新新宗教という用語は広く用いられるようになったが、学術的概念としては、問題点も少なくない。とくに1970年代以降に「台頭した」新宗教をすべて新新宗教に含める議論が、とくに問題である。新新宗教論は、新宗教の変化を社会変化との対応においてみる視点から出てきた議論であり、その重要性は十分理解できるが、それだけに緻密な理論構成が求められる。新新宗教という概念は、かなり幅広い意味で用いられているのが現状であるので、まずこの概念が提起された経緯、及び主な使用法について整理を試みる。そして、この概念にどの程度必然性があったかを考察する。最後に、新新宗教といった概念を提起するならば、その前提としてどのような研究が蓄積されていなければならないかについて私見を述べる。とくに、1970年代以降の社会変化とは何か、運動の個性、発展段階という問題、外来の新宗教と日本の新宗教についての比較の視点の必要性について触れる。
この論文は、宗教社会学と女性学の交点に関わる実証研究であり、研究対象は第IV期新宗教の代表格のひとつであるGLA系諸教団(「エルランティの光」)、研究テーマは日本的母性(文化的構築物としての母性)である。まず第1章では、女性の社会進出の潮流とともに、日本的母性が文化的構築物として問題化されるようになった経由を振り返る。第2章では、GLA系諸教団とは何かを、その教義上の大きな特色である科学宗教複合世界観と内向的現世離脱的宗教性を中心に説明する。第3章では、内観療法とは何かを、その宗教的起源・母子関係の重視・広範囲の応用を中心に説明する。第4章では、「エルランティの光」の大小セミナーにおける「母の反省」を、「当然視/美化→憎悪→感謝」と進める過程を中心に紹介する。第5章では、日本的母性の中の「愛情という名の支配」あるいは「共依存の病理」一般に対するこのグループの鋭敏な姿勢を見る。最後に第6章では、日本社会である程度まで進行しつつあるジェンダーレス化の潮流の中で、このグループがどのように位置づけられるかを分析する。
本稿で筆者は、これまで宗教研究の中であまり論じられてこなかった「調査」に焦点をあてる。対象の調査拒否、調査条件としての入信などの問題も重要だが、本稿では、調査者とインフォーマントとの二者関係に注目して論ずる。それは、宗教現象の実証的研究では、文献収集・観察という方法と同等以上に、二者間の面接が重視されているからである。そして、この二者間には政治性と倫理の問題が存在することが確認され、その次善の解決法として、面接中はもとより、その後の記述におけるインフォームド・コンセントの徹底が示唆される。記述に関しては、人類学や社会学などの各分野で試行錯誤が繰り広げられているが、筆者はライフヒストリー法をその一つとして提案する。いずれにせよ、宗教研究をする際、固有の調査方法を追求するという考え方ではなく、広義の社会調査としてとらえ、対象や調査者の分析枠組に適切な、多元的方法により調査がなされるべきであろう。
ベトナムの近現代史は、フランス植民地支配に始まる。これはカトリック教会と密接に結びついて発展した。ベトナムの伝統的祖先祭祀を行う仏教徒によって、このカトリック教会はどのように受容されてきたのか。本稿の目的は、南部村落の一事例によって、カトリック信徒と仏教徒の関係性の変容を辿り、それを通して、村民が与えられた植民地状況下でどのような生活の形を築いてきたかを明らかにすることである。資料は、現地の教会、および神学校等の文字資料に加えて、現地調査によって収集した村民の「語り」を用いながら、1900年以前から社会主義国家成立後の現在に至るまで、政治的・社会的変動にしたがって時代別に変化を叙述していく。ここで明らかになったことは、政治的・社会的状況の変化とともに仏教徒とカトリック信徒の関係性は力動的に変化しており、村民は時代に応じて主体的に、また柔軟に政治および宗教に関与してきたということである。
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