目的: 市中獲得MRSA (Community-associated MRSA;CA-MRSA) の蔓延が, 世界的な問題となっている. 中でも米国やヨーロッパ諸国で分離されるCA-MRSAは, その病原性の強さに深く関連していると推測されている毒素Panton-Valentine leukocidin (PVL) をコードするプロファージを, ゲノム上に持つ場合が多い. 本研究ではMRSA感染症の治療に用いられる各種抗菌薬が, PVLファージの誘発およびPVL産生に及ぼす影響を検討した.
対象: MW2U1株および世界の代表的なPVL陽性臨床分離株6株を使用した. MW2U1株は米国における市中獲得MRSAの代表株の一つであるMW2から, 他のプロファージが脱落した, PVLファージ (φSa2mw) のみを持つ株であり, PVLファージの誘発に対する抗菌薬の作用を検討するのに適している.
方法: 供試菌株の各種抗菌薬に対する最小発育阻止濃度 (MIC) をMacrobroth Dilution法にて測定すると同時に, MIC判定後の菌液を遠心し, その上清をメンブレンフィルター (0.45μ) で濾過し, 溶液中のファージの数, およびPVL産生量を測定した.
結果: MW2U1株においてSubMIC (MIC値よりも一段階低い, 菌が生育できる薬剤の最高濃度) の抗菌薬が存在する場合と, 薬剤無添加の場合とを比較した場合, 抗菌薬の系統ごとに特徴的な効果が見られた. (1) DNA合成阻害剤 (mitomycin Cおよびキノロン系薬) の場合はファージ数, PVL産生量ともに増大した. (2) タンパク合成阻害剤 (linezolidおよびtetracycline等) の場合は, ファージ数, PVL産生量ともに減少した. (3) 細胞壁合成阻害剤 (β-ラクタム系薬, vancomycin, teicoplanin) の場合, ファージ数は増加したが, PVL産生量はむしろ減少した. (4) 葉酸合成阻害薬であるtrimethoprimの場合, ファージ数は細胞壁合成阻害剤の場合よりもやや増加した. 臨床分離株では, キノロン系薬norfloxacinでは多くの場合MW2U1同様にファージ数が増加したが, PVL産生量の増加は6株中1株のみに見られた. 一方, いずれの株においても, linezolidの場合, ファージ数, PVL産生量ともに減少した.
結論: キノロン系薬norfloxacinなど, いくつかの抗菌薬は, PVLファージを誘発し, 特定の菌株については, PVL毒素産生量も増加させる. しかし, PVL産生量の増加の程度は菌株間で相違がみられた. 一方linezolidはPVLファージ誘発およびPVL産生を抑制することから, PVL陽性MRSA感染症の治療に用いた場合に, 菌の増殖を押さえるのみでなく, 菌の病原性を低下させることが推測された.
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