釧路湿原東部に位置する達古武沼では,ここ10年足らずの間に急激に富栄養化が進み,沈水植物群落の後退が起きている。現在,沼北では
Anabaenaによるアオコが大発生するが,沼南ではまだ沈水植物やネムロコウホネが残っている。しかし,優占するのはヒシ群落である。本研究では,生態系構成要素のδ
13C とδ
15Nを測定することで,達古武沼生態系の南北の空間的異質性について考察した。
沼北の懸濁態有機物質(POM)は春と秋にはδ
13Cが低くδ
15Nが高かったが,夏には逆にδ
13Cが高くδ
15Nが低かった。さらに,夏のPOMは沼北ではδ
13Cが高くδ
15Nが低かったが,沼南ではその逆であった。そのため,達古武沼ではPOMのδ
13Cとδ
15Nの間には負の相関が認められた。これは,沼北で夏に窒素固定をする
Anabaenaが優占することと,沼北はpHとクロロフィル
a量が高く無機炭素濃度が低いが沼南はこの逆であるという南北の水質の違い,の双方に起因すると考えられた。底泥のδ
13Cの分布は夏のPOMのそれと正の相関を示し,さらに達古武川の流路で低い傾向を示したが,δ
15Nについては特徴的な分布を示さなかった。
アオコが優占する夏のPOMを除外すると,ドブガイとPOMのδ
13Cは近い値を示したため,沼北と沼南ともにドブガイはPOMを餌としていると考えることができた。しかし,ドブガイとPOMのδ
15Nの差は6.6~8.2‰と高かったため,ドブガイを第一次消費者とするのは疑問があると考えられた。達古武沼に生息する多くの動物種のδ
13Cはドブガイのそれとは一致しなかった。そのため,達古武沼ではドブガイと他の動物種の生産起点は異なる可能性が高いと考えられた。沼に生息する動物種のδ
13Cとδ
15Nには,特徴的な幾つかのパターンが認められた。まず,ドブガイ,外来種ウチダザリガニ,スジエビ,イバラトミヨおよびジュズカケハゼのδ
13Cは,沼北で採集した個体の平均値が沼南のそれより有意に高く,これらは定着性が高い種と考えることができた。この中でも,イバラトミヨとジュズカケハゼのδ
15Nは沼南の個体平均値が沼北のそれより有意に高かった。δ
15Nについては,エゾウグイとヤチウグイも同様であったが,これら2種のδ
13Cは沼北と沼南で有意差はなかった。イシカリワカサギはδ
13Cとδ
15Nともに沼北と沼南の間で有意差はなかった。これは,本種が高い遊泳性をもつことと整合した。
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