近代に首里城から改められた沖縄神社は一般に、日本政府が沖縄の人々を日本国民として統合するための政治的な装置として理解されている。本論もまたその理解を基本的に支持するが、それが戦後沖縄にもたらしたものに関してはより慎重な議論が必要であると考えている。そのために本稿では、沖縄神社で行われていた県社祭に焦点を合わせる。
文集などを見るかぎり、県社祭は沖縄の人々にとって好ましい思い出を残しており、このことが戦後、首里で祭りが生み出される背景になったと考えられる。この祭り(首里文化祭)はやがて、琉球国時代の仮装行列などの新しい表象を生み出し、それが更に20世紀の終わりに復元された首里城のイベントなどにもつながっていく。
こうした動きを踏まえると、沖縄神社が沖縄にもたらしたものとは連続と断絶の両面にわたり、単純な政治的過程にのみには還元できない影響があったものと考えることができる。
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