宗教と社会
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29 巻
選択された号の論文の49件中1~49を表示しています
論文
  • 本間 大善
    2023 年29 巻 p. 1-13
    発行日: 2023/06/24
    公開日: 2025/05/31
    ジャーナル フリー

    本稿は、〈障害者〉を差別する社会の史的構造を明らかにすることを目的とする。主として起請文に書かれる「罰文」の機能の変化について考察を行い、日本中世社会において存在した種々の〈障害〉の内でもとりわけ「癩」が析出された構造を解明することを試みた。1187年~1300年の史料に見られる罰文を、3期に区分しながら網羅的に検討し、①罰文における「癩」は、重源や鑁阿といった勧進聖によって意図的に析出されたこと、②癩罰文は勧進聖を回路として在地社会に広まりを見せたこと、③そのような癩罰文の利用は、高野山や東大寺といった寺院社会に収斂することを明らかにしえた。また、従来の中世身分制研究と、本稿の企図する障害史との接点を阻むものとして、身分制研究における「職能」による非人の類型化・系譜化があることを指摘し、三枝暁子氏の研究を参照しながら、身分制研究の背後にある能力主義を乗り越える必要があることを提言した。

  • 上野 庸平
    2023 年29 巻 p. 15-30
    発行日: 2023/06/24
    公開日: 2025/05/31
    ジャーナル フリー

    民主化運動(1980年代後半)以降のマダガスカル現代政治史は、1991年、2002年、2009年の三度、憲法によらない政権交代(政治危機)に見舞われたことが特徴的である。キリスト教会は、それぞれの政治危機に対し、民衆の側に立つモラルオーソリティや政治権力と癒着した利益集団などとして現れてきた。そうした教会の政治的役割や立場は、先行研究にて、1991年の政治危機では民衆と政権の「仲介者」、2002年は政権交代を決定付ける「審判者」、2009年の危機では、政教が重なり合うネポティズムによる無力な政治アクターとして論じられている。本稿は2009年の政治危機で政治に対する重なり合った関係性を失くしたキリスト教会が、2010年以降のマダガスカル第四共和国憲法体制の下でいかなる政治との関係性を有しているのかを具体的な法律や政策、政治家と教会との関わりを基に実証的に論証し、「マダガスカルのライシテ」を素描する。

  • 髙多 留美
    2023 年29 巻 p. 31-45
    発行日: 2023/06/24
    公開日: 2025/05/31
    ジャーナル フリー

    現代社会において「デスカフェ」という場が拡大している。その背景には、死のタブー化や社会の個人化の問題があると考えられる。本稿では、そうした問題を手がかりに、デスカフェ参加者6名へのインタビュー調査を実施し、SCAT法を用いた質的分析を行った。語りで相違点が目につく事柄と、比較的共通している事柄をそれぞれ6項目ずつ抽出し、その結果をもとに「道徳的問いをもたらす再帰的な場」と「コミュニタスを生む通過儀礼的な場」というふたつのデスカフェの特徴を導き出した。これらの特徴は、デスカフェが新霊性文化の流れを象徴的に表しており、社会の個人化や死の私事化が、個人の宗教化へと向かっていることを裏づけるものであった。また、デスカフェは公共空間の様々な場で拡大しており、伝統宗教がデスカフェを取り入れようとしている動きもある。これらから、デスカフェが社会の再聖化へと働きかける機能をもつ可能性も示唆した。

  • 内田 朋美
    2023 年29 巻 p. 47-61
    発行日: 2023/06/24
    公開日: 2025/05/31
    ジャーナル フリー

    本論文では、東日本大震災において支援活動をしていたカリタス釜石の事例から、キリスト教信者の信仰とボランティアの活動動機との関係性、非信者の宗教との接点とボランティアの活動動機の関係性を検討した。さらに、キリスト教信者と非信者ボランティアの交流に注目し、カリタス釜石の事例から、稲場が提唱する「利他行ネットワーク」概念の有効性についての検討を試みた。その結果、日常的に祈るキリスト教信者の動機の背景には、人としての共感と、キリスト教に基づいた価値観が存在していることが明らかになった。一方、非信者にとって、過去の宗教との接点は活動動機に影響を与えるものではなかった。また、カリタス釜石では、「利他行ネットワーク」が形成され、キリスト教信者と非信者は互いに尊重し高め合う関係を築いていた。「利他行ネットワーク」は、ボランティアの意欲を促している。

  • 河野 昌広
    2023 年29 巻 p. 63-75
    発行日: 2023/06/24
    公開日: 2025/05/31
    ジャーナル フリー

    本稿では、聖なる空間の現代的変容という課題に対して、移動や道空間という観点からの考察を付与すること、四国遍路の現代的変容の一端を明らかにすること、の2点を目的に、難所の変遷という観点から考察を行った。江戸期の四国遍路記に見られる難所の記述と、現代の四国遍路記に見られる難所の記述を比較することにより、江戸期と現代において難所の変遷が見られるかどうかを検討し、難所の変遷が見られるのであれば、その特徴を明らかにするためにテキスト分析を行った。分析の結果難所の記述に三つの特徴が見られた。一点目が両方に共通して見られた山道や坂道などの難所の記述。二点目が江戸期には見られたが現代では見られない川や海の難所の記述。三点目が江戸期には見られなかったが現代で見られるトンネルや車道などの難所の記述である。江戸期から現代へと時代が変わるにつれて、難所は場所を変え、その意味合いを変えてきた。本稿を通して四国遍路道をめぐる多元的空間構成のもつ現代的意味の一端が明らかになった。

  • 磯部 美紀
    2023 年29 巻 p. 77-91
    発行日: 2023/06/24
    公開日: 2025/05/31
    ジャーナル フリー

    近年の日本では、多様な葬儀形態が展開され、僧侶の関与する葬儀が「自明」なものではなくなりつつあるなかで、葬儀における僧侶の存在意義が問い直されている。本稿では、葬儀において僧侶が果たしている役割を、型・記憶・社会秩序の観点から明らかにするとともに、葬儀における僧侶の位置づけを考察する。新潟県と岐阜県における葬儀の事例研究により、僧侶・故人・遺族の緊密な関係が残る地域では、葬儀における僧侶の役割として、儀礼の「型」を体現し、死者の記憶を調整し、新たな秩序観を提示することの3つが指摘できる。しかしこれらの役割は固定的なものではなく、揺らぎつつある。そうした状況において、僧侶は自らの位置づけをめぐって2つの顔(宗教的職能者・生身の人間)の間で葛藤しながら、悲嘆にくれる遺族の思いや期待に沿った立ち振る舞いをしようとしていることが明らかになった。

  • 古澤 健太郎
    2023 年29 巻 p. 93-105
    発行日: 2023/06/24
    公開日: 2025/05/31
    ジャーナル フリー

    本稿では、沖縄においてキリスト教が在来宗教の祭祀とどのように向き合ってきたのか、ということについて、聖公会の資料を中心に考察した。主たる調査対象は沖縄における聖公会の機関紙『時報』のうち1980年代までに発行されたものと、1987年に発行されたガイドブック『沖縄における聖公会の生死観と葬儀の実際』である。『時報』には祖先祭祀に関わる記事が数多く掲載されており、ガイドブックもまた沖縄における聖公会の信仰生活に対し具体的な指針を提示するものであった。これらの資料から、沖縄の聖公会が祖先を敬うことと信仰の対象とすることを明確に区別し、「祖先との交わり」について早い段階から信徒層の啓蒙に取り組んでいたことがわかった。一方でその取り組みは、重層的な役割を持つ在来宗教の信仰的側面のみを捉え、在来宗教が沖縄社会において担っていた慣習法、医療、固有信仰などの多層的要素に対して、あくまで信仰面に限ったアプローチを重視するものであったことも明らかになった。

  • 及川 高
    2023 年29 巻 p. 107-121
    発行日: 2023/06/24
    公開日: 2025/05/31
    ジャーナル フリー

    近代に首里城から改められた沖縄神社は一般に、日本政府が沖縄の人々を日本国民として統合するための政治的な装置として理解されている。本論もまたその理解を基本的に支持するが、それが戦後沖縄にもたらしたものに関してはより慎重な議論が必要であると考えている。そのために本稿では、沖縄神社で行われていた県社祭に焦点を合わせる。

    文集などを見るかぎり、県社祭は沖縄の人々にとって好ましい思い出を残しており、このことが戦後、首里で祭りが生み出される背景になったと考えられる。この祭り(首里文化祭)はやがて、琉球国時代の仮装行列などの新しい表象を生み出し、それが更に20世紀の終わりに復元された首里城のイベントなどにもつながっていく。

    こうした動きを踏まえると、沖縄神社が沖縄にもたらしたものとは連続と断絶の両面にわたり、単純な政治的過程にのみには還元できない影響があったものと考えることができる。

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1. 環ヒマラヤのチベット仏教—南アジアにおける「他者」との間合いをめぐって
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