本研究の目的は,通常指導される「健脚昇り,患脚降り」と,その逆の「患脚昇り,健脚降り」での肩関節と膝関節の関節モーメントを算出し,身体に負担の少ない段差昇降動作を検討することである。対象は健常成人10名であった。運動課題は右下肢を健脚,左下肢を患脚と想定した昇降動作であり,健側上肢でロフストランド杖(L杖)を用いて患脚に体重の2/3以下の部分荷重を維持したまま,2種類の昇降動作を二動作二足一段で行った。動作中の肩関節内転,肘関節伸展および膝関節伸展モーメントは三次元動作解析装置と床反力計を用いて算出し,そのピーク値を求めた。さらに等尺性随意最大肩関節内転と膝関節伸展モーメントの値を基準にして,動作中の各関節モーメントを正規化して比較した。その結果各関節モーメントのピーク値を比較すると,昇り降り動作ともに膝関節伸展モーメントでは「健脚昇り,患脚降り」が,肩関節内転モーメントでは「患脚昇り,健脚降り」が有意に大きな値を示した。肘関節伸展モーメントでは有意な差は認められなかった。次に最大関節モーメントに対する相対値を比較すると,「患脚昇り,健脚降り」の肩関節内転モーメントが昇り動作では75.2%,降り動作では90.2%と有意に大きかった。以上より,「患脚昇り,健脚降り」で動作を行うと肩関節内転モーメントの相対値が非常に大きくなり,動作の遂行が困難になると予想される。よって,L杖を使用した昇降動作の指導を行う場合,一般的に指導されることが多い「健脚昇り,患脚降り」の方が身体の負担が少ないことが力学的解析からも裏付けられた。
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