霊長類研究 Supplement
第30回日本霊長類学会大会
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特別シンポジウム
  • 山極 寿一, 伊谷 原一, 松沢 哲郎
    原稿種別: 特別シンポジウム
    p. 10-11
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    日時 7月6日 9:30-11:30
    場所 大阪科学技術センター8階大ホール

    この4月から(財)日本モンキーセンター(JMC: Japan Monkey Center)は公益財団法人として再出発しました。同時にその運営に京都大学が大きく関わることになりました。本シンポジウムでは、その改組の内容を説明し、今後JMCの霊長類学に果たすべき役割、とくに世界初の霊長類学の学術誌として発刊され、現在も世界をリードしているPrimatesの在り方について議論したいと思います。
    JMCは1956年に日本で最初の霊長類学の研究機関として愛知県の犬山市に設立され、翌年には学術誌Primatesを創刊、博物館、世界サル類動物園を増設しながら霊長類と霊長類学の普及に大きく貢献してきました。京都大学と名古屋鉄道が手を取り合ってできた産学協同の先駆けとも言うべき民間の財団であり、文部省所轄の博物館として出発しました。日本で唯一の博物館登録をされている動物園でもあります。
    日本霊長類学会が1985年に設立されるまで、JMCは毎年プリマーテス研究会を開催して霊長類学を志す人々の集いを促し、普及誌モンキーを発行して一般の人々に霊長類と霊長類学をわかりやすく解説してきました。それらの活動は学界のみならず、日本の社会にも大きな影響を与えたと思います。1960年代から京都大学の自然人類学教室、霊長類研究所、筑波大学の霊長類センター、大阪大学の人間科学研究科などが次々に設立され、下北、白山、志賀高原、金華山、屋久島などニホンザルの自然生息地に研究と保全活動を継続して実施する人々が集うようになりました。1970年代には全国37カ所にニホンザルの野猿公苑が開設され、多くの一般の人々がニホンザルの観察を楽しむようになりました。
    また、JMCは海外の霊長類にも目を向け、1958年に類人猿調査隊をアフリカとアジアに派遣して世界の霊長類のフィールド研究の先鞭をつけるとともに、モンキー誌に世界各地で実施されている霊長類研究を紹介してきました。以来、日本の霊長類学者によって多くの霊長類生息地で長期にわたる調査が行われ、それらの活動記録はモンキー誌に紹介され、JMCに展示され、研究成果はいち早く英語論文としてPrimatesに掲載されてきました。
    ただ、この半世紀を振り返ってみると、霊長類を取り巻く自然や社会、学界の動向は大きく様変わりしました。かつて野生ではめったに姿を現さなかったニホンザルが、日本各地どこでも見られるようになったばかりか、人里や畑地に侵入して作物を荒らし、毎年多くのサルが害獣として個体数調整の対象になっています。動物園の数が増えて、ニホンザル以外の霊長類が比較的簡単に見られるようになりました。霊長類学関連の本も多く刊行されています。海外でも日本人以外の霊長類研究者が多岐にわたる研究を展開し、多数の種の多様な生活の様子が写真やビデオで紹介されるようになりました。先進国ばかりでなく、霊長類の生息国である発展途上国で霊長類研究者が育ち、絶滅に瀕している霊長類を保全する取り組みが国際協力によって実施されるようになりました。数々の動物園や実験施設で飼育下の霊長類の研究が進み、心や体の仕組みが詳しくわかってきました。分析技術や分析装置が急速に改良され、これまで不明だった多くのことがDNA試料などを用いて明らかになっています。霊長類学の国際誌も増え、電子ジャーナル化されてインターネットですぐにダウンロードできる仕組みも普及しています。
    こうした変化に応じて、JMCの役割や活動の内容も新しく組み直さなければならないと思います。今回の改組は初心に戻ってJMCの存在意義を考え、世界に再挑戦しようという意図に基づいています。そこで、長年深い関係をもつ日本霊長類学会の会員の方々から、今後のJMCに望む意見をお聞きし、JMCの将来と国際誌PRIMATESの発展を期したいと思います。

    プログラム

    09:30-10:00 財団法人日本モンキーセンターの歩みと公益財団法人の改組
    山極寿一(JMC博物館長)
    10:00-10:30 新しいモンキーセンターとしての動物園構想
    伊谷原一(JMC動物園長)
    10:30-11:30 討論
    コメンテータ:川本芳(京都大・霊長研)、小林秀司(岡山理科大)、中村美知夫(京都大・野生動物)、友永雅己(京都大・霊長研)
自由集会
  • 竹ノ下 祐二
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: Round Table 1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    日時 2014年7月4日(金) 12:00-14:30
    場所 大阪大学大学院人間科学研究科本館第51講義室

    日本霊長類学会(PSJ)では,飼育下の霊長類の管理と利用に関するガイドラインとして1986年に「ヒト以外の霊長類を用いる動物実験のための基本原則」を策定し,さらに昨年,それを今日的な考え方と現在の諸制度に合わせて大幅な改訂し「飼育下にある霊長類の管理と実験使用に関する基本原則」を策定,公開しました(「霊長類研究」29(2): 45-53, 2013)。
    一方,霊長類の野外研究に関するガイドラインはこれまで策定されていません。しかし,野外研究の実施にあたってもさまざまな倫理的課題が存在することは明らかです。そこで,保全・福祉委員会ではPSJ版の野外研究ガイドラインを策定する準備を進めています。また,時を同じくして,国際霊長類学会(IPS),米国霊長類学会(ASP)でも野外研究のガイドラインを作成する動きがあり,早ければ今夏にハノイで開催される第25回IPS大会で公表,承認される予定になっています。こうした状況を踏まえ,本自由集会では,霊長類の野外研究の実施にあたり,どのような倫理的課題があるのか,それにはどう対処すればよいのか,話題提供を踏まえて議論し,PSJ版野外調査ガイドラインの方向性を考えたいと思います。

    予定プログラム
    趣旨説明     竹ノ下祐二(中部学院大・子ども)
    話題提供
    1)対象種へのストレスや病気に関する配慮     藤田志歩(鹿児島大・獣医)
    2)野外調査が対象種の社会や生態系に及ぼす影響     座馬耕一郎(京都大・ASAFAS, WRC)
    3)捕獲や生体試料の収集における注意点     川本芳(京都大・霊長研)
    4)「地域住民」やステークホルダーへの配慮     中村美知夫(京都大・WRC)
    5)猿害調査,個体群管理のための調査における研究倫理  森光由樹(兵庫県立大)
    コメント
    1)野生生物保全の立場から     岡安直比(WWFジャパン)
    2)ローカルガバナンスの観点から     阿部健一(地球研)
    総合討論 ガイドライン策定にむけた論点整理と方向付け

    主催 日本霊長類学会保全・福祉委員会
    責任者 竹ノ下祐二(中部学院大・子ども)
    連絡先 〒504-0837 岐阜県各務原市那加甥田町30-1 中部学院大学子ども学部 竹ノ下祐二
    電話:058-375-3625(研究室)または3600(事務室)、電子メール:yujitake@chubu-gu.ac.jp
  • 中道 正之, 山田 一憲, 中川 尚史
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: Round Table 2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    日時 2014年7月4日(金) 14:30-16:00
    場所 大阪大学大学院人間科学研究科本館第51講義室

    野生ニホンザルの行動研究が開始されて半世紀以上も経過する今日においても,ニホンザルを観察していると珍しいと思う行動を目にすることがある。これらの行動は繰り返し記録できることでもないし,定量的に示すことが難しいことの方が多いので、学会で発表したり、学術論文として公刊したりすることもできず、個々の研究者の観察ノートや記憶の中にとどまっているだけのことが多いはずである。しかし、これらの行動も実際に野外で暮らしているニホンザルが示したものであり,ニホンザルの理解に役立つはずである。私たちはこのような行動を「稀な行動」として記録すること,そして,その情報を多くの研究者の間で交換・集約することの重要性を指摘し(中道・山田・中川,2009;中川・中道・山田,2011)、メーリングリストを立ち上げ、「稀な行動」の情報共有を行ってきた。
    本自由集会では、「ニホンザルの稀な行動」を英文の書物としてまとめることを具体的な目標に設定して行う。中道ら(2009)は、稀な行動を次の3つに分類している。(1)行動そのものは一般的なものであるが,観察することが極めて難しい行動である(出産など)。(2)行動の生起が少なく,そのために観察事例も限られている行動(脊椎動物食など)。(3)ある集団では見られるが,他の集団では見られない行動(「石遊び」など)。これらのカテゴリーに該当するような行動を論文として英文で記述し1冊の英文論文集として本にまとめることを目指している。すでに学術論文として日本語で発表している場合でも英文で書いていただき、英語圏の研究者に「ニホンザルの稀な行動」を知ってもらう機会にしたいと考えている。上述のカテゴリーに入ると思われる種々の稀な行動をまとめた総説的な論文もこの本の中に含めたいと考えている。
    この抄録を見て話題提供を希望される方は、下記の連絡先まで事前にご一報いただければ幸いである。

    責任者:中道正之(大阪大学・人間科)・山田一憲(大阪大学・人間科)・中川尚史(京都大・理)
    連絡先 〒565-0871 吹田市山田丘1-2 大阪大学大学院人間科学研究科 比較行動学研究分野 中道正之 E-mail: naka@hus.osaka-u.ac.jp
  • 河村 正二
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: Round Table 3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    日時 2014年7月4日(金) 16:00-18:30
    場所 大阪大学大学院人間科学研究科本館第51講義室

    東日本大震災による福島第一原子力発電所事故から3年4か月を経過しましたが、特に放射線被曝の問題は今も人々の生活に深刻な影響を及ぼしています。この間日本霊長類学会では野生ニホンザルを主要な関心として、他の動物、生態系、サルと地域住民との関係など様々な側面への影響に注視し、2012年に日本野生動物医学会、日本哺乳類学会、野生生物保護学会と合同して公開シンポジウムを、同年の大会では自由集会を、また、2013年の日本哺乳類学会との合同大会ではミニシンポジウムを開催しました。また、金華山の調査施設修理、宮城県と福島県の野生ニホンザルの放射性物質による汚染状況の調査に助成を行ってきました。今回は、このような学会活動の効果を評価し、あり方を再検討したいと思います。また、前2回の集会でも話題提供いただいた日本獣医生命科学大学の研究グループから近江俊徳教授に、そして今回初めて東北大学加齢医学研究所の福本学教授とGeorgetown University, School of MedicineのTomoko Y. Steen博士に話題提供していただきます。総合討論では学会から今後の諸研究活動にどのような協力が可能かも検討します。

    プログラム

    趣旨説明 河村正二(東京大・新領域)
    話題提供
    1)震災後の宮城県金華山島での調査活動
        杉浦秀樹(京都大 野生動物研究センター)
    2)宮城県に生息する野生ニホンザルの放射能汚染に関する調査
        宇野壮春(東北野生動物保護管理センター)
    3)震災から3年が経過した福島県相双地域の放射性物質汚染に起因する現状報告
        今野文治(新ふくしま農業協同組合 営農部 農業振興対策室 鳥獣害対策センター)
    4)福島原発旧警戒区域内の家畜とニホンザル体内における放射性物質の分布
        福本学(東北大学 加齢医学研究所)
    5)福島第一原子力発電所事故による放射性物質の放出がニホンザルに与えた影響~3年間の研究成果と今後の課題~
        近江俊徳(日本獣医生命科学大学獣医学部獣医保健看護学科基礎部門)
    6)Autoimmune effects on primates through the direct and environmental ionizing radiation exposures(講演・質疑は日本語)
        Tomoko Y. Steen(Georgetown University, School of Medicine)
    総合討論

    主催 日本霊長類学会保全・福祉委員会
    責任者 河村正二(東京大・新領域)
    連絡先 〒277-8562 千葉県柏市柏の葉5-1-5 東京大学・新領域・生命棟502
    電話:04-7136-3683、FAX:04-7136-3692、・電子メール:kawamura@k.u-tokyo.ac.jp
公開シンポジウム
  • 友永 雅己
    原稿種別: 公開シンポジウム
    セッションID: Open Symposium
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    電子付録
    日時:2014年7月6日(日)13:00~16:30
    場所:大阪科学技術センター8階大ホール

    「老化」は現代社会の抱える大きな問題の一つである。個体としての身体的、精神的な意味での加齢変化というだけでなく、社会全体としても、喫緊の課題として取り上げられることも多い。しかしながら、そうした指摘にもかかわらず、アルツハイマー病や独居老人問題といった個別のニュースを耳にすることや、家族など身近な存在と接する場合などはあっても、社会全体として老化や高齢化を実感し、どのように向き合っていくべきかについての議論はなされてきていない。これは政治や福祉における実践的な対処といったことを意味するのではなく、社会あるいは個人の心の持ち方についての問題であるともいえる。
    一方、霊長類学は、人類の進化過程について、霊長類をモデルとして、形態、行動、心理、社会など、様々な側面から解明することを一義的な目的としている。その中で、老化については、野生動物では繁殖能力を喪失する年齢に達した個体は生存価値を失うという原則論や野生状態で高齢個体を観察する事例が少なかったことから、人間社会の抱える老化の問題について霊長類学の立場から検証することは困難であった。しかし、近年、飼育下や餌付け群、あるいは野生のチンパンジー集団などで、霊長類の高齢個体を対象とした研究が報告されている。
    こうしたことから、本シンポジウムでは、人間の老化における心理、行動、社会性などの特性についての話題提供をもとにして、霊長類の老化研究におけるそれぞれの知見から議論を深めていきたい。さらに、進化心理学や文化人類学の専門家にも議論に加わっていただき、老化が、進化や社会的発達において、人間社会に受け入れられ、必要とされていった過程や意義を考えていきたい。

    講演プログラム
    司会:友永雅己(京都大学霊長類研究所)
    講演(話題提供)
    13:05~13:35「超高齢社会における望ましい老いの姿とは」
    権藤恭之(大阪大学人間科学研究科)
    13:35~14:05「霊長類特有の加齢性病変 -霊長類が背負った老化の代償-」
    中村紳一朗(滋賀医科大学動物生命科学研究センター)
    14:05~14:15 休憩
    14:15~14:45「老化によって失われるものと現れてくること -老齢ザルとヒト高齢者の認知研究から-」
    久保南海子(愛知淑徳大学心理学部)
    14:45~15:15「野生チンパンジーの桃源郷? -ギニア・ボッソウ集団で観察された長寿現象とその要因について-」
    山越言(京都大学アフリカ地域研究資料センター)
    15:15~16:30 総合討論
    ディスカッサント
    小田亮(名古屋工業大学工学研究科)
    加賀谷真梨(国立民族学博物館)
口頭発表
  • 盛 恵理子, 島田 将喜
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    日本の伝統芸能猿回し(猿舞師)では、サルは調教師であるヒトの指示を聞き、観衆の面前で様々な芸をすることができる。しかしサルは芸が初めからできるわけではない。では、「芸ができるようになる」とはどのようなプロセスなのだろうか。エリコ(第一著者)は調教師として茨城県の動物レジャー施設、東筑波ユートピアにおいて、餌を報酬としたオペラント条件付けによる芸の調教を行っている。アカネと名付けられたニホンザル(4歳♀)に、今までやったことのない芸「ケーレイ」を覚えさせるべく調教を行ったアカネはすでに「二足立ち」、「手を出すと前肢をのせる」などができていた。7日間(1日20分間)の調教を行い、その全てをビデオカメラに記録した。動画解析ソフトELANを用いアカネとエリコのパフォーマンスを、ジェスチャー論の枠組みを援用し、コマ単位で分析した(坊農・高橋 2009; Kendon 2004; McNeill 2005)。ストローク長(右手がアカネの場合右背側部、エリコの場合右大腿部で静止してから額に付き静止するまでの動作時間)と、開始・終了同調(エリコのパフォーマンス開始・終了コマに対する、アカネのパフォーマンスの遅れ)の調教日ごとの平均値・標準偏差を算出した。アカネ・エリコ双方において、ストローク長の標準偏差は後半になるにつれ小さくなっていき、平均値は最初と最後でほとんど変化が見られなかった。開始・修了同調は、後半で平均値は0に近づき、標準偏差は減少した。古典的モデルによればエリコは「情報」を教える側であり、芸ができるのでばらつきは最初から小さいと予想されたが、予想とは逆に、エリコもアカネの変化に合わせて自分のパフォーマンスを変化させていたことが示唆される。調教とはサルとヒトの双方が状況と互いに他のパフォーマンスに応じて自分のパフォーマンスを調整し同調させてゆくプロセスのことであり、芸を完成させていく異種間相互行為であると考えられる。
  • 平井 直樹, 本郷 利憲, 稲冨 貴美, 魚谷 恭太郎, 佐々木 成人
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ニホンザルにとってピンセットを使って小片の餌を取る運動が可能であることは前回報告した。この運動は①ピンセットの方向に手を持って行く、②ピンセットを握る、③ピンセットを餌の所に持って行く、④餌をピンセットで摘む、そして⑤餌を口に持って行く、という基本的な単位運動から構成されている。その学習過程を解析したところ、ピンセットを目的に適ったように使うためにはこれら単位運動の巧緻性および各運動単位間の連携を向上させる前に、単位運動の順序決定過程が重要であることが明らかになったので報告する。
    手に持たせたピンセットで餌を取れるようになったニホンザル(二頭)の目の前に、ピンセットと餌(芋の小片)を置き、自動的に置いてあるピンセットを使って餌を摘み食べるようになるまでの過程を、サルの前・上・左右に設置したビデオカメラで撮影し動作解析をした。その結果、上記の連繋動作は自明のものでなく、確立するまでに以下のような試行が入り交ざって観察された。
    ・手を餌の方にもっていき、ピンセットを持った手つきで餌を取る真似をする
    ・手を芋のところに持っていくが、方向を変えてピンセットに手を持っていく
    ・手をピンセットのところに持っていくが、ピンセットを掴まずに空のまま手を餌の方に持っていっていく
    ・手をピンセットのところに持っていき、ピンセットを掴まずに手を餌の方に持っていき、再度ピンセットのところに手を持っていく
    ・手をまっすぐ前に持っていき、そのあと上記いずれかのパターンを行う
    ・手をピンセットのところに持っていき、ピンセットを手に取って、ピンセットを餌のところにもっていく
    最終的には、最後の連繋運動に集約された。しかし、餌を的確に摘まむには、その後のピンセットの操作法(先端の使い方、持ち方など)の学習が必要であった。これらの過程を経て、ピンセットの機能、使い方、対象物との関連性を理解し、道具の概念を獲得していくと考えた。
  • 豊田 有, 清水 慶子, 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    一般的に、メスにおける性行動の発現は性周期と密接に関連しており、排卵にむけて成熟した卵胞から分泌されるエストロゲンの作用によってメスは発情し、オスに対する性的受容性が高くなることが様々な種で知られている。一方で、ヒトを含む霊長類においては、性周期と同調しない形で起きる性行動も頻繁に観察される。加齢に伴い卵巣機能が低下した高齢個体に見られる交尾行動もその一つである。ニホンザル(Macaca fuscata)では、おおよそ25才で閉経が起こることが知られているが、これ以降も交尾行動が観察される。さらに、嵐山では最終出産から死亡までの間に見られる高齢メスの交尾頻度は、若いメスの交尾頻度と差がないとの報告もある。
    本研究では、ニホンザルにおける閉経後の交尾行動に着目し、高齢メスの糞サンプルを用いたホルモン分析による性周期のモニタリングを行うと同時に交尾行動の観察を行い、性周期と同調しないタイミングで起きる性行動の内分泌的背景を明らかにする。
    京都市で餌付けされている嵐山群の高齢個体10個体を対象に、交尾行動の観察および糞サンプルの採取を行った。観察期間は2012年10月30日から12月30日までの61日間で、対象個体の発情兆候、交尾栓や交尾行動を記録した。また、採取した糞サンプルから、EIA法により糞中性ホルモン代謝物であるEstrone conjugates(E1C)とPregnanediol glucuronide(PdG)量を測定し、性周期の推定を行った。本発表では、対象10頭のうち、交尾行動が観察された4個体と、交尾行動が観察されなかった6個体について、内分泌動態の比較および推定排卵の有無についてまとめた結果を報告する。
  • 上野 将敬, 山田 一憲, 中道 正之
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    特定の他者に毛づくろいを行って親密な関係を築くことは、霊長類にとって適応的であると考えられるが、親密な相手に毛づくろいを行うとどのような利益が得られるのかについて十分にはわかっていない。本研究は、相手との親密さを考慮して、相手に毛づくろいを行った後に、ストレスが減少するかどうかを、スクラッチをストレスの指標として検討した。
    勝山ニホンザル集団(岡山県真庭市)における17頭の成体メスを対象に個体追跡観察を行った。毛づくろいを行った後の5分間のデータを分析に用いた。その毛づくろいが観察された日の翌観察日の同じ時間帯に、毛づくろい後のデータと比較するための統制条件の観察を5分間行った。普段の近接率をもとに、親密なペアと親密でないペアを定義した。
    親密な相手に毛づくろいを行った後は、統制条件に比べて、スクラッチの生起頻度が有意に低くなっていた。しかし、親密でない相手の場合には、2つの場面のスクラッチ生起頻度に有意な違いは見られなかった。毛づくろい交渉後に、相手と近接していない場合のデータのみを分析しても、この傾向は維持されていた。さらに、線形混合モデルを用いて、毛づくろいを行った後のスクラッチ生起頻度の増減に、親密さ以外にも血縁関係や順位差が影響しているかを検討した。その結果、毛づくろいをした個体のスクラッチ生起頻度の増減には、親密さの影響はみられたが、血縁関係や順位差が影響しているとは言えなかった。
    以上の結果から、親密な個体へは毛づくろいを行うとストレスが減少することが明らかになった。親密な相手には、毛づくろいを行うこと自体が利益となっているのだと考えられる。
  • 栗原 洋介
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ニホンザルは母系の複雄複雌群をつくり、オトナメスはグルーミングを通して、血縁個体と緊密な社会関係を構築する。2013年5月、屋久島海岸域において、複雄複雌群に属するオトナメス4個体のうち3個体が死亡し、複雄単雌群が形成された。唯一群れに残ったオトナメスはいかにグルーミングを行うのだろうか。本研究では、ニホンザル単雌群におけるオトナメスのグルーミング行動について報告する。2013年1月から8月の間、屋久島海岸域に生息するニホンザル1群を対象に行動観察を行った。観察開始時の群れサイズは13(オトナメス: 4, オトナオス: 4、コドモ: 5)であったが、2013年5月より、群れサイズ9(オトナメス:1, オトナオス: 3, コドモ: 5)の単雌群となった。すべてのオトナメスを対象に個体追跡を行い、毎分行動を記録した。また、追跡個体のグルーミング相手を記録した。唯一群れに残ったオトナメス1個体について分析を行い、単雌群となる前後で、グルーミング時間割合、グルーミング相手数、相手別のグルーミング時間割合を比較した。単雌群になった後、グルーミング時間割合が増加した。これは群れサイズ減少による採食時間減少が大きく影響していると考えられる。また、グルーミング相手数は増加した。複雌群では母親を含むオトナメスとの交渉が52%を占めていたが、単雌群ではそれまで一度も交渉が観察されなかった非血縁コドモメスとの交渉が50%を占めた。一方、オトナオスとのグルーミング時間割合に違いはなかった。複雄単雌群をつくるタマリンやマーモセットでは、オトナオスとオトナメス間で頻繁にグルーミング交渉が見られる(Goldizen, 1989)。しかし、母系社会であるニホンザルではそれとは異なり、非血縁コドモメスを相手とすることで十分なグルーミング時間を確保していることがわかった。
  • 勝 野吏子, 山田 一憲, 中道 正之
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A6
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    敵対的交渉の直後(PC)には攻撃者と被攻撃者、あるいは周囲の個体の不安が高まる。さらに攻撃を受けるリスクも増加する。PC場面においてこれらの個体間で行われる親和的交渉には、不安や攻撃を受けるリスクを低減させるという利益がある。ニホンザル(Macaca fuscata)などが用いるあいさつ音声(girney, grunt)は相手に敵意がないことを示すシグナルであるとされている。この音声を相手の状態に応じて用いることは、PC場面において効果的であると考えられる。
    本研究は、相手が直前に行っていた敵対的交渉や、自身や相手の不安の高さが、音声行動に影響するのかを明らかにすることを目的とした。嵐山ニホンザル群を対象とし、PC場面において攻撃者あるいは被攻撃者を追跡観察した。当事者間、あるいは周囲の個体との間に親和的交渉が生じた際にはあいさつ音声を伴ったかどうかを記録した。不安の高さの指標としてスクラッチを記録した。統制場面として、翌観察日の同時間帯に同じ個体の追跡観察を行った。
    統制場面と比較し、敵対的交渉後に親和的交渉を行う際には、相手に音声を用いることが攻撃者・被攻撃者ともに増加した。一方、相手から音声を受けることは攻撃者では増加したが、被攻撃者では統制場面との間で違いが見られなかった。親和的交渉が非血縁個体間で行われた場合では、音声が伴う割合が高かった。敵対的交渉を行っていた当事者の属性や直前の交渉における役割が、周囲の個体が発声するかどうかに影響するといえる。敵対的交渉の当事者のPC場面におけるスクラッチ頻度が、当事者の発声に及ぼす影響を検討したところ、スクラッチ頻度が高いほど発声が増えるわけではなかった。ニホンザルのPC場面でのあいさつ音声は、敵対的交渉を行っていた当事者の不安の高さの表れであるとはいえず、普段関わりの少ない相手に対して自分の行動を予測可能にするシグナルや、相手に対しての宥めとして用いられる可能性が示唆された。
  • 若森 参, 濱田 穣
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A7
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    野外調査において、フィールドノートへの記録は筆記時間がかかり、特にFocal animal sampling法ですべての行動を記録するのは著しく困難である。このため行動観察記録ソフトウェアを載せたタブレットPCやスマートフォンが使用されるようになってきた。また対象個体の行動と同時に個体間相互作用を記録することも困難なため、ウェアラブルカメラの使用が考えられる。今回、タブレットPCとウェアラブルカメラを用いてマカクの尾の行動記録を試みたので、その技術に関して報告する。機材の選定は長時間駆動、軽量・小型、防水・防塵を重視した。
    〔使用機材・方法〕タブレットPC(Lenovo Miix 2 8、Windows 8)とウェアラブルカメラ(SonyアクションカムHDR-AS15)を用いた。タブレットPCへの入力はExcelを使用し、セルに行動データを入力するとその時刻を秒単位で記録する時間入力マクロを用いた。ウェアラブルカメラは頭に装着し、観察中の視線とほぼ同じ視野を撮影した。個体情報として性別、年齢層、順位、発情の有無を記載し、5~10分間Focal animal samplingを行った。行動記録は、尾の位置(脊椎に対して水平、垂直、背方向屈曲、脱力、各左右)と姿勢(座る、立つ、歩く、寝そべる)、行動(食べる、休む、あくび、注視、毛づくろい、スクラッチ、威嚇)の三カテゴリーをそれぞれアルファベットに置き換えセルに入力した。
    〔結果〕最記録時間による観察ロスはほぼ解消された。尾の動きは比較的早い動作だが、時刻と事象の記録を素早くとれた。データはコンピュータに移して、解析が可能である。アクションカムは視野が170°で周辺個体との相互作用の記録に役立ち、尾の動きと同調して起こる鳴き声や、周辺個体の接近などを記録できた。一方、観察対象の各個体は、小さく映し出されるため、その詳細な行動記録には不向きであった。
  • 花村 俊吉
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A8
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
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    野生チンパンジーの単位集団のメンバーは、構成個体や持続時間がさまざまな一時的な集まりを形成しつつ、出会いと別れを繰り返す。この一時的な集まりを、その構成個体が互いに見える範囲にいるという意味で、対面パーティと呼ぶ。一方、いくつかの地域では、集団のメンバーが、主に音声を介して、視覚を超えたゆるやかなまとまりを形成することが報告されてきた。このゆるやかなまとまりを、その構成個体が出会いと別れを繰り返しながら遊動方向や場所を大まかに同調させるという意味で、遊動パーティと呼ぶ。タンザニアのマハレM集団では、前者の月別平均サイズは1年を通じて大きく変わらないが、後者のそれには大きな季節差がある(Itoh and Nishida, 2007)。
    しかし、どの調査地でも、遊動パーティと音声との関連についてはほとんど研究されてこなかった。長距離音声・パントフート(以下PH)は、多様な場面で発声されるが、1~2km離れていても聴こえ、離れた個体どうしが鳴き交わすこともあるとされてきたため、遊動パーティとの関連がとくに期待される。
    そこで、遊動パーティのサイズに大きな季節差(集合期と分散期)があるマハレM集団を対象に蓄積してきたデータを用いて、PHの鳴き交わしの定義を検討したうえで、月ごとに平均したPHの発声・聴取や鳴き交わし頻度、鳴き交わし率が、月ごとに平均した遊動パーティのサイズとどのように相関するかを調べた。その結果、各頻度は正の相関を示したが、鳴き交わし率は負の相関を示した。前者の結果は、大きな遊動パーティの形成に、PHを介した頻繁な相互行為が関連していることを示唆する。後者の結果は、これまでに報告してきた事例分析の結果を踏まえると、集合期と分散期で鳴き交わしのやり方に質的な差があることを示唆する。遊動パーティの形成には、音声だけなく出会いと別れの繰り返しも重要であるため、それとPHを介した相互行為との関連についても考察する。
  • 坪川 桂子
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A9
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
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    近年、低地熱帯雨林に生息するニシローランドゴリラ(WLG)の調査が進み、長年調査が行われてきた山地林に生息するマウンテンゴリラ(MG)とは異なる社会構造が明らかとなってきた。MGでは複雄複雌群の割合が約4割と高く、安定したオス・グループの存在もしられている。一方、WLGは95%以上が単雄複雌群であり、複雄複雌群やオス・グループは稀である。これらの違いには、オスの社会生態的特徴が影響していると考えられるが、野生WLGのオス間の社会関係に関する知見は限られていた。本研究は、WLGにおいて群れ内・群れ間のオスがどのような社会交渉をしめすのか明らかにすることを目的とした。ガボン共和国ムカラバ・ドゥドゥ国立公園において2011年から2014年にかけて、人付けされた単雄複雌群1群(GG)とヒトリオス1頭(MR)をそれぞれ約4ヶ月間追跡し、直接観察を行って社会交渉を記録した。その結果、GGやMRが他の群れやヒトリオスと視覚的に遭遇する事例を複数回観察した。遭遇の際、群れやヒトリオスのシルバーバック(成熟オス)どうしには、誇示行動などの敵対的交渉や接触を避ける行動がみられた。一方、群れのブラックバック(若いオス)は、他群やヒトリオスのシルバーバックに穏やかに接近し、遭遇相手とのあいだで敵対的な交渉を交わさなかった。また2013年には1頭のブラックバックが一時的にGGに移入する事例を観察した。このブラックバックは数か月に渡ってGGと遊動をともにし、GGの個体との伴食行動もみられた。特にGG内の複数頭のブラックバックと一緒に行動し、GGのシルバーバックも彼に対して寛容的な態度を示した。シルバーバックどうしの敵対的な関係、ブラックバックどうしの親和的な関係、シルバーバックがブラックバックに対して寛容的であることが、WLGにおけるオス間の社会関係の特徴であると考えられる。本発表では、こうした特徴と社会生態的特徴との関連を考察する。
  • 橋本 千絵, 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A10
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
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    チンパンジーやボノボでは、離合集散といって、集団のメンバーがパーティとよばれるサブグループに分かれて遊動している。集団の遊動域をどのように個々の個体が利用するかについては、“male-only community model”, “male-bonded community model”, and “bi-sexually bonded community model”(Wrangham, 1979)といったモデルがあるが、これまでの研究では、1)ヒガシチンパンジーでは、”male-bonded model”のように、オスは集団の遊動域を使い、メスは集団の遊動域の内側に小さな個々の遊動域を使う、2)ニシチンパンジーやボノボでは、オスもメスも集団の遊動域全体を使うと考えられてきた。また、チンパンジーでは、集合性に性差がみられ、メスは非社交的であるといわれてきた。本研究では、ウガンダ共和国カリンズ森林のヒガシチンパンジーとコンゴ民主共和国のワンバを対象に、オスとメスの遊動域の利用と集合性について分析を行った。その結果、ワンバのボノボでは、これまでいわれてきたように、オスもメスも集団の遊動域全体を使っていた。また、集合性の分析では、第1位のオスがオトナのメスとクラスターをつくっており、オトナのオス間には特別なつながりがみられなかった。
    一方ヒガシチンパンジーは、ニシチンパンジーやボノボと同じように、オスもメスも集団の遊動域全体を使っていた。集合性の分析では、これまでのヒガシチンパンジーの結果と同じように、オトナのメスの間のつながりはオスに比べて強くなかった。これらの結果から、チンパンジーの遊動域利用や集合性の性差の地域による違いは、これまでいわれてきたような亜種の違いからは説明できないことがわかった。
  • 五百部 裕, 田代 靖子
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A11
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
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    ウガンダ共和国カリンズ森林において、中・大型哺乳類の生息密度に関する調査を行ったので、その結果を報告する。
    カリンズでは、1992年以来、チンパンジーを中心とした霊長類の社会・生態学的研究が行われている。こうした一連の研究の中で、この地域の生態系や霊長類と他の哺乳類の種間関係の基礎的な情報を収集することを目的として、1997年度に中・大型哺乳類を対象とした生息密度に関する調査が行われた。その結果、樹上性オナガザル類の生息密度は、植生によって異なることなどが明らかになった。
    一方2000年代に入って、チンパンジーを含む昼行性霊長類に救荒食物(フォールバック・フード)として1年を通して果実が利用されているMusanga leo-erreraeが大量に枯死したり、この地域で伐採活動を行っていた製材会社が撤退したりといった変化があった。そこでこうした変化によって、中・大型哺乳類の生息密度がどのように変化したのかを明らかにすることを目的として、2014年2月に現地調査を行った。
    この調査では、長さ2.5kmのセンサスルート6本(うち1本は1.5km)を利用して、センサスルートを歩きながら発見した哺乳類種を記録するという方法によって生息密度の推定を行った。1日に二つのルートを歩き、調査期間中にそれぞれのルートを3回ずつ歩いた。調査期間中に直接観察できたのは、オナガザル科霊長類5種(レッドテイルモンキー、ブルーモンキー、ロエストモンキー、アヌビスヒヒ、アビシニアコロブス)と森林性リス(種不明)であった。このようにして得られた結果を1997年度の調査結果や、ほぼ同様の方法で行ったタンザニア共和国マハレ山塊国立公園で得られた中・大型哺乳類の生息密度に関する結果と比較する。
  • 栗田 博之
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A12
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
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    口の中の食物(小麦など)を他個体が奪って食べる行動は、高崎山(栗田,2007)や小豆島(Hadi et al., 2013)のニホンザルなどで報告されている。高崎山ニホンザルで食物強奪を行う個体は10頭未満であるが(総個体数は約1350頭)、そのほとんどは0歳から1歳頃までの実子に対して繰り返し行っている。本発表では、2組の母子を対象にした観察に基づき、食物強奪行動の生起頻度、食物強奪行動前後での母子間交渉の変化などについての分析結果を示す。
  • 辻 大和, 伊藤 健彦
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A13
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    霊長類の寒冷地への適応は、古くから多くの研究者の関心を集めてきた。しかしこれまでの研究の多くは、環境適応を行動特性の面だけから評価することが多く、それを生息地内部の食物量や物理的要因と関連付ける視点が欠けていた。本研究は、ニホンザル(Macaca fuscata)の寒冷地への適応メカニズムの解明を目指し、彼らの食性の空間パターンを説明する、生息地の生態学的特性の関係を明らかにすることを目的とした。文献データベースを用いて先行研究の文献を収集し、日本全国の13箇所から19群のニホンザルの食性データ(採食時間割合)を抽出した。同時に各調査地の緯度・経度・標高(地理的要因)および平均気温・年間降水量・年間降雪量・植生指数(NDVI)などの環境要因を収集した。GLMMによる解析の結果、地理的要因に関しては、ニホンザルは高緯度・高標高の調査地で葉や樹皮・冬芽の採食割合が高かった。また、高緯度の調査地で食物の多様性が高かった。このような空間パターンは、主に環境要因によって説明できた。すなわち、ニホンザルは平均気温が低く、降雪量が多く、年間降雪期間が長い調査地で樹皮・冬芽の採食割合が高く、果実の採食割合が低かった。NDVIが低い調査地でも果実の採食割合が低かった。そして気温が低い調査地、年間降雪期間が短い調査地で食物の多様性が高かった。本研究により、ニホンザルの生態適応は、生息地の食物環境に応じた採食行動の柔軟な変化によって達成されたことが示唆された。とくに、降雪の影響が強かったことから、ニホンザルの採食戦略を決定するうえで、冬の厳しさが重要な役割を果たしていると考えられた。
  • 風張 喜子, 井上 英治, 杉浦 陽子, 井上-村山 美穂
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A14
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ニホンザルのオトナメス間には直線的な優劣関係が存在し、基本的には長期にわたって変化しない。子は母親の優劣関係を引き継ぐので、母系血縁集団(家系)間にも直線的な優劣関係が見られる。この家系レベルでの優劣関係も、基本的には安定であり、野生ニホンザルにおける家系レベルの優劣関係の逆転の報告は少ない。本発表では、宮城県金華山島のB1群で起こった家系レベルの優劣関係の逆転を報告する。群れには、互いに親子関係のない個体を祖とする6つの家系が存在する。優劣逆転は2003年12月から2004年1月の間に起こったと推定された。2003年秋以前と2004年春以降で、家系の異なるオトナメス間の敵対的交渉時の優劣関係を比較すると、2003年まで上位だった3つの家系が第4位だった家系の間で優劣関係が逆転していた。これまでの野生下での報告では、群れが上位家系と下位家系のグループに分裂する過程で、分裂群間の優劣関係が逆転しているが、今回は群れの分裂は起こらなかった。群れの分裂のようにメスどうしの関係を劇的に変化させる社会的要因がなくとも、家系レベルでの優劣関係の変動は起こりうることが示された。実験下での家系レベルの優劣逆転において、連携相手の数が影響したとの報告がある。本研究では、家系の異なるメスやコドモとの敵対的交渉時にサポートを行うのは同一家系の個体に限られること、家系の構成員が多いほどサポートの頻度が高いことを確認している。優劣逆転された3つの家系では2003年以前から徐々にメンバーが減少し、2003年冬の時点で各家系1~2個体しかいなかった。一方、優位になった家系は常に5個体以上で構成されていた。今回の家系レベルの優劣逆転の社会的要因の1つは、劣位になった家系の縮小(連携相手の減少)であると考えられる。
  • 島田 将喜
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A15
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    野生チンパンジーは社会的遊びを通じて、集団全体を含む長期的に安定した遊びネットワークを形成し、幼年個体は積極的に遊びに参与することで遊びネットワークにおいて中心的にふるまい、他個体との紐帯を強めると示唆されている(Shimada & Sueur 2014)。本研究は、野生ニホンザルの幼年個体の、遊び・近接・血縁ネットワークの特徴とそれら相互の関係を明らかにし、遊びネットワークの機能を考察することを目的とする。
    野生ニホンザル金華山A群の全幼年個体を対象とし、2007年9月5日~10月2日までの22観察日、計158.0時間の観察を行った。1歳~4歳の全個体11頭を対象に、1頭当たり10.5±0.3時間の個体追跡法による観察を行った。1分間隔の瞬間サンプリング法をもちいて各個体の社会的遊びの頻度を算出し、社会的遊びに参与したコドモを記録した。1分を1ユニットとするワンゼロサンプリング法をもちいて、追跡個体の3m以内に近接した個体を記録した。
    よく遊ぶダイアドは、遊び以外でもよく近接した。また血縁関係が強いほど、遊び以外でよく近接した。頻繁に遊ぶ個体の遊びネットワークにおける中心性は、遊ばない個体に比べて有意に高かった。一方、コドモ個体間では、近接・遊びネットワークにおける個体間の「つながり方」は、異なっているとは言えなかった。
    遊びと血縁の双方が、コドモの近接個体関係に影響を与えていた。一方、遊びの頻度は、成長に伴い減少するため、年少のコドモが、ネットワークの中心となるが、遊びと遊び以外の「コドモ社会」は類似した構造をもつ。このことは、ニホンザルは生後間もなく血縁・遊びネットワークに取り込まれ、コドモ期を通じて遊ぶこと、すなわち「コドモ社会」を経験することで、ワカモノ期以降の親和的関係の形成に寄与することを示唆する。
    本研究はH18年度共同利用研究費・H25年度科研費(若手B)(代表島田将喜)・H25年度科研費(挑戦的萌芽)(代表竹ノ下祐二)の助成を受けて行われた。
  • 竹ノ下 祐二
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A16
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    共同育児システムは,ヒトを他の大型類人猿をわかつ大きな社会的特徴である。ヒトにおける共同育児の進化的基盤を探る目的で,名古屋市東山動物園で自然分娩によって生まれたゴリラのアカンボウ(キヨマサ)を生後6ヶ月から16ヶ月まで,おおむね週一回観察し,母親および母親以外の個体(父と姉)との近接関係および社会交渉を観察,分析した。月齢が進むにつれ,母親と身体的に接触している時間はゆるやかに減少し,他個体との近接時間が増加した。父も姉もアカンボウに強い関心を示し,手を差し出す,指でつっつく,物を提示するなどさまざまな働きかけを行った。アカンボウは時にはそうした働きかけに反応し,時には自発的に,父や姉と身体接触をともなう社会交渉を行った。父も姉も,関心の強さとはうらはらに,嫌がるアカンボウを身体的に拘束したり,母親から強奪する行動はほとんどしなかった。生後10ヶ月前後から,姉がアカンボウを背中に乗せて運搬する行動が頻繁にみられたが,月齢が進むと頻度は下がった。14ヶ月を過ぎるころから,父親の誘いかけによってレスリングや追いかけっこをすることが増えた。同じ頃から,日中の休息時に母親ではなく姉に接触して昼寝をするようになった。母親も含め,アカンボウに対する攻撃行動はみられなかった。食物分配も一切みられなかった。これらの観察から,ゴリラの社会的発達過程における母親以外の個体との関わりは,母親以外の個体によるアカンボウへの関心を前提とし,かれらがアカンボウの関心領域に自らを提示し,アカンボウの自発的な反応を引き出すことによって始められると考えた。ただし,東山動物園の群れは,ほかにコドモがいない,非血縁のメスがいないという点で野生ゴリラの社会集団と異なる。仮説の一般化にあたっては,行動のさらに細かな分析とともに,他の動物園や野生集団との比較検討が必要である。
  • 井上 陽一, SINUN Waidi, 岡ノ谷 一夫
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A17
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    野生テナガザルの子育てを継続的に観察した報告は少ない。2010年にボルネオ島ダナムバレー保護区に生息するミューラーテナガザルのあるグループに子が誕生した。そこで、子が5か月齢から2歳11か月齢までの間、半年おきに各7日間グループを追跡調査し1)10分毎の母子間距離を記録するとともに、2)移動する個体の順序や3)父と子の係わりについて観察した。その結果、子の年齢が高くなるにつれ母子間距離は増大し、母と子が一緒にいる割合は減少した。子は1歳5ヶ月齢から少しずつ母に抱かれないで自力で移動するようになり2歳11か月齢になると完全に母から自立して移動した。子が先頭または最後尾を移動した割合は低く、これは移動時に両親が子を防衛していたものと考えられる。また、父と子の係わりにおいては、子が2歳5ヶ月齢の時に父に抱かれて運搬されるのが4回観察された。これまで野生テナガザルの父による子の運搬はフクロテナガザル以外の種では観察例が少なく我々の観察が2例目になる。その状況を詳しく説明するとともにテナガザルの子育てについて考察する。
  • 中川 尚史, 谷口 晴香
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A18
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ニホンザル一般を含む専制型マカクでは、母親は自身のアカンボウに保護的であって、アカンボウを頻繁に回収するためアカンボウと交渉するのは母親に限定される。他方、寛容型マカクでは、母親は許容的であるため母親以外のメスによるinfant handling(以下、IH)が頻繁にみられると言われている(Maestripieri, 1994; Thierry et al., 2000)。近年、ニホンザル種内においても、寛容型マカクの一部の行動形質を持つ個体群が小豆島、淡路島、屋久島で報告されてきた(Nakagawa, 2010)が、母親の許容性が高いか、IHが頻発するかについては、比較データがなく検討されていない。そこで本研究では、ヤクシマザルを対象に母親の許容性とIHの頻度を定量化し、その結果を専制的である高崎山由来のローマ動物園のニホンザルのデータ(Schino et al., 2003)と比較した。
    調査は、2013年7月に屋久島西部林道沿いに遊動域を構えるUmi群を対象に行った。母親とアカンボウ4ペアを各10~17時間個体追跡し、IHのタイプ、ならびにその参与個体、IHに対する母親の反応を連続記録した。ただし、IHの頻度については比較データの収集法である15秒間隔のワンゼロ法に合わせて分析した。
    その結果、アカンボウが受けるpositive IH(抱擁、毛づくろい、運搬)の頻度は、1.4回/時と高崎山の同齢個体に比べて高かった。他方、IHに対する母親の反応(接近、回収、攻撃)率は、positive IHでは7%、neutral IH(手、鼻、口による接触)では0.9%、negative IH(引っ張る、威嚇、攻撃)では12%と、いずれも高崎山の同齢個体に比べて低かった。以上のことから、ヤクシマザルはIHの観点からも寛容型マカクの行動形質を併せ持っていることが示唆された。
  • 丸橋 珠樹, NILPAUNG Warayut, 浜田 穣, MALAIVITNOND Suchinda
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A19
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ベニガオザルはマカク属のなかで、雄の性器官形態が種特異的であり、体重に対する精巣比率も大きい、雌には明瞭な性腫張がみられないなどの特徴が知られているが、本種の野外での性行動に関する研究は数少なく、これまでの丸橋らによる知見は、本種の進化を考える上で重要である。
    我々の研究対象群はタイのマレー半島基部に位置する、カオプラプック・カオタオモ保護区に生息している。本報告では、これまで、一年間に二回、2009年から5年間にわたって続けてきた調査の中から性行動に関するデータを整理して報告する。
    性行動の特徴を整理すると、1)明瞭な乾季雨季の気候であるが、季節繁殖者ではなく、新生児出産は通年を通じてみられる、2)Single-Mount-Ejaculatorであり、一回の交尾は短いスラスト部分と非常に長時間の種特異的なpair-sitの二つで構成されている、3)最優位雄は、時折一日間だけ、2時間程度の間に10数回に及ぶ連続交尾(マスト交尾)がみられ、射精間隔時間は10分程度で非常に短い、4)雌の発情継続日数は2日か1日だけであり、普段の追跡で交尾がみられることはほとんどないが、希に複数雌が同時発情する場合がある、5)群れ間の出会いなど群れが混乱し拡散した場合には多くの交尾が突然観察される場合がある、6)モビングとよぶ射精時の数十秒だけ多数の個体が交尾ペアーに接近する現象がみられる。これらの行動を映像で紹介するとともに、ベニガオザルの進化を性行動から考察したい。
  • 松本 晶子, 岩田 大生, Bidner Laura, Isbell Lynne
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A20
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    野生のアヌビスヒヒの群れは、2~3カ所の泊り場を持っている。群れは、そのうちの1ヵ所を利用することが多いものの、ときどき泊り場を変える。なかでも、短期的な泊り場の変更は、観察者にとって予想外であることが多い。なぜ彼らは泊り場を変更することにしたのだろうか?
    長期的、短期的な泊り場の変更の理由としては、季節的な食物分布の変化、捕食者対策、種内の集団間関係があげられる。本研究では、ケニア・ライキピア地域の野生アヌビスヒヒ(Papio anubis)AI群の3年におよぶ調査から、AI群の泊り場利用の実態を示す。
    また、この地域には、ライオンやヒョウがヒヒの捕食者として生息している。2014年2月におきた、ライオンまたはヒョウによる捕食と推察される場合の泊り場変更事例について、ヒヒとヒョウの同時GPSデータを基にした報告をおこなう。
  • Fernando A. Campos, Katharine M. Jack, Linda M. Fedigan
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: A21
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    Tropical dry forests are among the world's most imperiled biomes, and most long-lived and large-bodied animals that inhabit tropical dry forests persist in small, fragmented populations. Long-term monitoring is necessary for understanding the extent to which such populations can cope with changing environmental conditions and recover after the elimination of human disturbances. We investigated how climatic fluctuations and landscape structural dynamics have affected the population dynamics of white-faced capuchins (Cebus capucinus) in a Costa Rican tropical dry forest over a 42-year period after the elimination of most detrimental human disturbances. The population's rapid initial growth and later stabilization suggests that it was below the habitat's carrying capacity at the time of the conservation area's establishment. Most of the population growth in recent decades has occurred in a sub-region that has experienced greater gains in forest cover with medium- to high-degree of evergreenness, which is an important resource for primates during the severe dry season. The availability evergreen habitats varied with the strength of the previous wet season, which in turn was strongly coupled with global climatic and oceanic cycles. Following extreme drought periods, population growth slowed, mean group size decreased, and reproductive rate declined. The sensitivity of this ecosystem to global climatic phenomena suggests that some animals will be negatively affected if drought years become increasingly common as the global climate warms.
  • Eva C. Wikberg, Katharine M. Jack, Linda M. Fedigan, Fernando A. Campo ...
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: A22
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    Male reproductive skew varies considerably between primate species and may depend on males' abilities to defend access to females (tug-of-war or limited control model), their relatedness to the adult females in the group (inbreeding avoidance model), or their reliance on coalitionary support from other males (reproductive concessions model). Using demographic and genetic data collected between 1993 and 2012, we investigated whether these models could predict male reproductive skew in four groups of white-faced capuchins (Cebus capucinus) in Sector Santa Rosa, Costa Rica. The majority of infants were sired by alpha males (85/106 infants). In contrast to the expectations of the limited control model, the siring success of alpha males was not influenced by the number of co-resident females, the number of co-resident males, or synchrony in the timing of conceptions. The alpha male only sired 1 of 13 infants born to his daughters, which supports the inbreeding avoidance model. Although alpha males were tolerant of subordinate males' mating attempts, subordinates rarely sired infants (21/106 infants). The high reproductive skew is surprising because alpha males rely on coalitionary support from subordinate males in order to repel rival males. It is possible that alpha males do not need to offer concessions or staying-incentives if subordinate males are unlikely to gain reproductive opportunities in other groups.
  • 井上 英治, BASABOSE Augustin K., KAMUNGU Sebulimbwa, MURHABALE Bertin, AKO ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A23
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    集団内の個体数を把握することは保全や生態を考える上で重要であるが、十分に人慣れしていない集団では、個体数の把握が難しいことがある。とくに、チンパンジーは離合集散をするため、個体識別なしに群れ全体の個体数を把握するのは困難である。本研究では、長期にわたり生態学的な調査がなされているが、十分には人付けされていないカフジビエガ国立公園のチンパンジー集団を対象に、ネストサイトで糞試料を採取し、DNA再捕獲法に基づき、個体数の推定を行なった。糞からDNAを抽出後、マイクロサテライト7領域を解析し、個体識別を行なった。合計で54のネストサイトから糞を採取し、計152試料で遺伝子型を決定できた。今回使用した7領域の多様性を調べたところ、個体識別には十分であることがわかった。全部で32個体分の試料が含まれており、そのうち24個体については2サイト以上から糞を採取できた。
    同一個体からの糞の再捕数からCapwireというソフトを用いて、個体の試料採取率が一定ではない2タイプの個体が含まれるというモデルのもと、最尤法で推定したところ、個体数は35個体(95%信頼区間 32-40)であった。この推定値から、集団の約9割の個体の遺伝子型が決定できたと考えられる。この推定値は、識別された個体数の累積曲線から見ても、妥当な値だと考えられた。チンパンジーのように離合集散するため個体ごとにDNA試料を採取できる確率が一定でないと考えられる状況でも、十分な試料数とそれを考慮したモデルを適用することで、適切な個体数推定を行なえたと考えられる。糞などの非侵襲的試料を用いたDNA再捕獲法による個体数推定法は、野生霊長類においても有益な方法であり、今後も保全や生態調査など様々な場面で適用されるであろう。
  • 姉帯 飛高, 時田 幸之輔, 小島 龍平
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B1
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    我々はヒトとニホンザルにおいて,上殿動脈(Gs)が仙骨神経叢を貫く位置の多様性について調査してきた.ヒトにおいてはGsの貫通位置と分岐神経(Nf; 大腿神経への枝,閉鎖神経への枝,腰仙骨神経幹への枝の3枝に分岐する)の位置関係に基づく分類法を考案し,一定の成果を得た.即ち,GsはNfを基準に3つの経路を辿ること,また基準となるNfの起始分節が変異に富むことから,Gsの貫通位置が多様化すると整理できた(姉帯他,2013).そこで今回ニホンザル7体14側を対象に,Gsの貫通位置について上記分類法による所見の整理を試みた.
    ニホンザルのGsは,1)Nf起始分節から2分節尾側の神経根を貫く例; 8側,2)2分節尾側の神経根下縁を通る例; 2側,3)3分節尾側の神経根を貫く例; 4側,の3通りが観察された.
    1)Gsの貫通位置は,L7/L7間(2側),S1/S1間(6側)の2通りが観察された.ⅰ)L7/L7間: Nf起始分節はL5であったが,L5から腰仙骨神経幹への参加が多い例(1側),中等量の例(1側)があった.後者は前者に比べ分節構成が低い.ⅱ)S1/S1間: Nf起始分節はL5+L6(2側),L6(4側)であり,これらの分節構成はさらに低い.
    2)Gsの貫通位置はL7/S1間(2側)であった.Nfの起始分節はL5で,L5の腰仙骨神経幹への参加は少ない(2側).
    3)Gsの貫通位置はS1/S1間であった(4側).Nfの起始分節はL5で,L5の腰仙骨神経幹への参加は少ない(4側).
    以上より,ニホンザルのGsはNfを基準に3つの経路を辿る.また1)においてはNf起始分節が変異に富み,さらにNf起始分節の頭尾側へのズレに伴いGsの貫通位置も頭尾側へズレる.よって,Gsの貫通位置の多様性についてヒトと同様に理解・整理できる可能性がある.本研究は京都大学霊長類研究所共同利用研究によって実施された.
  • 小島 龍平, 中島 由加里, 山崎 拓弥, 時田 幸之輔
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B2
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ニホンザル足筋の筋線維タイプ構成を検索し,機能形態学的な考察を試みた.骨格筋試料は,10%ホルマリンを総頚動脈より注入して固定し同液中に約15年間保存してきたニホンザル(Macaca fuscata)雌成獣1頭の標本より採取した.右足部を肉眼的に解剖し,起始停止を確認し,筋の同定を行いながら筋腹全体を採取した.各筋の湿重量を計測した後,最大筋腹部で切片作製用ブロックを切り出し,凍結連続切片を薄切し,抗速筋型MHC抗体(clone MY-32,Sigma)および抗遅筋型MHC抗体(clone NOQ7.5.4D,Sigma)を用いて免疫組織化学染色を施し,筋線維タイプ構成を求めた.また,下腿から起こり足趾に停止する筋も採取し湿重量を計測した.下腿から起こり足趾に停止する筋の湿重量の合計は30.3gであったのに対し足筋の湿重量の合計は16.22gであった.下腿筋と足筋を合わせた足趾の伸筋群の湿重量の合計が9.1gであったのに対し,屈筋群の湿重量の合計は37.3gであり,屈筋優位であった.筋線維タイプ構成を全筋線維数に対する遅筋線維の数比(%ST)でみると,大部分の足筋の%STは30%以下であり,速筋線維優位の筋線維タイプ構成を示した.特に足底方形筋(3.8%),第4趾に停止する短指伸筋(6.2%),小指外転筋(6.9%)は著しく速筋優位の筋線維タイプ構成を示した.これらの中で虫様筋は比較的遅筋線維の割合が高く,特に第1虫様筋の%STは46.2%と足筋の中で最も高い値を示し,湿重量は0.03gと著しく小さく,また,定量的な解析をしていないが筋紡錘が多く観察され特異な形態を示していた.足趾の屈曲ないしは伸展の筋力の多くは下腿の筋が分担し,足筋は比較的短時間の収縮を行いながら,関節肢位の調節に働くと推測した.さらに足筋の形態学的特性と足部の働きの関係について考察をすすめたい.
  • 西 栄美子, 筒井 圭, 今井 啓雄
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B3
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ヒトとニホンザルは甘味受容体のサブユニットであるTAS1R2のアミノ酸配列が90%以上一致する。このことからニホンザルの甘味に対する感受性はヒトに近いと考えられている。そこで本研究ではヒトとニホンザルの甘味に対する感受性をまず行動実験により比較検討した。
    飼育下のニホンザルを用いて、天然に存在する糖であるスクロースと人工甘味料であるスクラロースの2種類の甘味物質に対する感受性を二瓶法により測定した。その結果、スクラロースに対する感受性はスクロースの50倍程度であった。一方、ヒトのスクロースおよびスクラロースに対する感受性を官能評価により比較したところ、スクラロースに対する感受性はスクロースの約600倍であった。反応曲線の比較から、ニホンザルのスクラロースに対する感受性はヒトに近かったものの、スクロースに対してヒトよりも高い感受性を示していることが示唆された。甘味は食物中の炭水化物の含有を示すシグナルとして機能することから、より甘味に対し感受性が高い方が採食行動において有利かもしれない。
    甘味物質は舌に発現する甘味受容体TAS1R2/TAS1R3によって受容される。従ってヒトとニホンザルにおける甘味感受性の差の一つの原因として甘味受容体の糖に対する反応性が異なっている可能性が考えられた。ニホンザルとヒトの甘味受容体のアミノ酸配列の差がこのスクロース受容感度の違いに関与している可能性があるため、現在ヒトとニホンザルの甘味受容体TAS1R2/TAS1R3のアミノ酸配列比較を行っている。
  • Porrawee POMCHOTE, Tadashi SANKAI, Yuzuru HAMADA
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: B4
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    Long-tailed macaques (Macaca fascicularis, Mfa) are non-seasonal breed-ers. They have a menstrual cycle and sexual hormone levels similar to women, thus they are considered as a human model for bone research; how-ever, some details are not fully elucidated. Our objective was to inves-tigate relationships in radial bone mineral density (BMD), lumbar verte-bral osteoarthritis (OA) and menstrual status in female Mfa (N = 61; 5-36 years). We followed the guideline and carried out study with permission from ethical committees of Tsukuba Primate Research Center. The monkeys were examined on cortical and trabecular BMDs (CorBMD and TbBMD); assess-ment of OA by disc space narrowing (DSN, score) and osteophytosis (OST, score); and 3 groups of different menstrual status (menopause, perimeno-pause, and regularity) from a record. We found that TbBMD continuously decreased from young adulthood; CorBMD increased from young adulthood to the peak around 20 years of age, then decreased; and DSN and OST clearly aggravated with age and they were dominant at the thoracolumbar involve-ment. A menopausal group had the average lowest value of TbBMD followed by a perimenopausal and regular group, while DSN and OST scores showed inverse trend with TbBMD. Positively significant relationships (Ken-dall's correlation) were found between age and OA; and negatively be-tween age and TbBMD, and TbBMD and OA. In conclusion, Mfa showed common age-related and menstrual changes in bones which are similar to women and other macaques.
  • 濱田 穣, ポムチョート ポッラウィー
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B5
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    Osteoarthritis is one of the universal indicators of physical aging. The factor influence on the aggravation of osteoarthritis is mechanical stress. Therefore, the influence of body size (body mass), or muscular development are suggested, but the positional behaveor (physical movement and posture) is the strongest factor. However, the influence has not been evaluated. Osteoarthritis occurs in macaques, especially in vertebral column. Macaques in captivity showed great aggravation than humans with human age equivalency, and specific differences are suggested, that is in pigtailed macaque it starts to occur earlier and to aggravates more severely than in rhesus or Japanese macaques. Many of these macaque subjects are reared in cages. This makes us suppose that the initiation age and aggravation rate would be influenced by positional behavior habit. The two populations, free-ranging macaque population, Koshima troop; and captive individuals, Primate Research Institute population (PRI), which may differ in positional behavior in quantity and quality, showed much different age change pattern in trunk length (Hamada et al. 2012). We compared the age change in lumbar vertebral osteoarthritis between the two populations. We used lateral-lateral radiographs of lumbar region: 60kv, 20mA, 0.32-0.8sec of exposure in 1m of cube-film distance. The degree of kyphosis, disc space narrowing and osteophytosis were evaluated with score (0¬¬ - 3). We used radiographs taken in 1995 for Koshima popu-lation and 2008-2014 for PRI population.
  • 後藤 遼佑, 日暮 泰男, 熊倉 博雄
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B6
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    霊長類はロコモーション時の状況に応じて手足の着き方を柔軟に変化させる。サル類のなかにはロコモーションの速度が遅いと後足部が支持基体と接触するが、速度が速いと後足部が接地しない種が存在する。このことから、足部の着き方を変化させる要因の一つとして移動速度の影響が指摘されている。移動速度が速くなると広い足底面を接地する時間的猶予がなくなることが原因であるとされる。しかしながら、手部の着き方に関する研究ではロコモーションの速度が速くなると接地面積が拡大するという報告もある。移動速度が手足の着き方を変化させる詳細なメカニズムは現在のところ明らかではない。
    本研究では四足ロコモーションの速度と足部の着き方の関係を明らかにすることを目的として、ニホンザル(Macaca fuscata)が様々な速度で移動した際の後肢の運動と足部の接地の仕方に関するデータを収集した。具体的には、おおよそ毎秒1.5mから毎秒3.0mの範囲でニホンザルが四足歩行もしくは走行した際の着地時のプロトラクション角度と離地時のリトラクション角度、足部の各領域(前足部、中足部、母指)の接地面積を計測した。
    ニホンザルは遅いロコモーションでは前足部と中足部、母指を接地させた。しかし、速度が速くなると場合によって後肢のプロトラクション角度が減少し、中足部が接地しなくなった。これらの結果から、足部の着き方と直接的に関係する要因はプロトラクション角度であり、プロトラクション角度は移動速度の影響を受けることが示唆された。中足部が接地しない接地パターン自体が機能的意味を持つ可能性は低く、足部の着地位置の変化に付随する現象として解釈された。
  • 中務 真人, 森本 直記, 山田 重人, 荻原 直道
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B7
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    現生大型類人猿は、互いに類似した四肢・体幹骨格をもち、それらは、懸垂運動あるいは垂直木登りに適応した結果だと考えられている。これらの特徴が、共通の進化的起源に由来するのか、各系統において独立に平行進化したのかは、チンパンジー・ヒトの最後の共通祖先像に関わる重要な点であるが、激しい議論が続いている。この解決には、さらなる化石証拠の蓄積と分析が必要である一方、現生種資料から形質の相同性を検討する努力も重要である。現生類人猿の骨格を精査すると、それぞれの系統ごとに微妙に独特な特徴が認められる。この点は、そうした類似性が平行進化の産物であることを示唆するように見えるが、共通祖先由来の相同特徴を基本に、各系統で若干の進化的修正が加わった可能性も除外できない。これまでの研究は、この問題を解決できなかった。そこで、われわれは骨格特徴の相同性を発生過程から分析する計画をたてた。胎児期から生後の成長期にわたるヒトと類人猿の標本をCT撮像し、バーチャル解剖により、成体のもつ骨格特徴の形成過程を明らかにし、その進化的起源の共通性を検討する。派生的形態特徴は、発生プログラムの改変によって生じる。特に、胎児期の初期成長は形態形成に決定的な影響を与えると考えられている。ヒト・大型類人猿の胎児期における形態形成と、全成長期にわたる形態の発生パターンの比較は、ほとんど未知の領域である。われわれは2014年より3年間、科学研究費補助金(基盤研究(A)26251048)によりこの研究を推進する。この発表では、その計画の具体的内容と展望を紹介する。
  • 森本 直記, Ponce de León Marcia S., Zollikofer Christoph P.E.
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B8
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    大腿骨は歩行機能の要であり、その形態は移 動様式の適応の結果として説明されることが多い。一方で、頭蓋形態研究の近年の進展により、中立的な進化過程が形態変異に与える影響が従来考えられてきたよりも大きいことが指摘されている。本研究では、ヒトと最も近縁な現生種Pan属の種・亜種をモデルとし、大腿骨形態の種間変異が適応的な進化過程によるものなのか、中立的な進化過程によるものなのかを明らかにすることを目的とする。Pan属のうち、Pan troglodytes trog-lodytesP. t. schweinfurthiiP. t. verusP. paniscusを用い、大腿骨の形態距離行列と中立的な遺伝距離行列とを、4つの成長段階で比較した。微小形態変異を評価するために、形態地図法を用いて形態変異を解析した。その結果、大腿骨の形態距離行列と中立的な遺伝距離とは、幼児期には高い相関を示すが、成体期には相関を示さないことが明らかとなった。このことから、Pan属においては、大腿骨の形態を決定する発生の初期プログラムは中立的に進化した一方で、発生の後期プログラムは適応的に進化してきたことが示唆された。
  • 山田 博之, 國松 豊, 濱田 穣
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B9
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    オランウータンの犬歯形態を明らかにし、その性的二型をさぐることを目的にこの研究を行った。資料はボゴール動物学博物館(Museum Zoologicum Bogoriense),京都大学理学部動物学教室,京都大学霊長類研究所,国立科学博物館,日本モンキーセンターに所蔵されているオランウータンの頭蓋骨と下顎骨に植立している犬歯の超硬石膏模型である。
    オランウータンの上・下顎犬歯は大きさだけでなく歯冠形態にも性差が強く現れることが分かった。歯冠全体で見ると,オスは隆線や溝がよく発達し浮彫像も明白であるが,メスは隆線や溝の発達が弱く,全体に丸みを帯びている。頬側面からみた上顎犬歯の歯冠概形はオスで太くて底辺が広い二等辺三角形,メスで正三角形をしている。舌側面の歯表面は皺(小溝や隆線)がオスで舌側面全体に多いが,メスではあまり発達していない。近心切縁溝はオスで深く,くい込みが強いが,メスでは痕跡程度である。近心shoulderはオスで歯頚1/4の高さに,メスはオスよりも尖頭よりにある。歯頚隆線はよく発達し,幅広で膨隆が強い。その程度はオスよりもメスの方が発達がよい。歯頚線はオスで中心溝が歯頚隆線を乗り越えることがあるが,メスではその程度は弱い。
    下顎犬歯の頬側面からみた概形はオスで歯冠高が高い不正四辺形を,メスではオスより歯冠高が低い不正四辺形をしていた。歯表面にあらわれる皺は上顎と同様にオスで多いが,メスでは少ない。近心shoulderの位置はオスが歯冠1/2の高さ,メスはオスよりも尖頭寄りに位置している。歯頚隆線はよく発達し,幅広で肥厚し膨隆が強い。メスの方がその程度はオスよりも優る。歯頚線は両性とも歯頚部全体を取り巻く。
    オランウータンの犬歯形態と他の類人猿、人類(化石を含む)の形態を比較した。
  • 早川 卓志, 岸田 拓士, 郷 康広, 川口 恵里, 会津 智幸, 石崎 比奈子, 豊田 敦, 藤山 秋佐夫, 松沢 哲郎, 阿形 清和
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B10
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    野生動物のDNA配列解析は、血縁構造、集団多様性、系統地理、行動多型など、動物生態の遺伝的背景の理解の助けとなる。一方で、野生動物から非侵襲的に収集可能な糞や尿などは、DNA分析試料として質が悪く、広範なDNA分析を制限してきた。本研究では、超並列シークエンシング及びターゲットキャプチャーという次世代のDNA分析技術を利用してこの問題を解決し、糞DNAから野生チンパンジーの全遺伝子配列を解析することに成功した。
    2012年12月から翌年1月にかけて、ギニア・ボッソウの人づけされた野生ニシチンパンジーの単位集団(12個体)から28個の糞を収集し、lysis bufferに常温保存して、DNAを抽出した。糞DNAはホストのチンパンジーゲノムDNAだけでなく、腸内細菌や食物のDNAも含むが、今回のサンプルのホストDNA割合は平均3.9%、中央値2.3%であった。そのうち、ホストDNAが4.0%であったジレ(推定55歳のメス)の糞DNA 1µgを解析に用いた。
    霊長類のゲノムDNAのうちタンパク質を指定する配列(エクソン)は約1.5%である。ターゲットキャプチャーによりヒトのエクソンを濃縮する試薬を、ヒトとチンパンジーゲノムの類似性を利用して、ジレの糞DNAに適用した。濃縮後、次世代シークエンサーMiSeqを用いて、ジレゲノムの各エクソン配列を約40回の厚みで決定した。塩基あたりのヘテロ接合度は0.061%であった。
    同様に次世代シークエンサーHiSeqで決定された、霊長類研究所の野生由来ニシチンパンジー3個体のエクソン配列のヘテロ接合度は0.057-0.059%であったため、ジレは一般的なニシチンパンジーの遺伝的多様性を持つと考えられた。本研究は、ボッソウのチンパンジーの遺伝子多型や集団多様性に関する網羅的な基礎データを提供するとともに、個体ベースの分子生態学研究の新しい方法論を示す。
  • 郷 康広, 辰本 将司, 福多 賢太郎, 野口 英樹, 友永 雅己, 平井 啓久, 松沢 哲郎, 阿形 清和, 藤山 秋佐夫
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B11
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    進化の究極的な駆動源はゲノムに生じる変異である。その変異率の推定には、異なる種(ヒトとチンパンジーなど)それぞれに固定した変異を用いることで推定されてきたが、その場合、異なる種の分岐年代・世代時間・有効集団サイズの正確な推定が常に問題となってきた。近年になり、新型シーケンサーによる大規模配列解読が可能となり、特にヒトにおいては、パーソナルシーケンス時代に突入したことも相まって、全ゲノム配列解読が短時間・低コストで可能となった。その恩恵を受け、ヒトにおいては親子トリオまたはカルテットの全ゲノムを解読することにより1世代間での変異の数および変異率の直接推定に関して複数の報告がされている。しかし、ヒト以外の霊長類においては、比較しうる研究例が皆無である。そこで、本研究では、京都大学霊長類研究所において飼育されている1組のチンパンジー親子トリオの全ゲノムシーケンスを前例のない精度の高さで配列解読を行い(3個体ともゲノムの150倍以上の被覆度の配列量を解読)、また、可能な限り擬陽性を排除した結果、2x10-8/site/generationという変異率の結果を得た。この値は、これまでヒトのいくつかの先行研究で得られた値よりも2倍程度高い値である。しかし、これはチンパンジーの世代時間を20年と仮定した場合、これまでもっとも一般的に用いられてきた中立進化速度である1x10-9/site/yearと合致する結果である。さらに、今回の極めて精度の高いデータを用いる事で、単一塩基レベルの変異の同定だけでなく、個体間のコピー数多型の検出、さらにコドモにおける新生(de novo)コピー数変異の同定なども可能となった。
    今回の研究により、進化および遺伝におけるもっとも基本的な推進力である変異の1世代における動態を直接推定すること、およびその解析の枠組みを提示することが可能となった。
  • 竹元 博幸, 川本 芳, 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B12
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ボノボはコンゴ川左岸の森林地域に生息し、チンパンジーとの共通祖先から0.8-2.0 Ma(Ma:100万年前)に分岐したと考えられてきた。Kawamoto et al(2013)は7地域の野生集団から得られた54のmtDNAハプロタイプに6つのハプログループを認め、それぞれのハプログループの地理的分布が大きく異なることを示した。これらのハプログループはどのような状況で生じ、なぜ現在のような分布になったのか。ボノボが他のPanと分岐した後の、コンゴ盆地左岸における歴史を探る手始めとして、各ハプログループの分岐年代の推定を試みた。
    ボノボの起源については、我々はすでに、第四紀の1.0 Ma前後あるいは1.7 Ma前後の厳しい寒冷期に、祖先集団がコンゴ川の右岸から左岸に進入した可能性を指摘している(第29回日本霊長類学会)。今回この仮説に基づき、チンパンジー/ボノボの分岐年代を1.0Ma(1.7Ma)と設定してBEAST(Drummord et al, 2007)をもちいてボノボのmtDNAハプログループの分岐年代を推定した。
    ボノボのmtDNA共通祖先は、0.4 Ma前後あるいはそれ以前に存在したと推定され、6つのハプログループの分岐年代も、ほぼ0.2 Ma~0.3Maかそれより古い時代を示した。ボノボ個体群間にみられる地域分化の遺伝的特徴は、最終氷期(0.02Ma前後)以降のような最近の環境変遷で形成されたものではないらしい。北半球では10万年周期の氷期・間氷期サイクルが知られている。ボノボ個体群も、数十万年にわたるコンゴ盆地内での森林の拡大/縮小、河川水量の増減などの環境変遷の影響を受けてきたと考えられる。今後、各ハプログループの分岐年代をより詳細に見積もると同時に、これらの分岐年代がコンゴ盆地の環境変遷とどのように対応しているのか検討を加えていきたい。
  • 平井 啓久, 平井 百合子, 古賀 章彦
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B13
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ヨザル(Aotus属)は南米大陸の北部地区に11種が確認されており、染色体数は49本~58本と大きく変化している。その違いは分布域の南部から北部に向かって、染色体数の少ない方から多い方へクラインが観察される(Menezes et al. 2010)。形態による分類はその酷似性から極めて難しく、しばしば種同定の間違いが見受けられる。そのため、特に、飼育個体において種間雑種が起こりやすいことが推測される。我々は、染色体解析において、霊長類研究所で飼育されるヨザル16頭のうち4頭が種間雑種であることを発見した。先行研究において研究所には異なる染色体数を持つ2種(コロンビア北部に生息するAotus grisemembra(2n=53)とボリビア北部に生息するA. azarae(2n=49 (M), 50 (F)))が存在することが確認されていた(Nagao et al. 2005)。我々の染色体解析の中で、染色体数が親種とは異なる染色体数(51, 52, 52, 53)を持つ4個体のメスが観察された。そのうち2個体は染色体数の違いだけであったが、残り2個体のうち1個体(変異個体1)はX染色体のトリソミーが、1個体(変異個体2)は転座変異と常染色体のトリソミーが個体内モザイクとして観察された。
    これらの変異染色体を染色体彩色プローブやアルファサテライトDNAを用いて分子細胞遺伝学的に解析したところ、変異個体1におけるX染色体のトリソミーはA. azaraeのX染色体が増加したこと、変異個体2は3種類の染色体変異が複合的に存在することが観察された。その第1変異は小型常染色体のトリソミーで、皮膚および血液細胞の両方に観察された。第2および第3変異はA. azaraeの小型染色体(ヒト17番染色体に関わるもの)が他染色体に転座した変異であった。しかも、その転座変異は皮膚細胞と血液細胞において変異の存在様式が異なっていた。すなわち、皮膚では転座変異は観察されず、血液では野生型と変異型がキメラ状態で観察された。これらの変異は雑種形成によって引き起こされたものと推測される。
  • 古賀 章彦, プラコンチープ オーン, チャイブラセルチ ナンペ, 平井 百合子, 平井 啓久
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B14
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    前演題で示した細胞および染色体レベルでの現象を、分子レベルで、すなわちDNAの塩基配列の観点から追求している。ヨザル属は、多くの染色体が端部に、大量の構成的ヘテロクロマチンをもつ。そのDNA成分は、187 bpを単位とする大規模な縦列反復配列である。この反復配列は切れやすいと推測される形状をなしている。この切れやすさが染色体変異の原因である可能性を、本演題で提示する。
    この反復配列をOwlRepとよぶ。OwlRepはつぎのような特性をもつ。(1) 染色体の端部に大量に存在し、染色体の内部には小規模にしかみられない。(2) ゲノム内での総量は、セントロメアのDNA成分であるアルファサテライト DNA に匹敵するほどの多さである。(3) 187 bpの反復単位の中に多数の小さな反復が存在するという複雑な構造となっている。(4) ヨザル属以外の新世界ザルに、調べた限り OwlRep は見つからない。
    以上の特性のうち (3) は、DNAの複製の障害になるものと推測される。一方の鎖を鋳型にしてDNAポリメラーゼがもう一方の鎖を伸長させる際に、鋳型が形成する部分的な2本鎖に頻繁に出会うためである。この障害のために複製が完了しなかった場合は、DNA、ひいては染色体の切断につながりやすいと考えられる。この状態が (2) に示す規模で連続している。そして実際に切れやすいとすると、染色体の内部で切断が起こる方が、端部で起こるより影響は深刻であろう。これは (1) の特性と合致する。前演題で示した染色体変異がヨザル属に特有であることは、OwlRepの (4) の特性と矛盾がない。
    以上から、OwlRepの存在および切れやすさが染色体変異の原因である可能性が示唆され、これが本演題の結論である。これが正しい場合、なぜヨザル属でOwlRepが大規模に増幅したかの説明が必要になる。ヨザル属は夜行性であり、OwlRepが夜行性への適応に関与した可能性を、現在検討している。
  • 福多 賢太郎, 野口 英樹, 豊田 敦, 長田 直樹, 郷 康弘, 石田 貴文, 伊佐 正, 藤山 秋佐夫
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B15
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ニホンザルは他のマカク属サルには見られない形態的特徴・社会的特徴を有しているとされ,運動学的,生理学的,認知学的,あるいは病理学的な様々な研究が進められている.
    マカク属の比較ゲノム解析には,2007年に公開されたインド産アカゲザルの全ゲノム配列(rheMac2)が参照配列として広く使われてきたが,ニホンザルを対象にした地域間ないし個体間の比較を行うためには,高精度かつ大規模な配列情報を元にしたニホンザル固有の参照配列を用いることが望ましい.そのため,我々はゲノムの200倍以上の被覆度を持つ配列(Illumina Hiseq2000による大阪府箕面産の個体の配列)を用いて参照配列の作成を進めているが,これと並行して,青森県下北半島産・長野県北部産・宮崎県幸島産の3個体のニホンザル,タイワンザル1個体*,タイ産カニクイザル1個体,中国産アカゲザル1個体*について,それぞれ約50倍の被覆度の配列データを用意し,rheMac2を参照配列とした比較ゲノム解析を実施した(*京大霊長類研究所共同利用研究).
    ニホンザルは比較した他の個体に比べてホモ接合性が極めて高く,他のマカク属サルではヘテロ接合で有しているSNVs(single nucleotide variants)の多くがニホンザルではホモ接合となっていることが明らかとなった.分子系統学的解析の結果から,ニホンザルのゲノムの分岐年代(約144万年前)や有効集団サイズの歴史が推定され,これによって,ニホンザルが大陸から渡ってきた年代(約60万年前)や,ニホンザルに普遍的と思われる共通の強いボトルネックが約10万年前に存在することが推定できた.さらにSNVsの詳細な解析から,ニホンザルに特有なSNVsやニホンザルで有意に進化速度が速いと思われる遺伝子候補を見出した.本会では,全ゲノムレベルの大規模解析によって得られたニホンザルゲノムの特性について報告する.
  • 川本 芳, 葦田 恵美子, 金城 芳典, 谷地森 秀二
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B16
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    これまで四国のニホンザルに関する情報は不足している。遺伝子変異からその成立過程と進化を研究することを目的に、調査を開始した。従来の研究から、個体群の成立や消長を探るのに母性遺伝するミトコンドリアDNA(mtDNA)変異が有用なことがわかっている。また、近年の技術改良により、糞の遺伝子分析を四国調査で応用する時宜を迎えた。群れの分裂を介したメスの移動により、核DNAとは対照的にmtDNAの変異分布では地域差が生じやすい。分子系統関係と変異の地理的構造から、四国のサルのもつ系統地理的特徴を明らかにすることを目標とした。4県11市町村19地点由来の26試料(うち25は糞試料)からDNAを調製し、mtDNA非コード領域の配列を解読した。また、移住オスを判断するため、アメロゲニン遺伝子を標識に性判別を行った。配列比較からハプロタイプを分類し、樹形図とネットワークによる解析から分子系統関係を推定した。地点情報と性判別の結果から、変異分布の地理的構造について検討した。また、島外のサルとの分子系統解析から、四国個体群の成立過程を推定した。この結果、相同性をもつ非コード領域1,020塩基対のアラインメントにより、13ハプロタイプが区別できた。これらのタイプを島外のものと比較すると、単系的な集合と判断できた。例外は淡路島のサルで、香川県讃岐山脈のタイプと似ていた。なお、地理的に近い小豆島のサルは、四国と大きく異なるタイプを示した。一方、四国内部では東西に分布が区別できるふたつのハプログループが認められた。現在の生息地は連続的に分布するにもかかわらず、mtDNAの地域分化では不連続性が明瞭に認められた。これまでの調査から、高知県北部の大川村付近の吉野川上流域に東西タイプが接する境界域があることが判明した。島内に認めた生息地分布と遺伝子分布のコントラストの原因究明が、今後の課題と考えている。
  • 大井 徹, 川本 芳
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B17
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    岩手県釜石市、大船渡市、住田町にかかる五葉山系は北上山系唯一のニホンザル生息地である。この地域のサルは、分布が孤立し生息数が少ないので、環境省のレッドリストでは絶滅の恐れのある地域個体群に指定されている。
    私たちは1991年以降、個体群の存続可能性を評価するために群れの分布、生息数、遺伝子マーカによる個体群内外からの移出入の実態を調査してきた。1990年代初めの群れ数は3、個体数は40~50頭であったが、2014年3月の時点では、群れ数4、個体数約90頭と増加している。また、分布域は、下流の人里方向に拡大し、農業被害が徐々に増加している。
    ミトコンドリアDNA非コード領域の第2可変域の配列(412 bp)では、五葉山系以外の東北地方のサルが同じ遺伝子タイプを持つ一方、五葉山系のサルはそれと異なる固有の遺伝子タイプを持っている(Kawamoto et al., 2007)。今回は、新たに非コード領域の約1,000 bpを32検体で解読した。この結果、五葉山個体群内で4タイプが判別でき、その分布が明らかになった。このタイプを識別することにより、個体の出自がどこかを判別できる。一方、常染色体のマイクロサテライト遺伝子の分析結果(Kawamoto et al. 2008)では、五葉山個体群では下北半島、白神山地のサルより対立遺伝子の多様度allelic richnessが大きく、個体群規模の大きな南東北と同程度と報告されている。このマイクロサテライト遺伝子の個体群間分化をもとに、五葉山と周辺個体群との遺伝子流動を検討したところ、南東北ならびに白神山地の個体群との交流が示唆された。
    五葉山系の個体群は、オスの移住により遺伝的多様性は維持されていると推測できるが、個体群サイズからみるとまだ絶滅の危険性が懸念される。有害捕獲個体が増加しないよう被害防止に努める必要がある。
  • 森光 由樹, 鈴木 克哉, 川本 芳
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B18
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    目的)孤立したニホンザルの群れは、他の群れと繁殖する機会が少なくなり、遺伝的交流が阻害され遺伝的多様性が失われていく可能性がある。ニホンザルの保全を考える上で、群れ間でのオスの移動情報は重要である。オスの場合、ミトコンドリアDNA(mtDNA)は1代限りで消失し、次世代には伝達されない。したがって、この特徴を利用すれば、成獣オスとその群れのメスや子供のmtDNAのハプロタイプを比較することで、オスの移出入を調べることが可能となる。保全上重要なデータになると考えられる。
    (方法)兵庫県内4つの地域個体群(美方、城崎、大河内、篠山)について、分析を行った。それぞれの地域個体群に所属している成獣オス7頭、計28頭を捕獲し、血液を採取し分析の試料とした。塩基配列の解読はPCRダイレクトシーケンス法を用いてmtDNA Dループ超可変領域2(HVR2)412塩基対について実施した.解読したmtDNAの塩基配列と兵庫県および隣接する京都府および鳥取県に生息している地域個体群メスのmtDNA塩基配列のデータと照合し、移動について検証を行った。
    (結果)分析した成獣オス28頭のうち23頭は、生息している地域個体群(メス及び子供)とは異なるハプロタイプを示した。美方地域個体群のオス4頭は大河内地域個体群、佐用地域個体群、篠山地域個体群、若狭地域個体群(鳥取)のハプロタイプ、城崎地域個体群のオス7頭は、美方地域個体群、篠山地域個体群、若狭地域個体群のハプロタイプ、篠山地域個体群のオス5頭は、篠山個体群とは異なるJN21JN35JN6と同一のハプロタイプ、大河内個体群のオス7頭は、すべて美方地域個体群のハプロタイプを示した。地域個体群間でオスの移動が認められた。
  • Nguyen Van Minh, Thuong Thi Thanh Le, Yuzuru Hamada
    原稿種別: Oral Session
    セッションID: B19
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    The distribution and habitat conditions of lorises and macaques were sur-veyed in North-central Vietnam and in a part of North-western Vietnam (Quang Binh, Ha Tinh, Nghe An, Thanh Hoa, Hoa Binh and a part of Son La; 17o14'-20o49' N and 104o35'-106o41' E) by interview and pet observa-tion. Pygmy lorises (Nycticebus pygmaeus) were found in almost areas with both the secondary and primary forests, though their population has re-duced. The northern slow lorises (N. bengalensis) were limited to the primary forests or high mountainous forests with low frequency. Rhesus (Macaca mulatta) and stump-tailed macaques (M. arctoides) were found to range in all forested areas. The latter tends to deploy primary forests and have the highest frequency. Assamese macaques (M. assamensis) were mainly found in almost areas with the high forests and cliffy rocky moun-tainous forest, though their population has extensively decreased. The northern pig-tailed macaques (M. leonina) were reported to range in North-central Vietnam from 17o14' N to 19o03' N, and although there are no records from North-western Vietnam, isolated population possibly oc-curs in 20o23' N to 20o44' N. This species tends to inhabit mountainous forests with both the primary forests and disturbed forests. By the eco-nomical development and the increase of human population all species have extensively lost their habitats through logging, agriculture encroach-ment, and construction of infrastructures, and are under strong hunting pressure. Conservation measures should be taken urgently.
  • 松下 裕香, PABLO-RODRIGUEZ Miriam, SCHAFFNER Colleen M., RAMOS-FERNANDEZ G ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B20
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    霊長類の色覚型を決定するのに重要なL/Mオプシンの最大吸収波長(λmax)は3カ所のアミノ酸サイ(180、277、285)の多型の組合せによって決定されるとされてきたが(3サイトルール)、新世界ザルのクモザル亜科は例外であることを我々は以前明らかにした。L/Mオプシンは哺乳類で一般にX染色体性1座位であるが、新世界ザルではアレル多型を示し、それにより高度な色覚多様性をもたらす。クモザル亜科共通祖先のL/Mオプシンに生じたアミノ酸変異Y213Dは別の変異N294Kに大きな吸収波長シフト効果を与え、かつ180番目のアミノ酸置換による効果を打ち消す。したがって配列から吸収波長を推定するには3サイトに加え、これら2サイトを調べる必要がある。我々はこれまでクモザル2種とウーリーモンキー1種から180、277、285及び213、294のアミノ酸構成がSYT:DNであるλmax ~555 nmのアレルと、S(またはA)FT:DKであるλmax ~538 nmのアレルを見出している。他の研究グループによる部分配列決定によりムリキにはこれら以外のアレルが存在することが示唆されており、クモザル亜科のL/Mオプシンアレルの全体像は未解明といえる。そこで我々はメキシコのユカタン半島Punta Laguna地域に棲息するチュウベイクモザル(Ateles geoffroyi)野生集団の調査を行った。糞由来ゲノムDNAを調べた結果、上述の2アレルに加え、新規にSYT:DKとSYA:YNの2アレルを発見した。3サイトルールと2サイトの効果からSYT:DKのλmaxは548 nm、SYA:YNは543 nmと推定される。今後培養細胞系再構成で実測する必要があるが、これらの結果はこれまでλmaxの異なるL/Mオプシンを2アレルしか持たないと考えられてきたクモザルに、少なくとも4アレルが存在し、多様な色覚型が存在することを示唆している。
  • 毛利 恵子, 清水 慶子
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B21
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    今日、尿を用いたホルモン測定法は、霊長類をはじめさまざまな動物で非侵襲的な内分泌動態モニタリング方法として使われている。しかし、飼育下での尿サンプルの採取・保存と違って野生群や放飼群においてのサンプル採取・保存は、①地面にしみこみ吸い取れないなどの採取方法での困難さ、②冷凍・冷蔵設備がないなどの保存における困難さ、また、③測定設備がある施設まで長距離輸送を強いられるなどのさまざまな問題があり、応用が難しい。
    そこで、それらの問題を解決するため、飼育下チンパンジーやマカクの尿を用いて測定法の開発をおこなった。尿を浸したろ紙からホルモン測定用サンプルを抽出し、これらに含まれる尿中の性ホルモンであるエストロゲン代謝物(Estrone conjugate, E1C)およびプロゲステロン代謝物(Progesterone glucuronide, PdG)量が測定可能かどうか調べた。その結果、E1C、PdGともに測定可能であった。また、これらの測定値はクレアチニンによる補正の結果、採取後冷凍保存した尿サンプルのホルモン測定値と比較して差は見られなかった。さらに、この尿を浸したろ紙を長期間保存したのち同様にホルモン測定をおこなった結果、常温での保存が可能であることが分かった。
    これらのことから、本方法を用いることにより、冷凍・冷蔵設備のない場所においても、採取した尿を用いた性ホルモン測定が可能となった。本法は霊長類のみならず他の動物にも応用可能であり、野生群の内分泌動態モニタリングに寄与できると考えられる。
  • 今村 公紀, リン ユーチン, 西原 浩司, 日下部 央里絵, 岡野 James洋尚, 今井 啓雄, 平井 啓久, 岡野 栄之
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B22
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/08/28
    会議録・要旨集 フリー
    ヒト固有の形質の獲得とその進化のプロセスは、生物学研究における古典的な命題の一つである。ヒト特異性について研究を行う上で、近縁かつ現生する非ヒト霊長類、とりわけ類人猿との比較系統解析は不可欠であるが、動物種としての希少性や生命倫理の観点から、類人猿個体を生命科学研究の対象とすることは不適切である。一方、僅かな組織片からでも作成可能な人工多能性幹(iPS)細胞は、半永久的に増殖すると共に任意の細胞種へと分化誘導することも可能である。また、分子生物学における近年の基盤技術の発展により、モデル動物と非モデル動物の垣根が小さくなり、過去の知見の蓄積に対する依存度も小さくなってきた。従って、類人猿iPS細胞を樹立することによって、研究用途の細胞試料を非侵襲的に供給し、現代に則した分子・細胞生物学的アプローチを適用することが可能になると考えられる。
    以上の背景を踏まえ、本研究ではチンパンジー線維芽細胞(雌・新生児皮膚由来、雄・成体精巣由来)を用いたiPS細胞の作成に取り組んでいる。これまでに、エピソーマルベクターにて初期化因子を導入した細胞をグラウンドステート条件で培養することにより、アルカリホスファターゼ陽性のiPS細胞を高効率に誘導する系を確立することに成功している。これらの細胞はクローン培養および凍結保存が可能であり、多能性マーカー遺伝子の発現やテラトーマ形成能も確認された。また、ニューロスフェア形成培養によって神経系特異的な分化誘導も可能であった。チンパンジーiPS細胞から様々な細胞種を分化誘導し、ヒトおよび他の非ヒト霊長類と比較解析を行うことで、ヒト自身に対する理解が深まるものと期待している。
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