マクロな視点で見れば均一に見える放射線場でも,DNAや細胞核などミクロな視点で見ればその線量は大きくばらついている。このミクロな線量の不均一性が照射効果に与える影響を定量化するためには,その確率密度分布を評価する必要がある。本稿では,マイクロドジメトリの観点から線量不均一性の概念について解説するとともに,近年,我々が開発したミクロ線量の確率密度分布計算手法やその応用例について紹介する。
放射線加工や医療分野などにおける吸収線量の測定には,いわゆる化学線量計が用いられており,その原理や製造などに放射線化学が活かされている。放射線利用における品質管理・品質保証などの手段としての有用性,それらの標準化の基盤となる国際規格との関わりなどとともに紹介する。
固体放射線検出器において,特にエネルギー分解能を左右する基礎過程を概観する。放射線による電子正孔対の生成数のばらつきに関する統計,入射γ線エネルギーに依存したシンチレーション効率,及び発光中心タイプのシンチレータにおけるエネルギー移動過程を論ずる。さらに,放射線化学における初期過程などの重要な諸問題への展開を述べる。
放射線による生物影響のメカニズムの解明には,モデルやシミュレーションを用いた研究は重要な役割を持つ。特に,メカニズムに関する仮定や生体の異なるレベルで得られた実験データの間の関係を評価するためにはシミュレーションは有効な手段である。本稿では,DNAと細胞への放射線影響のシミュレーションによる研究の概要について述べる。この中で,DNA損傷生成に関わる物理化学過程の詳細を推定する理論的アプローチと,DNA損傷と細胞応答のダイナミクスを推定する数理モデルも紹介する。
低温イオン液体中では,イオン液体の粘度が極めて高いので,イオン化により生じた過剰電子周囲の溶媒和ダイナミクスは極めて遅い。そのため,通常の溶媒では観測不可能な,ドライ電子の反応や溶媒和前の電子の吸収スペクトル変化が観測可能であることなどを紹介する。
固体と水との混合物に対する放射線効果は,シリカ等の無機酸化物を対象に研究が進められてきた。界面でのエネルギー/電荷移動が多くの実験で確認され,初期過程において有意な影響を持つことが示された。しかし,後続の界面反応は課題として残されている。ここではゼオライト,ウラン酸化物を例に挙げるが,この課題は基礎と応用との隔たりとなっている。固液界面での放射線化学が有意義な知見として結実するには,この乖離を克服するためさらなる研究が必要である。
放射線グラフト重合及び後続の化学反応によって,市販の6-ナイロン繊維に付与したグラフト鎖相に,不溶性無機化合物,抽出試薬,及び酵素を固定した。不溶性フェロシアン化コバルトを担持した繊維が,東京電力福島第一原子力発電所の汚染水からの放射性セシウムの除去に使用されている。酸性抽出試薬担持繊維及びウレアーゼ固定繊維は,それぞれ酸性溶液からの希土類イオンの回収及び水中の尿素の加水分解に適用可能であった。
化学増幅ポジ型電子線レジストとして,ベース樹脂,溶解抑制剤,酸発生剤からなる3成分レジストにおいて,レジスト感度,解像度の観点から材料設計指針について解説する。ベース樹脂には,tBOC-PVPを開発しtBOC-PVPのtBOC化率が高いほど感度は低下し解像度は向上するためその最適値を決定した。溶解抑制剤は,未露光部の溶解速度の低下のみならず,露光部の溶解速度の向上にも寄与し,露光後に酸性度が高くなるジカルボン酸エステルが最適であった。酸発生剤としては,オニウム塩のカチオン部には電子線吸収量が大きくなる原子番号の大きい元素を,アニオン部には高酸性度の化合物を用いると,感度は向上する。
ホウ素(B),リン(P),ヒ素(As)のイオンをノボラック系ポジ型レジストに5×1012~5×1015個/cm2注入したイオンビーム照射レジストの化学構造を解析した。イオン注入レジストの表面部分は硬化しており,As→P→Bの順で硬化層は厚く,逆に硬化密度は小さくなった。イオン注入量にしたがい,レジストのπ共役系が形成され(UV測定),酸素成分が減少して炭素成分が増加(XPS測定),O–H及びC–H伸縮振動が減少しC=C結合が確認された(FT-IR解析)。以上より,イオンビーム照射により,レジストは表面部分が変質し,ヒドロキシル基が脱離して架橋した構造となることが判明した。
放射線によるポリマー材料の形状制御は,比較的簡便に非常に精度の高い加工が可能であるという点で,近年のナノ材料創製の中核技術の一つとしての地位を固めつつある。一方でポリマー材料の形状をナノメートルスケールで制御するという考え方・技術の歴史は古く,ポリマーの分子のサイズや形に関する詳細な議論をベースとして,放射線が引き起こす反応による物性の変化に関する基礎的な研究は,その発端が20世紀中盤までさかのぼる。さまざまに形を変えるポリマー中の「長い鎖」は,ポリマー材料の機械的強度や熱安定性,溶解・加工性など,ポリマーの特徴・優位性のほとんどを支配するため,その統計・定量的な解析が盛んに試みられてきた。ポリマーの「大きさ」は,多くの場合,後述する慣性半径としておおよそ数ナノメートルの領域に存在するため,単純な分子に比べてその形態やサイズの検証に適した対象であった。また,その大きさゆえ,ポリマーの形状・機能制御は,ナノ材料の創製・機能制御に直結しているといえる。反面,ナノメートルスケールの大きさを有する「ポリマー」を用いて,数~数十ナノメートルの材料を形成するという試みの難しさは想像に難くないが,ここでは放射線によるポリマーの重合・分解・架橋反応を巧みに用いて,ポリマー分子のサイズに匹敵する微細機能性材料開発に関する研究の一端について紹介する。
陽電子は電子の反粒子であり,固体や液体中に入射された陽電子は電子と100ピコ秒から数ナノ秒程度の寿命で消滅する。その際にその質量エネルギーがほとんどの場合2本のγ線として放出されるが,これらγ線を計測し得られるエネルギーや消滅率から,消滅直前の状態についての情報を得ることができる。また,ある確率で陽電子は過剰電子とポジトロニウムという結合状態をピコ秒程度までに形成し,ピコ秒までの反応のプローブとなりえる。その後,三重項Psが消滅するナノ秒までの時間に起こる反応により,スパー内活性種に関する議論も可能となる。ここでは,放射線化学に関連する情報がどのように得られるのか,また,放射線化学に関連した過去の研究について解説し,放射線化学への陽電子消滅の利用の可能性について,理解を深めて頂く。
近年,高精度放射線治療の発展に伴い,放射線治療計画の更なる品質管理・品質保証(QC・QA)の観点から,その線量評価を3次元的に直接行うことが求められており,その候補のひとつとして,放射線化学反応を利用した3次元ゲル線量計が注目を集めている。本稿ではポリマーゲル線量計を中心に紹介し,その概要と応用,課題について述べる。
冷却水喪失事故を代表とするシビアアクシデント(過酷事故)において水の放射線分解は事故時及びその後の廃止措置,廃棄物処理・処分等で,爆発源となる水素の発生,並びに腐食等の接水材料の劣化の要因となる。さらに,東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故では平常時には到底考えられない海水が投入されたことで,これらの現象がより複雑となった。1F事故以降に進めてきた研究について,海水塩分,固体共存,工学的条件をキーワードに紹介する。
農学分野では古くから農作物の品種改良に放射線による突然変異誘発が利用され,最近では高LET放射線を用いたイオンビーム育種によって農作物のみならず花卉類や樹木,産業微生物にも新しい品種が数多く創出されている。食品への放射線照射は世界的に実用化が進んでいるが,日本ではジャガイモの照射芽止めだけが許可されている。照射食品の表示の正しさを担保するため様々な検知法が開発され,簡便で汎用性のある新しい検知法の開発も進められている。
宇宙では宇宙線や太陽風・フレアなどの電離性放射線(紫外線を含む)が,簡単な分子からPAH(多環芳香族炭化水素)のような大きな分子に至るまで,その分解,生成に何らかの形で関与している。現在までに宇宙で発見された分子が関わる化学反応や生命の起源に関わる化学反応・化学進化について,現在知られていることについて概観する。
宇宙に関わる放射線化学の研究対象としては,1)上に述べた宇宙という自然環境における分子生成に関する分野,2)宇宙で活動する際に必要となる材料(例えば耐放射線性高分子や半導体)や放射線検出器などの開発分野が考えられるが,ここでは1)のみを対象とする。