公共政策研究
Online ISSN : 2434-5180
Print ISSN : 2186-5868
20 巻
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巻頭言
特集紹介
  • 宮脇 昇
    2020 年20 巻 p. 6-7
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    本誌名となり20号を迎え,本学会の研究は蓄積されつつある。公共政策学を冠する書が世に問われ,公共政策学の理論と経験は長足の進歩を遂げたといえよう。むろん学際的研究分野として出発した研究領域である以上,政治学,経済学をはじめ先発の学問領域の発展に促され刺激を受けてきた。公共政策学の発展が,理念と経験の双方の研究に立脚し空理に陥ることなく本質を問いつづけ,豊穣な相互作用をもたらしてきたのは,政策現場との緊張とともに先発の学との相互依存ゆえである。

    本号の特集テーマは,第一に先発分野のガバナンス概念を論じ,第二に公共政策教育の方法論を内生的に論じる。第三の特集は,本学会の社会的責任にかんがみ,公共政策学の学問的使命として喫緊の人類的課題に応答しようとするものである。

特集
I ガバナンス研究の新たな地平
  • 青木 一益
    2020 年20 巻 p. 8-25
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    わが国では,東日本大震災・福島原発事故を契機に露見した大規模集中型の電カシステムの脆弱性を,再生可能エネルギーを用いた小規模電源や蓄電池等の分散型技術の導入により克服しようとする一連の展開を見る。電カシステムの分散化は,エネルギーの地産地消を志向した,地域主体のエネルギー・ガバナンスに道をひらくと謳われる。また,地域賦存の再生可能エネルギーの域内活用は,地元雇用や税収増をもたらすとされる。このため,地域再生・地方創生の観点から,分散化の帰趨に関心を寄せる地方自治体や地域事業者も多い。そこで本稿では,サステナビリティ・トランジション論に依拠しつつ,分散型システムヘの移行に果たすローカル・レベルの役割やその位置付けについて論義する。今日の同論は,ローカルに萌芽するイノベーションにかかわる実験的試みと,ナショナルに作用する既存システムの変革の様態との相互連関をめぐり,その論考を深化させている。本稿では,その中から,ナショナルーローカル間空間モデル,構造一アクター間モデル,エンパワーメントの類型論,社会的着床化モデル,の4種業績を概観した上で,今般の「エネルギー供給強靱化法」(2020年6月)に至る施策展開を主な素材とした考察を行い,エネルギーの地産地消や自立分散型システムの実装・普及に資する,ローカル・レベルにおける実践やその制度化の可否を分析するための視座・枠組みにつき含意を得る。

  • 木寺 冗
    2020 年20 巻 p. 26-38
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    全国8つの高等裁判所は同格に位置付けられているか。こう問われれば,多くの方が位置付けられていると答えるであろう。たとえば札幌高等裁判所と東京高等裁判所で出された判決は同じ効果を持つ。しかし,人事政策上はどうか。

    日本の地方自治のガバナンスは司法権なきガバナンスである。高等裁判所の裁判官の人事に,定められた管轄内の地方自治体が関与することはできない。東京に所在する最高裁判所を頂点とする人事システムの中で,「優れている」と評価される裁判官が特定の地域を管轄する高裁に配属され,それより「劣る」裁判官が違う高裁に配属される傾向ははたしてあるのか。

    これまでの先行研究では、最高裁を頂点とする裁判官の人事システムを包括的に定量的に理解する分析は限定的であった。そこで,本稿では,ネットワーク分析と質的比較分析(QCA)を用いて,高等裁判所長官間の人事政策上の位置付けを明らかにする。その結果,平均して各期に1名前後が就任する最高裁判所裁判官を頂点とする人事システムにおいて,まず8つの高等裁判所間では確実な序列の違いが存在すること。そして,半数強の最高裁裁判官に該当する「確実に最高裁判所裁判官に到達するコース」が確認される一方で,半数弱の最高裁判所裁判官はこれに当てはまらないコースを歩んできたことも示された。この人事システムは,「遅い昇進」モデルと同様高等裁判所長官に対し最後までモチベーションを維持し,組織の選好に合致するような行動を取る誘因を与える構造となっていることを示唆する。

  • 野田 遊
    2020 年20 巻 p. 39-48
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    広城連携が十分に機能するかどうかは,構成市町村の自治体運営能力と,市民がどの程度連携を志向するかに依存する。特に後者の連携志向は,日本の広域連携の議論ではほとんど対象にされないが,自治体が市民へのアカウンタビリティを強化するうえでは,その把握こそが本質的に重要である。本稿は,都市圏主義の議論を参考に,中心都市・郊外自治体の相違と,圏域での連携志向の関係を追究するものである。先行研究では,郊外自治体の市民は,圏域に強い愛着をもつが,具体的な改革をともなう連携志向には,中心都市主導を回避しようと反対する。この背景には,欧米では富裕層が郊外自治体に居住する点がある。ただし,日本では必ずしも富裕層が郊外に居住するわけではない。本稿では,中心都市か郊外自治体かという点が,連携志向に与える影響について,連携組織,事務の委託,府県による補完を対象に検証した。その結果,連携組織や事務の委託は,中心・郊外を示す変数から影響を受けず,郊外自治体の市民ほど連携志向に反対するという傾向はみられなかった。一方,府県による補完は,小規模自治体の市民は許容するが他の自治体の市民は反対の態度を示す。欧米の郊外自治体の市民が中心都市との連携を嫌うのと同様の理由で,府県補完に対しては,むしろ市町村規模が大きくなるにつれ,市民は自治低減を危惧し,補完を嫌う。本研究は,制度的方法論が中心の日本の広城連携の議論に対し,市民による連携志向の実態に迫ることで,広域連携における自治再考を促すものである。

Ⅱ 公共政策学教育におけるケース・メソッド
  • 窪田 好男
    2020 年20 巻 p. 49-60
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    公共政策学とその教育であるところの公共政策教育は人材育成を主要な目的の1つとしている。様々な教育手法がある中で,公共政策学教育についての先行研究では,公共政策学教育を民主主義社会における公共政策の決定に参加する能力を育むものと捉えた上で,PBLが実際の問題に主体的に取り組むことを学生に求めていることに注目し,PBLが公共政策学教育の中核を担うとしている。

    公共政策学教育の手法としてはPBLだけではなくケース・メソッドもある。本稿では,公共政策学教育においてケース・メソッドが重要であることを論じるとともに,PBLとの相違を明らかにすることでケース・メソッドの特徴を明らかにする。政策形成の学習であること,知識と体験の統合を行うものであることという公共政策学教育の中核として重要な点においてケース・メソッドはPBLと共通するが,PBLが政策現場との関わりを持つのに対し,ケース・メソッドは模擬的手法であり政策現場との関わりを持たない。そこから,学習者では本来扱えないレベルの政策を扱うことができる,要点に焦点を合わせて短時間で学べる,反復的に学習することが可能といったことがケース・メソッドの特徴である。また,本稿では,公共政策学教育におけるPBLについて,教員等に支援されつつ学習者が政策過程の完全な実体験をする教育手法であることを明らかにするなど,いくつかの新しい知見を提供する。PBLやケース・メソッドなど公共政策学教育の手法についての研究の課題についても指摘する。

  • 脇浜 紀子, 戸田 香
    2020 年20 巻 p. 61-75
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    本稿は,公共政策学教育において少しずつ浸透してきたケース・メソッドという教育手法が,とりわけ実務経験を持つ教員に取り入れやすい手法ではないかと推測し,その実態をメディアを対象とする科目の領域で明らかにすることを試みる。

    公共政策学教育において,ケース・メソッドは実践の報告が積みあがってきているが,その研究蓄積は決して豊富ではなく,とりわけ実務家教員を対象にしたものはその実態が明らかになっていない。そこで本稿は公共政策と関係が深いメディアを対象とする科目を捉え,事例とアンケートを通じて観察した。その結果ケース・メソッドは「経験」を重視するという特徴をもって,実務家教員に取り入れやすい手法と示す。さらにケース・メソッドは,実務家教員に不十分とされてきた経験から得られた知識(実践知)の体系化を可能とすることも導く。

    しかし,このような特徴がありながらも,ケース・メソッドはメディアを対象とする科目を担当する実務家教員全体に浸透しているとはいいがたく,自らの講義手法がケース・メソッドであるとの自覚がなく用いられている場合もあった。今後実務家教員が学びの機会を持つことで,ケース・メソッドが積極的に広がる可能性があると論じる。

Ⅲ COⅥD-19への公共政策学からのアプローチ
  • 足立 幸男, 杉谷 和哉
    2020 年20 巻 p. 76-86
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    本論考の主要な目的は,新型コロナ感染症(COVID-19)の世界的蔓延がトランス・ディシプリンとしての公共政策学に如何なる課題を突き付けているか,パンデミックの「解決」少なくともその沈静化に如何なる貢献をなし得るかを考察することである。その究極的主張は,新型コロナ感染症のような深刻な不確実性と複雑性,価値観の容易に調停し難い相克という厳しい制約条件――なわち,「悪構造性」(wickedness)――の下での喫緊かつ臨機応変の対処を要求する政策課題に対処するためには,専門性の活用が不可欠であると同時に.その「適切」な活用の意思と能力を有する政治的リーダーの存在(と,その卓越した資質と能力に相応しい活躍の場を提供すること)が強く要請されるということである。

    国内外を問わず,EBPMに代表される専門性の活用を推進しようとする大方の研究者は,これまで概して,その都度の個別的政策に固有の(技術的)専門知の研究開発と,かくして定式化された専門知を成功裏に政策過程に反映させるような制度枠組みの探求とその不断の改良に取り組んできた。ただ,これらは公共政策一般わけても危機への迅速かつ的確な政策対応の質を向上させるための必要条件ではあっても,必要十分条件ではない。リーダーシップの研究が不可欠である所以であるが,コロナ危機に呻吟する日本と世界にあってその登場と活躍が今最も強く要請されているのは,専門家の進言に真摯に耳を傾けつつも,彼らに責任を押し付けるのではなく,自らの判断でしばしば「悲劇的選択」(tragic choice)を伴う重大な決断をなし,国民にどうしてほしいかを言葉を尽くして説明し納得を得ることによって国民の行動変容を促進し,事態の推移に応じた臨機応変の方針転換を厭わず,説明責任(アカウンタビリティー)を果たすことから決して逃げようとしない,そのようなリーダーである。

    3.11とその直後の炉心溶融事故という悪夢としか言いようのない現実を目の当たりにして.多くの政策知識人は日本の政治行政及び政策決定・政策勧告システムに致命的欠陥があることを思い知らされた(筈である)。にもかかわらず,10年近くの歳月を隔てた今,我々の眼前に広がるのは,あの時と見紛うばかりの「政治的リーダーシップの迷走」と「政治と適切な距離を保つことのできない専門家」の姿である。危機を好機と捉え,今度こそ抜本的システム改造を実現せねばならない。

  • 岩崎 正洋
    2020 年20 巻 p. 87-97
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    2020年は,世界中がCOVID-19の感染拡大に直面した年として,後々まで語り継がれることになるであろう。我々の日常は大きく変化し,これまでの当り前が当たり前ではなくなり,以前とは明らかに異なる「新しい日常」が求められるようになった。まさに,社会のさまざまな側面が変化から逃れることはできなかった。COVID-19の登場により,人類が経験した新しい現象は,まさに公共的な問題であり,その問題解決のためには,公共政策による取り組みが必要になる。それゆえ,公共政策学の研究領域にCOVID-19が含まれることになり,新たな研究対象として位置づけられることとなった。そこで,本稿は,公共政策学の研究において,COⅥD-19を取り扱うには,どのような見方があるか,どのような見方が必要かという点について考えることを目的とする。本稿では,とりわけ,日本におけ,る2020年1月から5月までの感染拡大の「第一波」の時期に焦点を向け,政策過程論的アプローチと比較政治学的アプローチという二つの点から議論を進めていく。その意味で,本稿は,公共政策学における研究対象として,COVID-19を取り扱う際の論点抽出の役割を果たすものとして位置づけられる。

  • 小松 志朗
    2020 年20 巻 p. 98-108
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,COVID-19の事例を通じて国際政治の視点から有効な感染症対策のあり方を探ることである。特に注目するのが,アメリカ,WHO,中国の関係である。アメリカとWHOは渡航制限をめぐって対立していた。対立が激化したのはそもそも渡航制限の効果に関して政治と科学が対立しているところに,WHOの指導力の弱さ,米中対立という要因が重なった結果である。米中対立に目を向ければ,それが民主主義と権威主義という異なる政治体制間の競争でもある点が,感染症対策との関連で重要になる。国内対策はしばしば個人の自由や権利を制限する「強い措置」を含むことから,民主主義国にとっては強い措置が果たして採用すべき有効な対策なのかどうかが難しい問題となる。しかし,いくつかの研究が示唆するように,「強い措置=有効な対策」の等式が常に成り立つわけではない。感染症対策の強制性と有効性は別物であり,概念上はいったん区別するべきだろう。以上の分析を踏まえると,国際政治の文脈で,有効な感染症対策を実現するために求められるのは,次の2点である。政治と科学の連携を促すためにWHOの機能・権限を強化すること,そして「強い措置=有効な対策」という等式を前提にせず科学の判断に耳を傾けることである。いま国際社会が必要としているのは,強い措置よりもまずは強いWHOである。

  • 宮脇 健
    2020 年20 巻 p. 109-119
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    新型コロナウイルス(COVID-19)が世界的に感染拡大し,今も収束の兆しが見えない。日本でも感染者が拡大し,緊急事態宣言など様々な対策を講じてきた。その中で,住民に対応を行う,地方自治体の役割は重要視される。そこで,本稿では,2009年に新型インフルエンザ対応を参考にしながら,今後のCOVID-19に関する地方自治体の課題について考察を行う。その結果,医療機関との連携が地方政府の医療体制を充実させる要因であることが分かった。新型インフルエンザに限っては対応することが可能であったことを示している。

    本稿は新型インフルエンザ時の地方自治体の分析から今後検討すべき課題である,基礎自治体と医療機関との連携について明らかにし,地方自治体の対応の課題を抽出した。

投稿論文
  • 奥田 恒, 吉川 和挟
    2020 年20 巻 p. 120-133
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は以下の二つである。一つは政策デザイン活動において公共問題の定義を操作する際に生じる利点と規範的問題を探ることである。二つ目は,問題の再定義がもたらす規範的問題点を乗り越え,それを正当化可能な政策デザイン方針として「法的アプローチ」を提案することである。

    「問題の再定義」とは,政策過程に生じるトラブルを排除し政策運用を円滑化するために行われる,政策問題の意図的操作である。本稿では政策デザイン論の観点から「問題の再定義」を手続的情報的政策手段と任意の政策手段とのポリシーミックスの一形態として定義づける。そして,「問題の再定義」には合意形成や政策受容獲得の容易化という利点があるものの,他方で政策目的が隠蔽され民主的統制を受けづらくなること,目的と手段が曖昧化することなどの問題点があると指摘する。

    この問題点を克服するため,本稿は「法的アプローチ」を提案する。法的アプローチはまず立法段階で,法律において政策目的と手段を可視的に結びつけ,次に行政段階で法を適用しながら問題解決のための政策デザイン活動を行う。本稿は,問題の再定義は行政段階において,法が定めた目的・行政権限の範囲内でのみ用いられるべきと主張する。この提案は,「問題の再定義」をともなう政策デザインの民主的統制を担保すると同時に,伝統的な合理的問題解決モデルであるリニア・モデルの再定式化を可能にする。

  • 成 鎮宇
    2020 年20 巻 p. 134-148
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    本稿は,介護行政における地方政府の違反対応は権限移譲をきっかけとしてどのように変化したのか,それに影響を及ぼすのは何かという問いに答えようとするものである。すなわち,権限移譲前後の地方政府の行政組織による政策実施の実態を確認し,その規定要因を解明することが本稿の目的である。これらは,福祉支出や政策効果を分析対象とする多くの地方分権研究が見落としてきた側面であると同時に,社会経済的文脈に注目してきた介護政策研究でも十分に説明されていない問題といえる。そこで本稿は, 2012年度に行われた権限移譲の移譲先となった各政令指定都市(以下,政令市)が事業者に対して実施した事後コントロールについて実証分析する。具体的には,権限移譲前後の比較検討から各政令市の実態を把握したうえで,組織改編の有無と事後コントロールの実施結果との関係に注目した仮説を差分の差分法で検証する。政令市単位で集計したオリジナル・パネルデータを用いた分析では,権限移譲をきっかけとした組織改編の事後コントロールに対する正の囚果効果を確認した。制度という応用可能性の高い要囚に着眼した分析結果は,マクロ・レベルの制度変化とミクロ・レベルの結果との間に存在するミッシングリンクの一面を明らかにし,介護保険制度改正の政策効果を左右する一つの手がかりを示すなど,理論的・実証的に有意義な含意を示唆する。

  • 山田 健
    2020 年20 巻 p. 149-161
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    本論文は,高度成長期日本の地域開発政策の代表的事例である鹿島開発について,先行研究が看過していた史実を見出し,その史実をもとに再考するものである。先行研究は,当時茨城県知事であった岩上二郎の活動を起点に,知事の指導力や中央省庁・財界の関与が鹿島開発の展開に作用していたことを指摘した。他方,先行研究は,鹿島開発の展開を決定付けた物事を明らかにするには至っていない。そのため,鹿島開発は,代表的事例でありながら,依然として未解明の部分を少なからず残している。そこで,本論文は,先行研究が対象としなかった時期・主体・事業を射程におさめ,鹿島開発の中心であった鹿島港整備の過程を論じることで,鹿島開発の全容の解明を試みた。

    その結果,大きく三点の史実が明らかになった。第一に,岩上知事の先代である友末洋治知事の在任中,県が鹿島港整備構想を形成しえなかった反面,国はその構想を形成していた。第二に,鹿島港整備構想の浮上・具体化・実施の各段階において,中央省庁出先機関である運輸省第二港湾建設局が中心的な役割を果たし,茨城県は後景に退いた。第三に,茨城県は鹿島港整備を主導しえなかったものの,自県の制約を現実的に解釈し,県政全体の中で裁量の余地を見出し,その余地において主体的に活動した。

    これらの史実の解明を通じて,本論文は,鹿島開発について,出先機関の「中央主導型」の行動様式と,それに対する「農業県」である地方自治体の「後景化」戦略が交わることで,「国家的事業」としての鹿島開発とそれに付随する茨城県政が展開されたことを明らかにした。

  • 渡邊 有希乃
    2020 年20 巻 p. 162-177
    発行日: 2020/12/10
    公開日: 2021/10/02
    ジャーナル フリー

    日本では1990年代以降,入札の競争性向上を目的とした公共調達制度改革が進行した。しかし国士交通省直轄工事入札における一件当たり応札数は減少傾向にあり,入札の顕在的競争性は低く保たれている。なぜ行政組織は,改革下でもなおこうした制度運用を行うのか。本稿では,むしろ応札数の増大に合理性を見出す多くの先行研究が問題外としてきた「制度運用の取引費用」に焦点を当てることで,手続的合理性の観点から応札数抑制の優位性を検討する。公共工事調達は,低価格・高品質の追求という目標を伴った,事業者選定を巡る行政組織の意思決定活動である。だが,これらトレードオフ関係にある二目標を同時に考慮し,両者の適切なバランスのもとに唯一最適の事業者を決定するには膨大な取引費用がかかり,現実上の行政組織がこれを負担するのは難しい。しかし,事業者の施主能力をふまえた品質判断に基づいて参入可能な事業者を限定し,それを通過した事業者間で競争入札を行わせる,つまり,まずは品質・次に価格といった形で両価値を逐次的に扱えば,意思決定にかかる取引費用は削減される。即ち応札数抑制は,低価格・高品質という目標を同時に追求することの難しさを緩和するための戦略がとられていることの表出として説明され,このとき,事業者選定の手続的合理性は向上していると推論される。なお以上の妥当性は,国士交通省直轄工事の入札結果データを用いた計量分析によって,実証された。

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