陸水学雑誌
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68 巻, 1 号
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総説
  • 高橋 聡
    2007 年 68 巻 1 号 p. 1-13
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     今日,環境への意識が高まり,開発一辺倒の政策ではなく,地域ごとの必要に応じた開発あるいは自然環境の保全が求められるようになった。河川の環境も同様で,各地で開発行政に対する反対運動が頻繁に起きるようになった。こうした流れを受け1997年に河川法が改正され,河川整備計画の立案に当たって地域住民の意向を反映することが求められるようになった。「矢作川方式」は,1960年代から1970年代にかけて,地域住民によってかたちづくられてきた河川整備のための方法である。それゆえ,この方式は今日いたるところで高く評価されている。この方式はすでに幾度か,他の環境問題へ適用を試みられてきた。しかし充分な成果を挙げたものはない。本論では,こうした外挿の失敗例が何を取りこぼしたのかを特定することを目的とした。そしてその本質を追究するため,この方式の成立過程と,それにかかわる社会運動を歴史的に概観した。それによりこの方式の本質は,厳格なルール,監視体制,あるいは抗議運動といったものではなく,被害者と加害者との間での相互理解と協議体制であったことをつきとめた。かつてこの点を強調した議論はなかった。そのことが,この方式の外挿の失敗につながったのではないかと推測される。
原著
  • 遠藤 修一, 奥村 康昭, 川嶋 宗継, 福山 直憲, 大西 祐子, 中村 直子, 馬場 礼子, 田中 聡子
    2007 年 68 巻 1 号 p. 15-27
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     びわ湖に流入する野洲川河川水の分散を明らかにするために,2年間にわたって河川および湖内で水質の連続観測や移動観測を行った。野洲川では,水温や電気伝導度に明瞭な季節変化がみられ,台風などの大雨による増水時には急激な水温低下,濁度上昇,および電気伝導度の低下が観測された。河川とびわ湖各層との水温比較により,春季には河川水のほうが高温のため湖面に拡がることが多く,夏季から秋季にかけて河川水は水温躍層の中に貫入し,冬には河口付近で潜り湖底に沿って流入することがわかった。この結果を用いて,びわ湖水の入れかわりを評価したところ,17.03% /年という値が得られた。これは完全混合と非混合の中間の値であるが,河川水が春季には表層に流入することによる交換率の悪さと,成層期に水温躍層に貫入することによる入れかわりの促進をともに反映している。年間を通してみれば,成層期における大量の降水が湖水の入れかわりに対してきわめて大きな効果をもつことになる。
短報
  • 伊敷 牧, 渡久山 章
    2007 年 68 巻 1 号 p. 29-40
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     沖縄島に置かれた米軍施設,中部訓練場(CTA)内河川水は水質汚濁が少なく,化学組成に関する基礎データの収集に適している。本研究では,CTA内河川水の溶存成分濃度を測定し,沖縄島の他地域と比較することによって,その化学像を明らかにすることを目的とした。
     その結果,CTA内の河川水は沖縄島北部ケイ酸塩岩石地域(北部訓練場,NTA)の河川水と,沖縄島南部石灰岩地域の地下水との中間的な化学組成を持つことが明らかになった。これは沖縄島の地質を反映した結果だと考えられる。全溶存成分濃度(4.75 meq L-1)のうち,海塩起源が平均2.73 meq L-1であった。これは日本の河川水におけるその濃度の約7倍であった。ほとんどの河川で海塩起源濃度が全濃度の50%以上を占めていた。岩石の化学的風化反応式に基づいて計算した風化量はCTAとNTAでほぼ同じくらいであったが,そのうちのCaCO3溶解量には差があった。CTA内河川流域に存在する石灰岩の影響があることを示している。CTA内河川では,懸濁物流出量>粘土生成量の関係がみられ,森林土壌の損失やそれによる河川・海洋の汚染も問題である。
  • 岩舘 知寛, 程木 義邦, 大林 夏湖, 村上 哲生, 小野 有五
    2007 年 68 巻 1 号 p. 41-49
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     ダムによる流量制御が下流河川の水生昆虫相に与える影響を調べるため,北海道天塩川の岩尾内ダム上下流で水生昆虫密度の比較を行った。岩尾内ダムは,秋季から冬季の間,発電のための断続的な放流操作を行うため,放流を停止している際,河道の大部分は干上がり,澪筋には河川水が溜まった止水域が現れる。調査の結果,カゲロウ目,カワゲラ目は,ダム上流の地点に比べダム直下で密度が著しく減少し,下流へ行くに従い増加する傾向がみられた。一方,トビケラ目のヒゲナガカワトビケラ(Stenopsyche marmorata Navas)の密度および全水生昆虫に占める割合は,ダム直下付近で最大となり下流へ行くに従い低下した。また,ダム流入河川および下流の地点では,ヒゲナガカワトビケラの 1 齢から 2 齢の個体が多いのに対し,ダム直下地点では,5 齢の個体が 90 %以上を占めた。同様な齢構成の偏りは,調査を行った北海道のいくつかのダム下流域でも確認された。ヒゲナガカワトビケラは他の水生昆虫に比べ,止水や乾燥に対する抵抗性が強く,この様な耐性は終齢に近い個体ほど高くなる可能性が示された。また,岩尾内ダム直下付近でヒゲナガカワトビケラの密度が最大となった要因として,河床の粗粒化による河床間隙の増加の可能性も示唆された。
資料
  • 奥村 康昭, 塚脇 真二, 遠藤 修一, 大八木 英夫
    2007 年 68 巻 1 号 p. 51-57
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     カンボジアにあるトンレサップ湖は東南アジアで最大の面積を占める淡水湖であり,乾季の面積は2,500 km2であるが,それに対して雨季には12,500 km2にもなる。この変化は,雨季にメコン河の水がトンレサップ河を通じて逆流することによって生じ,メコン河の水理特性と密接に関係していて,湖の水質に大きな影響を与えている。しかし,この湖の陸水学的特徴や水質に付いての基礎的なデータはほとんどない。この湖の陸水学的な調査は,最近始まったばかりである。
     この論文では,電気伝導度の変化に基づいてこの湖の特徴を述べている。湖岸の電気伝導度と水深は,乾季には0.5 mと40 μS cm-1位であり,雨季には8 mと120μS cm-1位である。つまり,乾季にはどちらも大きく,雨季には小さくなる。しかし,沖合の電気伝導度は,年間を通じて100~120μS cm-1で,ほぼ一定の大きな値を示す。これは,雨季にメコン川から逆流して来た水が,乾季にも沖に滞留しているからであろうと思われる。シェムリアプ川の河口近くで乾季に伝導度が小さくなるのは,川から電気伝導度の小さい水が流入するためであり,雨季に電気伝導度が大きくなるのはメコン川から逆流してきた水の影響である。
特集:釧路湿原達古武沼の自然再生に向けて
  • 中村 太士
    2007 年 68 巻 1 号 p. 61-63
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
    電子付録
  • 三上 英敏, 石川 靖, 上野 洋一
    2007 年 68 巻 1 号 p. 65-80
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     本研究では,富栄養化が進行している釧路湿原達古武沼の流域において,湿地帯からの栄養塩負荷について解明するため,人為影響の無い達古武川上流部の湿地帯にて調査を行い,その水質環境特性について検討を行った。調査した湿地帯の涵養水には,腐植物質に代表される溶存有機炭素(DOC)濃度の高低に係わらず,高濃度の溶存無機態リン(DIP, 0.14~0.38 mg L-1)が存在しており,河川への強いリンの供給源となっていた。それは,湿地帯を涵養している還元的な湧水からの供給が大きいことと,Feの還元溶解など,湿地帯の環境特性と密接に連動していると思われた。湿地内涵養水の溶存態窒素は,そのほとんどが有機態であり,DOCと溶存有機態窒素(DON)濃度の間には正の相関があった。また,その湿地帯からの溶存無機態窒素及びリン負荷のN/P比は0.4以下と低く,それは達古武沼のDIPが通年で枯渇しない理由の一つと思われた。さらに,その湿地帯からは懸濁態としての窒素やリンの負荷量も大きかった。それは,湿地帯土壌の有機物や窒素及びリン含量が大きいことと,涵養水の弱い流れによって土壌粒子の一部が容易に輸送され河川へと供給されるためと考えられた。
  • 高村 典子, 中川 惠, 若菜 勇, 五十嵐 聖貴, 辻 ねむ
    2007 年 68 巻 1 号 p. 81-95
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     2004年夏季に達古武沼54地点と流入流出河川8地点で水質を調査した。湖水中のNa+,Ca2+,K+,Mg2+,Cl-,SO42-,D-Fe,D-Mn,D-Siの平均濃度は,主たる流入河川である達古武川の濃度に強く支配されていた。沼内54地点で測定した変数のうち,TP,TN,Chl.a,SS,pH,DOは沼北一面で大発生するAnabaena spiroidesの分布を反映し,沼北が沼南より高かった。Na+,Cl-,D-Mnも達古武川の影響を反映し沼北が沼南より高かった。一方,SRP,D-Fe,DOC,DIC,Mg2+,Ca2+は沼南東で濃度が高かった。沼南の水質分布の不均一性を支配する環境傾度を明確にするため水質13変数を用い主成分分析を行った。第1主成分の因子負荷量はDIC,Ca2+,Mg2+,DOC,SRP,D-Feが高い正の,SO42-が高い負の値を示した。第2主成分ではNa+,Cl-,D-Mnが高い正の,D-Siが高い負の値を示した。第3主成分ではK+が高い正の値を示した。沼南の水質分布の不均一性は,第一に酸化還元的な環境傾度,第二に沼南の湿地や湧き水から涵養される水による環境傾度,第三に沈水植物群落が形成する環境傾度により支配されていると考えられた。
  • 上野 洋一, 石川 靖, 三上 英敏
    2007 年 68 巻 1 号 p. 97-103
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     達古武沼の有機物堆積に影響を与える環境要因を把握するため,沖帯3地点での柱状試料のC及びN鉛直分布の解析を行った。達古武沼の堆積物の有機物含有量は,一般的な湖沼の堆積物の有機物含有量より大きく,岸に繁茂する抽水植物の影響が大きいことが示唆された。中央部の堆積物の浅い層ではC/N比が比較的低く,近年,植物プランクトンの影響が大きくなってきたことが示唆された。また,C及びN含有量は,中位の層で比較的大きな値を示し,沼と流域の開発初期の年代と一致した。この有機物は,人為活動によって達古武沼周辺のピート層から懸濁物が達古武沼に流入し,堆積したものと考えられる。一方,南部沖合では,深部のC, N含有量が少なく,達古武沼周辺では1700年代には人為影響がほとんど無かった事が推察された。
  • 角野 康郎
    2007 年 68 巻 1 号 p. 105-108
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     釧路湿原東端に位置する達古武沼における過去30年間の水生植物相の変遷を概観した。1970年代半ばには湖の全域に多量の沈水植物が生育し,沿岸帯にはネムロコウホネやオヒルムシロが優占する浮葉植物群落が発達していた。人為的な富栄養化が顕在化した1990年頃から水生植物相の変化も始まり,現在では消滅または消滅寸前の状態にある水生植物が増加している。浮葉植物ではヒシ群落が拡大中であるのに対し,ネムロコウホネ,オヒルムシロ,ヒツジグサなどは激減した。湖全体の水生植物の現存量と種の多様性はこの間に著しく減少した。
  • 中川 惠, 高村 典子, 金 白虎, 辻 ねむ, 五十嵐 聖貴, 若菜 勇
    2007 年 68 巻 1 号 p. 109-121
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     2003年4~11月に達古武沼の沖域で植物プランクトンの種組成と水質の季節変化を調査した。また,同年7月に沼内25地点で行った植物プランクトンの種の分布特性と環境因子との関連を,正準対応分析(CCA)により検討した。
     季節変化については,4月下旬に単細胞性の黄金色藻の一種,6月下旬~7月上旬にかけてシアノバクテリアAnabaena smithii,8月下旬に緑藻Pandorina morum,9月上旬に珪藻Cyclotella spp.が順に優占するという明瞭な遷移がみられた。優占種の入れ替わりは,可給態窒素の量の変化や,降雨に起因する水柱の撹乱が関係していると考えられた。水平分布については,沼の南北で出現種に明確な違いがみられ,沼北ではシアノバクテリア,沼南では鞭毛を有する黄金色藻や緑藻が分布した。CCAにより,種の分布特性と環境因子との関連を検討した結果,pHとクロロフィルa濃度は沼北,アルカリ度,溶存態鉄濃度およびマグネシウムイオン濃度は沼南で高かった。本沼の夏季の植物プランクトン種の水平分布は,植物プランクトン種の炭素の利用形態の違いと対応することが示唆された。
  • 五十嵐 聖貴, 高村 典子, 中川 惠, 辻 ねむ, 若菜 勇
    2007 年 68 巻 1 号 p. 123-129
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     北海道釧路湿原東部に位置する達古武沼において2003年に動物プランクトンの出現特性を調査した。その結果,17種類の動物プランクトンが観察され,個体数ではPolyarthra vulgaris,バイオマスではFilinia longisetaが最多であった。沖部において2003年5月9日から11月18日まで隔週で季節変化を調査した結果,小型甲殻類もしくはワムシ類が優占している期間が長く,プランクトン食魚による大型甲殻類への捕食圧の高さが示唆された。2003年7月23~24日における沼内25地点の動物プランクトンの水平分布をクラスター解析した結果,大きく4つのクラスターに区分された。クラスター間の差について多重比較検定をおこなった結果,ヒシTrapa japonicaの現存量が多い地点でカイアシ類が多く,ヒシが少ない地点でワムシ類が多いという特徴が得られた。これは,カイアシ類が水草帯に隠れることによってプランクトン食魚による捕食を回避しているためだと考えられた。
  • ―釧路湿原達古武沼を例に―
    生方 秀紀, 倉内 洋平
    2007 年 68 巻 1 号 p. 131-144
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     北海道釧路湿原,達古武沼の岸沿いの11調査区でトンボ目の成熟成虫のセンサスを行い,6科18種2,572個体のトンボ目を記録した。環境要因として,ヨシ原の奥行き,水草の被度,水深および底質(細礫以上とシルト以下)を分析に用いた。各調査区のトンボ群集によるDCAの散布図上の配置パターン(平面上の相対的位置関係)は地図上の調査区の配置パターンとほぼ一致したが,環境要因によるDCAでは調査区の配置パターンは地図上のそれとほとんど一致しなかった。CCAの結果,沼の水辺は,水草が多くヨシ原が広くやや深い場所(沼の南岸),水草が少なく深い場所(北岸),ヨシ原が狭く水草が少なく浅い場所(東岸キャンプ場付近,西岸の護岸沿い)および水草が多くやや浅い場所(東岸)の4類型に分かれた。水草の被度と相関するクロイトトンボなど8種,ヨシ原の奥行きと水深に対して相関するルリイトトンボなど7種,水草と負の相関するコサナエなど3種,ヨシ原の奥行きおよび水深と負の相関を示すシオカラトンボ,深い場所を好むキトンボなど2種を列挙し,これらの種が環境変化の指標として有効性を持つことを指摘した。また,DCAとCCAの結果の比較を元に,沼におけるトンボ成虫の局所分布に影響しうる上記以外の環境要因について考察した。
  • 伊藤 富子, 伊藤 政和, 小杉 時規, 大川 あゆ子
    2007 年 68 巻 1 号 p. 145-156
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     2003-2006年に北海道釧路湿原達古武沼とその流入河川でトビケラ相を調べた。16科52種のトビケラ成虫が採集された。このうち21種は釧路湿原初記録であり,他に未記載種1種が新たに採集された。これにより,釧路湿原で確認されたトビケラは74種となり,他に種名の明らかでない7分類群が記録されていることになる。
  • 針生 勤, 仲島 広嗣, 高村 典子
    2007 年 68 巻 1 号 p. 157-167
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     2003年7月から10月にかけて,釧路湿原の達古武沼と周辺河川における魚類の分布特性とその生息状況を調査した。達古武沼では,優占種はハゼ科のジュズカケハゼ,キュウリウオ科のイシカリワカサギおよびコイ科のヤチウグイの3種であった。砂泥地を好むジュズカケハゼは湖の広い範囲に分布したが,特に沿岸域で豊富であった。この分布は砂泥の底質と関連があると考えられた。回遊性であるイシカリワカサギは沿岸より沖合に広く分布した。ヤチウグイは浮葉植物のヒシ(Trapa japonica)が繁茂する場所で個体数が最も多かった。河川では,達古武川の上流から中流にかけてサケ科のアメマスとカジカ科のハナカジカが優占した。また,種類数は河川と達古武沼の合流域で最も多いことから,種の多様性の保全にとって,合流域は重要な水域であることが示唆された。達古武沼と周辺河川において生息が確認された9科24種の魚類について,環境省と北海道のレッドデータブックのカテゴリーを対応させた。その結果,絶滅のおそれのある野生生物としてリストに挙がっている種類の大部分は,出現個体数の多い魚類であった。従って,当該集水域における魚類の生息状況は良好であると考えられた。
  • 高村 典子, 中川 惠, 仲島 広嗣, 若菜 勇, 伊藤 富子, 五十嵐 聖貴
    2007 年 68 巻 1 号 p. 169-186
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     釧路湿原東部に位置する達古武沼では,ここ10年足らずの間に急激に富栄養化が進み,沈水植物群落の後退が起きている。現在,沼北ではAnabaenaによるアオコが大発生するが,沼南ではまだ沈水植物やネムロコウホネが残っている。しかし,優占するのはヒシ群落である。本研究では,生態系構成要素のδ13C とδ15Nを測定することで,達古武沼生態系の南北の空間的異質性について考察した。
     沼北の懸濁態有機物質(POM)は春と秋にはδ13Cが低くδ15Nが高かったが,夏には逆にδ13Cが高くδ15Nが低かった。さらに,夏のPOMは沼北ではδ13Cが高くδ15Nが低かったが,沼南ではその逆であった。そのため,達古武沼ではPOMのδ13Cとδ15Nの間には負の相関が認められた。これは,沼北で夏に窒素固定をするAnabaenaが優占することと,沼北はpHとクロロフィルa量が高く無機炭素濃度が低いが沼南はこの逆であるという南北の水質の違い,の双方に起因すると考えられた。底泥のδ13Cの分布は夏のPOMのそれと正の相関を示し,さらに達古武川の流路で低い傾向を示したが,δ15Nについては特徴的な分布を示さなかった。
     アオコが優占する夏のPOMを除外すると,ドブガイとPOMのδ13Cは近い値を示したため,沼北と沼南ともにドブガイはPOMを餌としていると考えることができた。しかし,ドブガイとPOMのδ15Nの差は6.6~8.2‰と高かったため,ドブガイを第一次消費者とするのは疑問があると考えられた。達古武沼に生息する多くの動物種のδ13Cはドブガイのそれとは一致しなかった。そのため,達古武沼ではドブガイと他の動物種の生産起点は異なる可能性が高いと考えられた。沼に生息する動物種のδ13Cとδ15Nには,特徴的な幾つかのパターンが認められた。まず,ドブガイ,外来種ウチダザリガニ,スジエビ,イバラトミヨおよびジュズカケハゼのδ13Cは,沼北で採集した個体の平均値が沼南のそれより有意に高く,これらは定着性が高い種と考えることができた。この中でも,イバラトミヨとジュズカケハゼのδ15Nは沼南の個体平均値が沼北のそれより有意に高かった。δ15Nについては,エゾウグイとヤチウグイも同様であったが,これら2種のδ13Cは沼北と沼南で有意差はなかった。イシカリワカサギはδ13Cとδ15Nともに沼北と沼南の間で有意差はなかった。これは,本種が高い遊泳性をもつことと整合した。
  • 中島 久男, 高村 典子
    2007 年 68 巻 1 号 p. 187-194
    発行日: 2007年
    公開日: 2008/03/28
    ジャーナル フリー
     達古武沼は窒素栄養塩制限の湖であり,現在は窒素固定をするシアノバクテリアの1つであるアナベナのブルームによるアオコが毎年夏に発生して,数年前まで繁茂していた沈水植物がほとんど消滅している。ここでは,この湖の特性に沿った,アナベナ,窒素栄養塩,沈水植物から構成される系について数理モデルの構築を行い,レジームシフトが起こる生態学的なメカニズムを探った。これまでの湖の富栄養化のレジームシフトを起こすモデルのほとんどは,リン律速の系であったが,ここでは窒素律速の湖と,窒素固定をするプランクトンという特徴に着目し,また春先から初夏にかけての時間的変動も考慮した新たなタイプのモデルの構築をすることができた。このモデルの解析により,栄養塩負荷が増加しある閾値を越えたときアオコの発生が起こり,このことから引き起こされる沈水植物の消滅という間接効果の影響によって,レジームシフトが起こることがあることが解った。さらに,この解析の結果から,達古武沼の再生において,レジームシフトに付随して起こる履歴現象が存在することから,生態系管理上で注意しなければならないいくつかの問題点を示唆することができた。
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