本論では第一に、難民移動の根源に関わるstatelessとdisplacementという全く異なる二つの存在論的位相を弁別する。その上で、従来の難民研究が難民問題の解決という目的に縛られているためにstatelessの観点に議論が集中し、displacementという位相が見えづらくなっていることを論証する。本論において論じられるdisplacementという事態は、たとえstatelessが解消されたとしても、問題として残り続ける。つまり、難民問題の解決をstatelessの解消に求めることには原理的な限界がある。本論では、難民移動に深く関連しているにもかかわらず、従来の難民研究において十分に分節化されないままとなっているdisplacementという事態を明確化する。第二に、以上のように弁別されるstatelessとdisplacementという二つの位相を、本論では、政治思想家のハンナ・アーレントが残した初期の論考の中に読み取っていく。法制度の整備によって難民問題の解決を目指す難民保護レジームとは対照的に、アーレントは、displacementの克服という課題を国家の位相において語るのではなく、難民と民衆とが一つになるというヴィジョンとして描き出した。そのような難民移動にまつわるdisplacementという位相に着目することで、本論では最後に、発展途上世界にとっての難民問題の実相を浮き彫りにしていく。
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