する内部量子効率が実現可能であること,さらに,その有機EL素子耐久性も大幅に改善することを明らかとした.
共役高分子は,有機太陽電池などのオプトエレクトロニクスを担う基幹材料として注目を集めている.光励起により,共役高分子では一重項励起子がまず生成するが,無機半導体では電荷キャリアが生成する.共役高分子に生成した一重項励起子はクーロン引力により束縛された電子―正孔対であるので,それ自身では光電流に寄与することはできない.電荷キャリアに変換するには,ドナー・アクセプター界面などのヘテロ接合界面にまで励起子が拡散する必要がある.したがって,共役高分子の励起子ダイナミクスや拡散長を正確に評価することが極めて重要である.興味深いことに,ある条件のもとでは,一重項励起子は二つの三重項励起子に分裂することがある.この多重励起子生成は一重項分裂と呼ばれ,太陽電池の量子効率を200%にまで向上する可能性を秘めているので,近年注目を集めている.本解説記事では,一重項励起子の拡散ダイナミクスや一重項励起子から二つの三重項励起子へ分裂する多重励起子生成ダイナミクスについて,高速過渡吸収分光法により探究した研究を紹介する.
写真乳剤性能を画期的に向上させた金増感の発明と写真産業における利用の歴史を概観する.1936年ドイツのAgfa社は金増感技術を発明し高性能商品で業界をリードしたが技術を機密に保った.少数の他社は自力で追従できたが多くは,戦後の技術開示(PBレポート)を待たねばならなかった.このようにして業界に普及した金増感技術は写真感光材料の撮影能力を大きく向上し,全写真システムの前進を促した.PBレポートの技術情報の上に構築した新しい自社技術基盤を発展させて,それを土台にして日本の写真フィルムメーカは世界企業に伸張した.
従来,ハロゲン化銀粒子のイオン伝導度測定に,誘電損失法及びMaxwell-Wagner理論が用いられてきた.本報告では誘電損失法を2重構造粒子に拡張するため,Ir3+ イオンドープによりイオン伝導度の異なる核部と殻部を有する2種類の臭化銀立方体粒子を作製し,その誘電損失応答を測定した.結果の解析に,マイクロカプセルや細胞等の系に用いられてきたPauly-Schwan/Hanai理論を適用した.実験結果と計算結果は良い一致を示し,空間電荷層と化学ポテンシャルに関する考察から,核部と殻部との界面に急峻な内部電界が形成されうることを推定した.