宗教研究
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90 巻, 1 号
選択された号の論文の20件中1~20を表示しています
論文
  • 引野 亨輔
    2016 年 90 巻 1 号 p. 1-26
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/07/03
    ジャーナル フリー

    明治期の日本社会に活版印刷をはじめとする西洋流印刷術が伝播すると、江戸時代以来の伝統的な印刷術は急速に衰退したとされる。しかし、仏教書のように専門性の高い本の場合、江戸時代から続く老舗出版社が、熱心な講読層をがっちり掌握していた。売れる部数だけ出版するという戦略にのっとる限り、老舗出版社が急いで活版印刷を導入し、大量複製や高速印刷の技術を身につける必要はなかった。もっとも、東京の仏教系出版社に注目すると、明治二〇年代にはいち早く西洋流印刷術を導入していく。それは、明治期の啓蒙思想家たちが自ら出版社を創業し、広く一般人にまで仏教教理を説き聞かせようとしたためである。他方、京都の仏教系出版社は、修行中の僧侶に向けて仏教経典の註釈書などを販売する必要があったため、木版印刷や和装製本を根強く使用し続けた。しかし、活版印刷や洋装製本によって大部の著作が縮刷印刷され始めると、その利便性が認められ、明治三〇年代を境として日本の伝統的な印刷術は衰退していった。

  • 『一切の決定読哥』をめぐって
    大谷 正幸
    2016 年 90 巻 1 号 p. 27-52
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/07/03
    ジャーナル フリー

    食行身禄(本名は小林某、一六七一―一七三三)は筆者が角行系と呼ぶ富士信仰一派の五世代目にあたる行者である。彼の二番目の著作『一切の決定讀哥』(一七三二成立)は、歌集であり、また六十・六一歳の時点における富士信仰の行状を自ら記したものである。彼の師・月行は元禄元年(一六八八)六月十五日に世界の支配が従来の記紀神話的な神々から自らの神・南無仙元大菩薩様へ移譲されたと言い、「身禄の世」なる神代が始まったとした。それから四十年余り経って、食行は彼の世界観や歴史説を敷衍した『一字不説お開みろく之訳お書置申候』を著した。老境に達した食行は新たに富士山頂にて「身禄の御世」を開き、その翌年に「一切の決定」と称する富士登山を行う。

     本稿は富士信仰研究史において全く研究されたことがない『一切の決定讀哥』を新たに翻刻し、その上で理解しやすいよう分科しつつキーワード「決定」について考察する。

  • 「念仏者」の解釈を手がかりに
    木村 元太郎
    2016 年 90 巻 1 号 p. 53-73
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/07/03
    ジャーナル フリー

    『歎異抄』はその表題が示すように、親鸞の滅後、教団内の異義・異端を歎いた唯円が、信心を一にすべくその不審をなくすことを目的として綴ったものである。本文は簡潔で親しみやすく、最近では宗門以外にも哲学や倫理など、広く一般にも読まれるようになり、その解釈も多様化しているようである。また『歎異抄』解釈の問題点のひとつは、親鸞と唯円の立場が、その置かれている状況の違いもあって、必ずしも一枚ではないというところであろう。両者の思想的な相違も留意しつつ、本稿は、現在二分されている「念仏者」の解釈を一つに帰結させることで、第七条のもつ意義を改めて確認し、そこに表れた絶対他力という親鸞の意思を明確にしてみたい。

  • 藤井 修平
    2016 年 90 巻 1 号 p. 75-97
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/07/03
    ジャーナル フリー

    本論文は、宗教進化論を特定の時間的枠組みの下に宗教事象の配列および秩序づけを行うものと定義し、その十九世紀から二十世紀に至る系譜を記述することを目的とする。従来の学説史では人類の文化が呪術から宗教へと発展し、科学へと至るという言説のみが進化論として理解されていたが、宗教進化論は時代を通してさまざまな形態をとっており、またそれは生物学的進化論との緊張により発展してきたという側面も見られる。

     本論文ではまず「進化」の概念を整理した上で、宗教進化論の再定義を行う。宗教進化論は、単一の進歩の尺度を設定し、時代を経るごとにその尺度とされる要素が増大するとみなすことによって、歴史上の宗教を特徴づけ、配列する言説として定義される。そしてそのような進化論的枠組みを有する理論として、コント、スペンサーによる枠組みの成立から、新進化論学派とパーソンズ、ベラーによる進化論の復興、そして現代の宗教進化論に至るまでの歴史を描写する。

  • 山本 佳世子
    2016 年 90 巻 1 号 p. 99-123
    発行日: 2016年
    公開日: 2017/07/03
    ジャーナル フリー

    「非宗教者」によるスピリチュアルケアの営みを支えるビリーフを検討するために、臨床現場から逃げずに、ケア対象者の「今」を無条件に受け入れるという営みにおける「祈り」について考察する。その際に、「信仰に基づかない祈り」に言及した論考として、小説家の大江健三郎と写真家の藤原新也の論考を検討する。そこから見えてくるのは、自身の限界が身に沁みるとき、私たちは所詮「なんでもない人」なんだと覚悟を決め、開き直ることで受け入れる祈りであった。それは「それでも世界は続いていく」という確信のもと、「なんでもない人」である私が、「なんでもない人」であるあなたを受け入れたいと、「なんでもない人」として死んでいった小さな存在・無名の存在を愛おしみ、慈しむ「祈り」である。このような確信と行為は、日本独自の無常観と、愛おしみ慈しむことで死者を賦活させ、交流する先祖供養に基づく死生観に支えられている。

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